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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
117/171

アランタトルの檻 10

 ガンッと、殴られたかのような強い衝撃を感じて、皇帝の視線を追う様に、額づく集団を振り返り、視線をやる。

 その先頭に佇むシャムール・ギザエットと、信者の中一人の男。

 確かに部屋にいた、覚えのある姿。

 芯のぶれた頭でのろりと思う。

 ――皇帝は、今、なんて……言った?


「皇帝より、神子姫様への挨拶を特別に許す。とのお言葉です。」

 声が、何重にもゆがんで聞こえる。

 まるで、水の中にいるみたいだ。

「レジデール。御前に参られませ。」

 その声に、シャムール・ギザエットの後ろにいた信者たちのうち、一人の男が私の前に出る。

 熱狂的に濡れた視線の信者たちの中、たった一人、寂しげな色を宿していたから覚えていたその男は、深く叩頭して一言、答えた。

「……ありがたき幸せ。」


 もう二度と聞けないと覚悟していた、低い抑揚のある口調。

 深く魅惑的なバリトンボイス。

 その姿が見知ったものではなくても、この声だけで、この自分物が誰かと言うのを間違えれるはずが無い。

「レ……ジデ?」

 深く叩頭したままの男の茶色い髪。


「神子姫様には、数々の非礼をお許し下さい。無事この地にお招きできたことを、天空の神々に感謝致しますと共に、新たな神子姫としてお役目を、恙無く勤められますよう、――……。数ならぬ身ではございますが、――……」


 ――生きていた。

 涙が滑り落ちる。

 ――生きていたのか。

 膝から力が抜けて、崩れ落ちた床の上、一段と近くなる茶色の髪。

 目線を合わさないほど、深く首を垂れた、男の手。


 生きていて嬉しいはずなのに、どうして涙が出るんだろう。

 ぽたりぽたりと大理石の床に、レジデの言葉と雫が落ちる。

 

『記憶を無くしていても、トーコが愛されて育ったと言う事は分かります。』

『俺が言いたいのは、そう言う事じゃないっ!』

『私に何があっても、必ず貴女を元の世界に帰します。』


 柔らかな笑顔。怒った声。真摯な顔。

 涙が零れ落ちる度、胸の内にあった、レジデの言葉と思い出が流れて零れる。

 音のなくなった世界で、ただ一人、目の前の男だけが鮮明に見える事を、ただ不思議に思う。


 ねえ。どうして。


 何も考えられない私の頭に、その言葉がゆったり浮上する。

 ――全てが偽りだったの?


 いきなり視界が天を向き、眦から涙が零れ落ちた。

 崩れ落ちた私を引き上げた、老人の炯炯とした目。

 私の体に巻きつく、豪奢な衣装の厚い布地と、骨ばった手。

 むき出しになった喉に食らいつく、黄色い歯と、ねとりと濡れた感触。

 夜伽に差し出せとの、言葉の意味すら頭に入らない。


 天井に絵描かれた、神代の人々が涙で歪む。

 ――ねえ。呼んでよ。

 ふわふわの毛並みで、トーコと、もう一度、呼んでよ。

 壊れた童女のように、それだけを思う。


「恐れながら申し上げます。強いコウキを持つ乙女との交わりは、何が起きるか分かりませぬ。二つと無い御身で御座いますれば、此度は……。」

 大好きだった、低い声。

 どんどん目の前の男の言葉が、曇りガラスの向こうに消えるようにして、消えていく。


 強い強い空虚な脱力感に囚われながら、私の周りに薄く見えない膜が張り巡らされる。

 そこは、怒りも、憎しみも、悲しみすら湧かない、幸せな世界。

「――…我らが手中に乙女は落ちた。積年の恨み、晴らしてくれようぞ!ファンデール!!」

 戦いの時は近いと、熱気に湧く人々と、しゃがれた老人の声。


 その言葉を最後に、私は見えない繭に心を委ねた。 



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