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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
112/171

アランタトルの檻 5

 少し歩きましょう。

 そう言われて、いつもと同じく神殿に向かう。

 他には連れて行かれない……と言うよりは、私に宛がわれた部屋が、神殿の一部なのだろう。

 いつもの長い廊下を進み、堅固な渡り廊下を越せば、もうそこは神殿の中だ。


 幾度かの晴天を向かえて、どうやらここが、切り立った山に建てられた神殿だという事に気がついた。

 冬の長い、山岳地帯のクリストファレスは、険しい山の中腹に王城がそびえ立ち、その山の麓に王都が広がっていると聞いた事がある。

 だとすれば、ここは王城にある神殿なのか、もしくは程なく近い神殿なのかもしれない。

 限られたごく一部しか歩いてはいないとは言え、国教の本拠地と思えるだけの、広さと規模がこの神殿にはあった。


 シャムール・ギザエットと初めて相対した祭壇の前で、いつもの様に一礼する。

 この祭壇の神々の像の奥に進むと、ここから奥には入れない追従の信者たちが、何も言わなくとも、袖廊の柱の影に消えて行く。

「以前よりは足取りもしっかりされて来たようですね。安心致しました。」

「毎日何度もあの廊下を渡って、神殿へ礼拝に来ていますし、……輿に乗るのは嫌いです。」

 話しながら階段を上がり祭壇の奥へ進めば、豪奢だけれも小さい、司祭長や神子姫達が祈りを捧げる特別礼拝堂に出る。

 白いの大理石の神殿とは違って、ここは木の飾り板やタペストリーが飾られていて、ほっと温もりが感じられる造りだ。

 そのせいか、ここに来ると何故だかいつも、懐かしいような不思議な感じがした。


「……私がここに連れて来られても、まだシルヴァンティエ様を拉致するつもりなのですか?」

 無言のシャムールの前で、教えられた礼拝をひとしきりこなしてから問いかける。

 何も言われなくても、教団側が教え込んだように無意識に祈りを捧げる自分に、もう疑問すら浮かばない。

 けれども、どんどん思考が閉じていく自分自身に完全に裏切られる前に、これだけは伝えておかなくてはと、のろりとした頭で、辛うじて伝えたかった残滓をかき集める。


「何故、私やシルヴァンティエ様をこちらに連れて来たかったのかは、聞いても答えてくれないでしょう。それは別にかまいません。」

 だからそれは諦めた。

 元より答えを渡されたところで、何が出来るわけでなし。

「けれども、シルヴァンティエ様を私のように無理に誘拐すれば、今度こそ命が危ない…。――知っているでしょう?貴方たちが過去に起こした誘拐事件で、今でもシルヴァンティエ様は命を損なう危険性を孕んでいるのです。」


 異国につれてこられた私が、以前願っていたような形でシルヴィアの未来を勝ち取ることは、もう出来ない。

 けれども今王宮で術の再構築をしているシルヴィアを、私と同じように誘拐すれば、その命が本当に危ない。

 それだけは伝えておかなくてはと、霧散しそうになる思考で必死に考える。


「今無理にお連れすれば、今度こそシルヴァンティエ様の命を損なうと言うことを、……それだけは覚えて置いて下さい。」

 連れて来ないで下さいと怒ることも、止めて欲しいと懇願することもせず、教団側の立場に立ち、彼女の命を損なわないで欲しいと、それだけを伝える。

 すると無言のまま静かに聞いていた美しい男が、ふと目に暖かな色を浮かべ、ほんの少しの微笑を唇に乗せた。

「やはり姫は頭が良い。」


 どきりとした。

 わざわざ、この小さな礼拝堂でシャムール・ギザエットにこの話を切り出したのは、理由がある。

 大勢の信者が見張る自室や、わずかな人間の温かみすら吸い取る、大理石の大神殿とは違って、ここが一番彼に人間味を感じ取れたからだ。

 通り一遍の返答しかもらえないであろう他の場所よりも、最適だと思った。


 けれども、さらりと揺れた金の髪。細く長い指先の動き。

 どんなに酷く汚い事をしても、決して曇ることない清廉で美しい瞳と、柔らかな微笑みを形作る、薔薇色の唇。

 そんな一つ一つの動作に、目が吸い寄せられ、何も考えられなくなる。

 抗いがたい程、強く惹かれ始めている自分に、この笑みは――毒だ。


「わかりました。シルヴァンティエ姫にこちらにお運びいただくときは、細心の注意を払うことをお約束いたしましょう。」

 立位のまま簡単な祈りの仕草の最後に私の手を取り、手の甲に額を軽く当てる動作をする。

 キリスト教徒が、約束を違えないとの意味で行う、十字を切る所作。

 それと同じ意味だと分かっているのに、そのさらりとした手の感触に、頭が真っ白になる。 

 男に触られた手が、熱い。


 一瞬、動揺のあまり何を言われたかも分からぬまま、無意識に聞き逃してしまいそうな男の言葉。

 それを何度も反復して、やはりシルヴィアを諦めたわけではないのかと、ようやっと思い至る。

 すると、すっと鈍い意識に冷たい空気が入り込み、その冷たさの分、何とか冷静になれた。


 ――私、やっぱりおかしい。

 自覚はあるのに、自分をコントロール出来ない。

 麻薬のような強い吸引力と、何も考えられなくなる破壊性。

 この男はあまりに危険だ。

  

 けれども本当に恐ろしいのは、自分の理性と自制心がーーもはや崩壊寸前であると言うことだった。

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