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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
114/171

アランタトルの檻 7

「もし姫君が無事、神子姫としてのお役目を勤め上げれば、この列に加わる事となるでしょう。」

「……何故、私なのですか。勤まるとは思えません。」

 理由を聞いたところで、私に選択の自由は無い。

 やれと言われれば、どんな理不尽な事でも飲み込みしかない。

 それでもあまりにも、不可解すぎる。


 思わず低く抑えた声で、吐き捨てるように言い捨てた私を、まるで幼子を見るような瞳で、男は微笑む。

「神子姫になる為には、身分も容姿も国籍すら関係無い。ただ一点、『光気』を備えているかによるのですよ。」

「……――コウキ?」

「そうですね。明日の口頭試問が終わりましたら、そろそろ姫にもお話いたしましょう。」


 ……身分も、容姿も、国籍すら関係ない?


 唐突に。

 あまりに唐突に、今まで積み重なっていた不可解さが、その新たな不可解な単語を得て、すとんと形を変えて胸に落ちる。

 それは、まるで見方の分からなかった騙し絵が、脳内でぴたりと確かな形となるような感覚。

「まさか、ご幼少のシルヴァンティエ様を欲したのも、同じ理由だったのですか……。王族に連なる血筋も、筆頭公爵の財力も利権も関係なく……ただ、神子姫にする為に、この列に加えるために……。」


 このいっかな晴れなかった、不快な疑問。

 異国の巫女頭である神子姫と、王族にも近しい一人の幼い姫君。

 まるで共通点の無い二つの事象が、絡み合いながら私に提示した一つの仮説。

 そんな私の唐突な問いかけに、ぴくりと動いた形の良い金色の眉。

「――本当に、姫は頭が良くていらっしゃる。」

 手を広げ、微笑む司祭長。

 後ろに並んだ、壁画の乙女たちの、多種多様な髪と瞳の色。

 微笑む、異なる顔立ち。


 果たして、乙女たちは本当に、自ら望んで神子姫になったのであろうか。

 そう思い至って、ぞくりとする。

「でも私はただの養女です。ご幼少のシルヴァンティエ様に光気があったのだとしても、私にはありません!」

 まるで壁画から見えない手が出てきて、壁画の中に閉じ込められそうな、薄ら寒い恐怖感を感じて、思わず言い募る。

 けれども、

「姫君はこの部屋の扉を、ご自身で開けられた。」

 ――え?

「それだけで答えは出ております。」

 この部屋の、扉?

 形を正確に思い出せないくらいの、何の代わりも無い、古い扉。

 それが、何?

 

「姫は、コウキを身にまとう乙女か、それともコウキを自ら放つ乙女か。」

 壁画の一部のような美麗な男が、不可解な独白を残して、壁画の乙女たちと同じ表情で微笑む。

 ――すべては明日。

 彼のその言葉に、何も返せる言葉は無かった。


 * * *


 暖かな寝台の上、寝付いたかを見張る女信者が、そっと部屋を退出する。

 その音と共に、薄暗い自室で目を開く。

 従順な私に満足しているのか、以前より眠りの時に見張る信者の数は随分と減ったらしい。

 だれもいないのを確認して、暖炉の明かりしかない部屋で、ゆっくりと身体を起こす。

 色々な事が、どうしても気になって眠れない。

 久しく停止していた思考を、無理やり動かして、何がそんなに気にかかるのかを思い出す。


 ――シルヴィアの誘拐目的が、神子姫に擁立するためであった。

 新たに判明した、その事実を胸の内で反復する。

 わざわざ、隣国の筆頭公爵の総領娘を誘拐しようとするくらいだ。

 その神子姫の条件たる『光気』とやらは、そうそう皆が持っているものではないのだろう。

 魔術師としての素質は、生まれながらに誰でも持っているわけではないと言うし、多分『光気』も、そんな感じなのかもしれない……。

 思考に沈む部屋で、熾火になった暖炉の薪が、ぱちりと小さくはねる。

 

 それにしても、光気なんて特殊な単語、光の教団について詳しいシルヴィアからも、スパルタ講師シグルスからも聞いた事は無いよ。

 多分これは思っているよりも、大きなことだ。

 ファンデール王国が不可解に思っている、クリストファレスの問題の、根底をなす言葉。

 一つ疑問が解消されれば、次々と新たな疑問が湧く。 


 ――ああっ。もう、頭から煙が出そう。


 結局、答えなんて出るわけも無く、ぼふりと寝台に身体を倒す。

 すると、

 痛っ!

 乱暴に身体を倒したせいで、突然痛みが走った左の手。

 暗闇の中でも鮮やかに白い、片腕の包帯。

 その白さに、何も考えられなくなっていた脳裏に、ぱりんと何かが割れたような音が響く。


 そうだ。似ているのだ。

 先ほど見送ってしまった、違和感。

 思い出せそうで思い出せなかった答えは、画廊の最後の一枚。

 焦げ茶色の髪に、とろりと柔らかな琥珀色の瞳。

 それは確かに私の良く見知った一人の女性――エルザに良く似ていた。

 

 ――ちょっ……と、待って。

 混乱したまま、もう一度身体を起こす。

 勿論、壁画は写真とは違う。ただの絵画だ。

 気のせいである可能性だってあるよ。

 けれどもベールで口元を隠した最後の神子姫。

 エルザと壁画の神子姫が血縁関係だとするなら、何だ。


 ――母と娘?

 それが最もありえることだとは思う。

 けれどもそうすると、シグルスが神子姫の息子という事になる……。

 仮にも国王の懐刀と言われた騎士団長が、敵国の人間と言うことは、ありえないだろう。

 この血統を大切にする中央集権国家諸国で、それはあまりにありえない。


 だとすると、成りすましか、血筋の偽証……?

 ――もしかして、本当のスパイは……シグルス?


 そう思い至った私は、ガンッとまるで強いハンマーで殴られたような気分になる。

 混乱に陥る私に、ねとりと口の中が粘つく。

 何かを大きく取りこぼしている。

 そんな焦りにも似た感情と、シグルスがスパイなのだとしたら全ての符号がぴったりはまるという確信がない交ぜになって、私を襲う。


 あの冷たい情熱を秘めた、アイスブルーの瞳。

 エルザのはにかんだ、柔らかな微笑み。

 自分の導き出した答えに、感情がついていかない。

 だってもし彼が北の人間なら、シルヴィアの館でも彼の領地でも、簡単にその時点でさらえたはずだ。

 必死に胸の内で、否定する。

 しかし、騎士団員の目があったから、成功しなかったとするならば?

 だとしたらエルザも、北の……人間なの?


 ぎりぎりと痛む胃に、探れば探るほど真実は闇にもぐっていく。

 唯一私を追いかける瞳の無い、暗い寝台の上。

 まんじりともせず、夜が明けた。

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