白い鳥 23
シグルスの予想通り、祭りの最終日、私とフォリアは多忙を極めた。
祭りも三日目になると、相手を探るという集中力など残っていない。
昨日よりは動きやすい、淡い色のドレスで、右へ左へ右往左往。
連日の疲れと、どうしようもない焦り、緊張感を奥に隠して、ただただ挨拶を受け続ける。
にこやかな笑顔を貼り付けて、朝から園遊会、午餐会。
鑑賞会をこなす頃には、流石に軽く頭痛がしてきた。
そんな私に、中天にある太陽がすこし傾き始めた頃、ようやく少しの休憩タイムを貰える。
夕方からまた別の夜会が待っているし、ここで休憩タイムもらわないと、真面目に死にそうだよ。
何とか許可を貰った、中庭に続く扉に手をかける。
正直、息抜きがてら散歩をする自由をもらうのには骨を折ったけど、シグルスやフォリアに、びっしりと監視やら付き添われているのも、流石に三日になると少しキツイ。
人の視線に重みがあるというのは、初めて知ったよ。
――少しで良いから一人になりたい。
その話を伝えたところ、すんなりと了解したフォリアと違って、案の定シグルスは難色を示した。
しかし、「乙女には、独りになりたい時があるんです。少しで良いんです。デリカシーの問題です。エルザにも独りになりたいと、言われたことないですか。」と、以前十代に間違われた嬉しくない経験を元に、勢いだけで詰め寄ったら、しぶしぶOKが出た。わぁい。
すまんね。押しの強さと厚顔無恥なのは、乙女じゃなくて、おばちゃんの証拠だ。
許された中庭に入り、植え込みが迷路のようになっている小道を進んで、小さな井戸のある東屋に出る。
そよぐ風とともに、左右を見渡す。
――まだ来てないみたい。
フォリアと仲違いしてしまったレジデに、こっそり約束したのは、祝賀会のドレス姿を見せること。
実はこの小さな東屋がある中庭は、レジデが入れる王宮区域から丁度良く見えるらしい。
――ロワン魔術師にお願いして、中庭になら入れて貰えるかもしれませんし、トーコのドレス姿を一目見たいです。
駄目でしょうか。と月明かりの下、困ったように言われれば、最大限努力しますと答えるしかない訳で。
行けるとしたら夕刻前、この場所でと言ったけれど、やはり中には入れなかったのだろうか。
私がここに来ると伝えた時点で、シグルスならば人払いをしている可能性も高いしなぁ。
それとも結局中まで入れなくて、向かいの棟のどこかから、レジデが見ているのだろうか。
うーん、と考えても、分からないものは分からないし、他にしたいことも無い。
実際、人いきれがしたのは本当だし、実はさっきの鑑賞会で挨拶したでっぷりとしたマダムの香水の強すぎる香りで、今は鼻が全く利かない。
時間はまだあるし、ゆっくり外の空気を吸いながら、もう少し待とうかな。
そう思って、小さく息を吐く。
レンガの壁に半円型に埋め込まれている井戸は、小さな蕾をつけた蔦が這って、さやさやと、少し肌寒い春の風に揺れている。
思わず東屋のベンチに座り、ほっとその小さな音に、耳を澄ますと、色んな物を詰め込んだギチギチの頭が、すーっとクリアになる感じがした。
まだ日は高いとは言え、祭りも終盤。
なんだか城下から流れてくる華やいだ宴の音も、昨日とは違って、祭りの名残を惜しむものに聞こえる。
もう少し。
もうすぐ『鳥』の仕事も終わる。
そう思って、少し重い頭から意識をぼんやり飛ばしていると、そんな心地よい静寂を、小さい何かが邪魔をした。
…えっと、――何だろ?
その違和感の正体が分からなくて、ぼんやりあたりを見渡すと、ふいに、水が跳ねて黒くなった井戸の土の上に、見た事のある小さな袋に気がついた。
意識を乱した、ごくごく小さな音は、ここからしている。
――あれ、どこかで見たっけ?
無意識に傍に行き、しゃがみこんで迷い無く持ち上げれば、小さな小銭入れ程度のその巾着の内側から、コロンと飛び出してきたのは、――薄汚れたキッチンタイマー。
っ……!
懐かしい、かちりとしとしたプラスチックの硬い手触り。
色鮮やかな黄色のタイマーは、液晶の一部も壊れ、電池も殆ど無いのか本当に小さな割れた音を繰り返す。
これ……どういう!?
混乱しながら袋をもう一度見れば、それは間違いなく、時の館でレジデが持っていた袋だ。
色はもう少し薄かった気がするけれど、少し特徴的な形をしていたので覚えている。
異世界のカケラが入っていた事も異常だけれど、レジデなら研究者として持っていて不思議ではない。
――でも、何でコレがここに?
そう思って、混乱しながら慌てて左右を見渡せば、誰もいない東屋を、ざぁっと一陣の冷たい春風が通り抜け、木々を揺らす。
肌寒さ以外の何かを感じて、ぶるりと体を震わせる。
――レジデが既に、ここに来たの?
見渡しても、揺れるのは木々ばかり。
考えをまとめたくて、なり続けるタイマーを無意識に止めると、手には不愉快な、べたりとした感触。
恐る恐る下げた顔、手のひらを見れば、案の定べったりと――赤黒い。
ざぁっっと、血の気が引いて立ち上がった淡い色のドレスの裾も、靴もその色をたっぷりと吸い上げている。
赤黒い手。
雨も降っていないのに、変色した土の色。
ようやく利いてきた鼻につく、鉄錆の匂い。
ドレスの裾が吸い上げるほど、たっぷりと湿った……足元の感覚。
それが何か分かって、頭が真っ白になり、レンガの壁を背に誰もいない中庭を振り返る。
――レジデっ!!!!
私の上げた悲鳴は、不自然な強い風に飲み込まれ、誰に聞かれることも無く消え去る。
花の祭りは春を呼び、春の嵐が駆け抜ける。
そしてその日。
大盛況で終わった、花祭りのファンデール王城から、また一人
――…神隠しのように忽然と、一人の姫が姿を消した
拙い文章を読んで頂き、ありがとうございます。
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