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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
110/171

アランタトルの檻 3

「お目覚めになりましたか。」

 そうして男たちに恭しく担がれた輿の上、幾人もの女性達を従え辿り着いた地下神殿。

 迎えたのは、一人の美しい祭司。

 背を覆う金色の長い髪と、俗世の穢れを知らぬような青い瞳。

 女と見まごうばかりの優美な姿。

 目を離せない、強いカリスマ性を感じさせる一挙一動と、天上人のようなたおやかな風貌。

 それは神殿の雰囲気ともあいまって、うかつには近寄りがたい、人離れした感さえ受けた。

 ――女?

 一瞬、そんな疑問が胸に湧くも、私を輿から降ろし平伏する人々の合間を、無造作に歩いて近寄れば、それでも見上げる程度には背が高い事が知れる。

 傷一つ見当たらない滑らかな白い手も、その太い首も、女のものではありえない。

 

「……あなた、誰。」

「光の教団の司祭長を務めます、シャムール・ギザエットと申します。御身をクリストファレスに御招きする事が叶い、嬉しく思います。」

 不躾に聞いた私に、拝礼して答える姿さえ優雅だ。

「そう…。あなたが私を呼んだの。」

 それだけ分かれば十分だ。


「――何故、レジデを殺させたの。」 

 静かに問うた私の言葉。

 その意味が分からなかったのか、小首をかしげた拍子、さらりと揺れた金の髪に、瞬間、腹の底から怒りが吹き上げた。 


「――!!」

 輿の上で隠してあった、髪に挿された銀の簪。

 それを左手の包帯から抜いて、明確な殺意でその男の白い喉元に突き出す。

 十分に距離を測り、勢いも、間合いも十分。

 しかし、男の白い喉下に吸い込まれるはずだったそれは、意外に俊敏だった男に難なく捕らえられ、両腕、後ろ手に簪ごと回される。


「いけません。貴女がそんな危険な事をしては、いけません。」

 まるで抱き寄せられるように、拘束された男の腕の中で、獣のように身をよじる。

「どうして!どうして、レジデを殺させたっ!!」

 心の底からの、ただ一つの叫び。

 大理石の神殿に、響き渡る絶叫。

 レジデを、あの笑顔を!何故殺した!!


 ようやく吹き上げた、目も眩む怒り。

 あふれた涙とともに暴れだした私の怪物は、私の理性もタガも内側から食い破り、目の前の男の喉笛を食いちぎれと命ずる。

 許さない。許せる訳がない。

 怒りのあまり目の前が真っ赤になる。


 返せ。

 私に、世界に、あの笑顔を返して。

 返せないなら、こんな世界など滅んでしまえ!!


 まるで死に装束のような乱れた白い衣装、血走った目で振り乱した髪。

 そんな私を慈しむように、愛おしそうに笑うその青い瞳だけが、まるで得体の知れないもののように、じっとりと私を見つめる。

「――。」 

 ――…?

 もう一度繰り返された言葉。見ほれるほど綺麗に、男がふわりと笑う。

「生きておりますよ。」

「――…っ」

「あなたの言う男は、我々の手の内におりますよ。」


 ガンガンと痛む頭に、男の言葉が馴染むのに、一呼吸あった。

 怒りと悲しみと強い絶望で、息すらまともに出来ない私に、ゆっくりとその言葉が染み渡る。

「生、きて……るの?」

「この強い瞳。この明確な意思。……素晴らしい。」

 私の問いには答えず、男は私の乱れた髪を一筋、撫でる。

 私は……この男の言葉を、本当に信じて良いの…?

 その言葉を嘘でも信じたい強い気持ちと、未だ荒れ狂う私の獣が否!と叫ぶその気持ち。

 安堵感はそのまま恐怖となり、体の内に体験したことの無い、引きつれたような強い痛みを引き起こす。


「――彼に会わせて貰うまで、信じられない。」

 戦慄く唇から、こぼれた言葉。

 まるで、一瞬でも目をそらしたら、レジデの命が消えてなくなってしまうかのように、瞬きする間も惜しく、相手の男の瞳に真実を探す。

 すると一点の曇りも無い美しい青い瞳を柔らかく細めた男は、薄い唇を私の耳元に寄せた。

「信じる信じないは、貴女の自由です。――縞の毛並みの獣人族をね。」

「……!」


 男の腕の中で、目が泳ぐ。

 レジデの風貌を聞いているだけかもしれない。

 私に抵抗をさせない様にするためだけの、嘘かもしれない。

 それでもその言葉は、私の心の一番柔らかい所を、鉄の鎖で無造作に締め上げる。


「会わせて差し上げても、よろしいですよ。――貴女が、……そうですね。きちんと食事を取り、その美しい微笑を我々に向けるのであれば、ここは貴女にとって、安全な揺り籠。――貴女のお望みの人物に、会わせることも出来ましょう。」

「――っ!」

 鉄錆の匂い。血塗られた、土の色。

 次々浮かぶ不吉な情景に、空転する思考を叱咤する。

 レジデを助ける為に、私に出来る最善の事を必死で考える。


「――それは、私が決めるわ。」

 ほんの一瞬、口先だけの無意味な強気が口をつくも、すぐに泣きたい気持ちがせり上がってきて、重く胸をふさぐ。

 交渉のテーブルに、どうやったらこの相手をつかせる事が出来るの。

 弱気になってはいけないと、気持ちを無理やり奮い立たせ考えるけれど、立たされた崖の先、一体どちらに行けと言うのだ。


「もし、本当にレジデを生かしているならば、――『鳥が抱く真実』の答えを。」

 辛うじて捻り出した問い。

 折鶴に書かれた文字は、レジデしか知らない。

 もしエルザかシグルスが、あの難解な折鶴を開いたのでなければ、この世界でそれを知っているのは、私と彼だけだ。

「本当に彼を生かして捕らえているならば、その答えを今直ぐに、所望する。」

 きりりと気丈に睨みつけた、相手の瞳。

 けれども、その水をたたえたようなその静かな瞳に、私の脆弱な強気はもろくも崩れる。


「――レジデを殺したのでなく、今も拷問しているのでは無いと言うならば、その証を。それさえ確認できれば……あなたたちの言うとおりにするわ。」

 目から力が失せて、鈍い光に揺らぐ。

 レジデが生きているかもしれないという安堵は、そのまま恐れとなり、底知れぬ深い深い恐怖の沼に突き落とされる。

 ドレスが吸い上げた、あの重さ。

 どうか。どうか、お願い。無事でいて。


「それが出来ないなら、二度と水も食べ物も、口にしない。――ここまで苦労して欲しかったのは、私の死体では無いのでしょう?」

 レジデを抑えられてしまえば、元より本当の意味で、私に抗えるはずも無い。

 最後は自分の喉下に突き刺す覚悟であった銀の櫛は、私の指先から離れ、小さな音を立てて床に落ちる。

 答えは出た。

 ――相手を交渉のテーブルにつかせることなど、出来はしないのだ。


 緩んだ男の腕の中、貴婦人の礼ではなく、祈りを捧げる殉教者のように膝をついて頭をたれる。

「どうか、お願いします。」

 ――レジデの助命と救済を。


「彼の命以外に、望むものは――ありません。」

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