アランタトルの檻 1
甘い甘い香りがする。
とろりと溶けてしまいそうな程、馥郁たる香りが立ち込める。
ゆらりゆらりと、ゆられながら、何も考えられない頭でふと思う。
どうして、私はここにいるのだろう?
潮騒の音。
目の前を真っ白に染める、白い雪。
幾人もの人間が担ぐ輿が、くたりとした私を乗せ、額づく人々の合間をゆらりゆらりと進む。
現実感がまるでない、不思議な風景。
それをぼんやりと眺めていれば、ふと、ひとつの答えが心に浮かぶ。
――そうか。私はまた、異世界に飛ばされたんだ。
いつの間にか握り締めていた、鋭利な破片が手を傷つけ、その一瞬の痛みと共に、ふわりと唇に笑みが上る。
――ああ、よかった。
もう、だれも傷つけない。何も壊さない。
ゆらりゆらりと、大好きだった人たちの顔が、浮かんでは消える。
もう大丈夫。
力を抜けば、とぷんと、甘い眠りに誘われる。
何物も傷つけない、深い深い幸せな眠りの底。
それでもどこかで、ちりちりとした思いが、私の眠りを妨げる。
ここは幸せだけど、私は何か……強く強く、心配していなかっただろうか?
甘い眠りを妨げるように、次々と湧き上がる強い焦りが、深い海の底に引きずりこまれた私の意識を、一瞬ぷかりと浮上させ――その何一つ考えられない大海原で、途方にくれる。
――どうして、私はここにいる?
――私が心配していたもの。それは何……。
おぼれそうになって伸ばした手の先、片側だけ、幾重にも厳重に巻かれた見知らぬ白い包帯が目に入る。
それに不思議に思えば、益々強くなる甘い香りが鼻腔をくすぐり――また泥濘とした眠りに、ずるりと引き込まれていく。
神子―さま。……姫、さま。
――誰?
まだ……お休み下さいませ――。…子姫さま。
――みこ、ひめ?
……――で、ございます。どうぞ、お気を楽に――。
――それ、……だぁれ?
―…もう間……で、ございます。お休みくださ……せ。
ああ。そうか。
繰り返されるそれに、得心がいって、はんなりと笑う。
どうして、わからなかったんだろう。
こんな簡単なことなのに。
私が、神子姫なのに――




