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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
113/171

アランタトルの檻 6

「明日、五人の司祭による公開口頭試問を受けていただきます。」

「……公開、試問?」

 何、それ。

 意識をしっかり保たねばと、自分に強く言い聞かせていたためか、唐突に言われた言葉に、頭がついていかない。

 公開試問って、大学や大学院の論文発表位しか思い浮かばないけれど、まさかその口頭試問?


 思わず訝しげに眉を寄せた私に、男はあっさりと肯定を返す。

「光の教団の教義に対して、どれだけ理解を示されているかと言う、ごくごく簡単な問答です。心配なさることはありません。」

 『公開』試問。

 ……つまりはそれの試験に、落ちればいいのだろうか。

 一瞬、そんな思いが浮かぶも、顔に出ていたのだろう。

「勿論これは形だけの事。既に合否の是非は決まっておりますが、貴女様ご自身の今後の為にも、どうぞ励まれますよう。」

 と、さらりと先手を打たれる。

 ――じゃぁ、人形でも立たせてよ。

 そう思いつつも、合否が決まっている茶番ですら、今の私には拒否権は無いわけで。


「……はい。」

 すべての言葉を飲み込んだ私に、神々のタペストリーの前に立った、シャムール・ギザエットは淡く微笑んで、その指にしている白い指輪を押し当てる。

「……?」

「それではお入り下さい。きっと明日の口頭試問の参考になると思います。」

 静かな振動音。

 示されたタペストリーの横、静かにぽっかりと開いた壁の先に、薄暗い階段が下りていた。


「これは……。」

 下りきった階段の前に現れたのは、一枚の大きな扉。

 長らくこの階段が使われなかったという証だろう。ツンとカビ臭い、他と違う冷たい空気が肌に刺さる。

「どうぞお入り下さい。」

 そう促され扉を開ければ、長い廊下のような不思議な部屋に、ふわりと灯りがともり、等身大の幾人もの聖人や聖女の姿が、ゆっくりと浮かび上がる。

「ここ……画廊、ですか?」

「ええ。手前から歴代順に聖人の肖像画が画かれております。」

「凄い……。」


 最初は油絵が掛かっているのかと思った肖像画は、ただ枠がつけてあるだけで、実際には両側の壁面に直接画かれている。

 歴史を感じさせる重厚な壁画。

 覗き込めば、一番手前の聖人に書かれた年号は、私がシグルスの館で勉強した時よりも大分古い。

 ……国教と認められる前のこんな古い時代から、光の教団はこの地に根付いていたのか。


 言葉も無く、カツンカツンと響く足音。

 暫く壁画に見入っていた私に、男の静かな声がかかる。

「この部屋に入れるのは、歴代の司祭長と神子姫、それにごく僅かな聖人のみです。」

 その説明に思わず納得する。

「この絵を他に見せる気がない。だから直接描かれているのですね……。」

 ゆっくりと足を進めれば、程なくして歴代の神子姫達の肖像画が並び始める。

 皆少しの違いはあれど、同じ白い衣装に右手に剣、左手に星屑のランプを持つ乙女たち。

 等身大に描かれているだけあって、その様は圧巻の一言だ。


 そんな画廊の、最後で何故だか一枚の肖像画に目が留まった。

 まるで誰かを待つように、ぽっかりと右側の空間があいた、最後の神子姫。

 聖人の列の一番最後の誰かを塗りつぶしたのか、それともただ、誰かを新たに描く準備なのか、そこは真新しい漆喰が塗られたばかりのように思えた。

 けれど開いた空間の他に、不審な点は無い。

 その他と代わらぬ肖像画に、何ともいえない胸騒ぎを感じて、じっと見るけれど、焦げ茶色の髪に、とろりと柔らかな琥珀色の瞳。

 歴代の神子姫と何か……違う?


「姫は、この国と神子姫についてどのくらいご存知でしたか?」

 じっと最後の乙女の前で立ち止まっていた私に、並んだ男が問いかける。

 ――目的のためならば、手段を問わない国だって事くらいですよ。

 そう言いたいのを抑え、壁画から視線をはがして、ぽつりぽつりと話す。

「――クリストファレス……。大陸の北に広がる巨大軍事国家で、現在、光の教団を国教と定めている唯一の国。」

「………。」

「精霊の気性が荒くて、精度の高い魔術具でないと動かす事が出来ない。……その為、世界で最も魔法を使わない国としても有名。」

「他には?」

「国主として皇帝が君臨なさっているとも、伺いました。」


 本当はシグルスの元で、もっと詳しく勉強した。

 『良質の鉱山を多数持ち、世界有数の魔石の産出国』『精霊が使役されるのを拒むことについては諸説あれど、原因不明。』『特にここ近年は悪化の一過を辿っている』とか、歴史、産業、軍事、政治。徹底的に叩き込まれた。

 広大な厳しい土地で、貧富の差が埋まらないから、光の教団が広く流布したともいえるのだろう。

 民族や文化が違う多種多様な人々を締め付けるのに、宗教は打ってつけだ。


「良くご存知だ。ご記憶を無くされたと聞いておりますが、近隣諸国のことは覚えていらしたのですね。」

「――っ。いえ、違います。花祭りに出るために、必死で勉強しました。」

「……。」

「……皆様に、失礼があってはいけませんから……。」

 我ながら言い訳じみた答えを、どう受け取ったのかは、分からない。

 涼しい顔で、左様でしたか。との言葉が返る。


「では神子姫については?」

「……対外的には『女』では無いこと。実際には神子姫が代替わりをしても、初代から同じ『神子姫』であるように崇められていることぐらいです。」

「そうですね。流石に不老不死を信じるものはおりませんが、神子姫はアランタトルの化身。ですから、このように歴代の神子姫の肖像画が並ぶのは、人の入れない、この神殿の秘密画廊だけなのですよ。」

 髪と瞳の色だけ違えど、初代からほとんど代わり映えのしない、白の装束姿。

 生没年すら書かれていない、名を捨てさせられた乙女たち。


「つまり、明日の口頭試問は、私がこの列に加わる為の試験なのですね。」

 同じ衣装を身につけた壁画の聖女達の前で、まるでそこから抜け出してきたような私が、司祭長に向き合い、問う。

 すると元より隠すつもりは無かったのだろう。

「ご推察通りです。」と、にこりと返された。

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