アランタトルの檻 9
「それでは、光の道をお進み下さい。」
並んだ蝋燭が示す道は、先ほどまで祭壇があった筈の場所をもぐり、暗闇へと進む。
問答無用で進まされた階段で――…一人じゃない、大勢の息遣いを感じて、思わず立ちすくんだ。
滑走路の誘導等のように置かれた、床の小さなロウソクたち。
その光が届かない先、確かに、何か――誰か、いる。
「――参らせられませ。」
少し後をついてくる、シャムール・ギザエットの声に、冷たいものが混じる。
けれども、姿が見えない暗闇の中、息遣いだけが聞こえると言うのは、恐怖でしかない。
時々何かが、きらりと光るのは、獰猛な動物の瞳なのだろうか。
恐怖心を誤魔化して、無理やり足を進めれば、先ほど渡された重い塊が、ふわりと光を纏いだした。
「――あ……。」
手元がどんどん明るくなり、その姿を現したのは、神子姫たちが持つ星屑のランプ。
一抱えほどあるそれは、ガラスで作った三角錐を放射状に束ねた、優美な姿。
中には光る白い砂。
金平糖を鋭利にしたようなガラスの中で、いつしか白い砂は、踊るように、嵐のように、渦巻き、光を増しながら、輝き始める。
気がつけば、暗闇の中、あちらこちらに捧げられた星屑のランプが、ゆっくりと同じように輝きだしていた。
「素晴らしい!それが新たな乙女か!」
――誰?
しゃがれて割れた、男の声。
暗闇を退けるようにして、星屑のランプを声の主の方に、とっさに突き出す。
けれどもそうする迄も無く、明かりを増した星屑のランプたちが『会場内』を照らし出し、暗闇は吸い取られるようにして、四方へと散る。
私が立つ『光の道』の左右には、いつしか漆黒のドレスや式典服に身を包んだ、王侯貴族たちが立ち並び、道の先、壇上に鎮座するのは一人の男。
炯炯とした瞳が向けられる。
「素晴らしい。話を聞いた時は半信半疑であったが、比類なき、このかぐわしい光気!確かに次世代の神子姫として、申し分無い。」
壇上の玉座から、猛禽類のような鋭い目つきをした老人が、乗り出すようにこちらを見る。
頭上には、見たことも無いほど大きな宝玉が乗る、大きな王冠。
この老人が。
これが、皇帝なのか。
北の軍事国家の主、ケイガル・ドーア・スタルヒン・クリストファレス。
恐ろしい人。
心の底からそう思う。
視線一つに含ませた、尋常ではない程の力。
そのあまりの威圧感に立ちすくむ私を、付き添った信者たちに、無理やり皇帝の前に進められる。
「――漆黒の瞳と髪か。」
ガリガリに筋張った腕、落ち窪んだ瞳。
生命力あふれるフェルディナント二世と違い、この老爺から滲み出しているのは、生と野心への強烈な執着心なのだろうか。
ごくりと小さく喉が鳴った。
「やはり噂通りファンデールのの、隠し子であろうな。」
……え?
一人納得した風の老人の、その言葉の意味を反復して、ようやっと自分に、とんでもない疑惑がかけられていたのだと知る。
フェルディナント二世の従兄妹姫の元に隠された、同じ黒髪、黒い瞳の少女。
確かに、事情の知らない他国から見れば、アーラ姫の出自が国王の隠し子でも不思議では無い。
「ちがっ……!」
血の気が引き、思わず否定しかけた私には目もくれず、恍惚とした表情で立ち上がる。
「国境付近に圧力をかけ、神子姫にしそこなった、こ憎たらしい銀の娘を王都へといぶり出したら、思わぬ宝玉が手に入った。皆の者!喜ばしい事ぞ!」
盛大に湧く拍手と熱気。
「……っ!」
神子姫にしそこなった、こ憎たらしい銀の娘……って、まさか。
フェルディナント二世がいった言葉。
――確証は無いが、クリストファレスは焦って何かを『探して』いるように思うた。
――この状況下で、北の国境傍に住むシルヴィアを放って置くことは出来ぬ。
本当にクリストファレスが探していた物は、シルヴィアだったのか!
「今、我が帝国に、星屑のランプを灯す、新たな乙女が誕生した!これでファンデール王国も我が手中に落ちたも同然!!」
爛々と光る目が、私と、私の持つ星屑のランプを舐めるように見てから、その後ろに視線が泳ぐ。
「でかしたぞ!シャムール!」
「褒めて遣わそうぞ!レジデール!」
――レジデ……ール?