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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
105/171

白い鳥 22

 私の一言に、ふと目を伏せた男は、その一動作だけで私にかけた重圧を難なく解く。

 まるで全てが無かったかのように霧散した空気。

 それに戸惑いながらも大きく息を吐くと、シグルスは紫の宝玉をビロードの箱に入れ、立ち上がった。

 ――どうやら確認作業は終わったらしい。

「これでお前の懸念は晴れたか。」

 変わりない冷静な声に、私も無理やり意識を切り替える。

「……はい。」

 少なくともこちらでは、私が心配していたような、悋気や逆上を必要とする世界ではないということは分かった。

 婚約の定義が違うとなれば、少なくとも私が抱いていた『強い恨みを受ける』と言う、恐怖の対象からは大きく外れるのだろう。

「少なくとも、現時点で仕事に影響出るようなことは無いと、分かりました。」

 そう答えながらも、何故か胸に引っ掛かりを覚え、訝しげに思う。


 なんだろ。

 ミクラム嬢の落ち着いていた瞳も、フォリアの冷静な態度も納得が出来たのに、何故こんなに気分が晴れないのだろう。

 そう思って深く胸のうちを探れば、「必ず譲渡が発生する訳ではない」と言う部分に、自分が拘っているのだと、ようやっと気がつく。

 婚約者の譲渡で立身出世を願うタイプではないなら、むしろフォリア自身は、このままミクラム嬢と結婚するつもりなのだろう。

 そしてミクラム嬢のフォリアの名前を出した時の、やさしげな表情。

 ――家の思惑はともかく、二人の気持ちは同じなのか。


 悋気や逆上とは無縁でも、二人が結婚を前提とした関係であるということは、何も変わらない。

 その事実に、改めて納得しながらそう思うと、ふと、納得したはずの胸の奥深くで、いっかな晴れない、もやもやとした違和感を胸に感じて――そんな自分に不愉快になる。

 この感情は……嫉妬だ。

 そう思った瞬間、居たたまれなくなる。

 何だ、私は。逆恨みの危険性が低いとわかった瞬間に、フォリアに対して独占欲のような感情を持つなんて。

 親密だった人間に、自分以外の親しい人間がいる事を知ってショックを受ける。

 それじゃぁ、小さな子どもと一緒じゃないか。

 ――浅ましい。


 胸の内の情けない苦い葛藤を吹き飛ばすように、少しばかり大きなため息をつく。

 扉のところまで見送っていたシグルスが、そんな私を振り返る。

「陛下から直にお声がけがあったお前に、ウィンス卿が誓いをした事で、明日には更に人が集まることになろう。」

「え?」

「騎士の誓いを受ける女性は、大概は王族女性だ。……そして極小数しか知らないことだが、シルヴァンティエ姫は、その不遇さにより出奔したユーン公爵家の名以外に、もう一つ名乗りを許されている名前がある。」

 もう一つの名?

「レイラ姫の姓だ。」

 前国王の妹姫のレイラ姫――その意味を捉えた瞬間、あまりの恐怖に血の気が引く。


「それは……。」

「お前が王家を名乗れることはまず無いが、あのパフォーマンスで、この特例を思い出した人間もいるだろう。」

 混乱して考えが空転する私に、シグルスが噛み砕く。

「意識を戻したシルヴァンティエ姫が、野心家の弟ユーン新公爵を疎むなら――そして『アーラ姫』に益となるならばと、王族に名を連ねる可能性はある。 そうすれば、お前は完全にユーン公爵家からは手が切れ、別の適当な家が養い先として、選別し直される可能性が高い。」

「もしかして、ユーン公爵があんなにも焦っていたのは……。」

「その事実を知っていたからと考えるのが当然だな。――そもそもクリストファレスの国家スパイ容疑がかかっているユーン公爵家は、その巨大さから利権が複雑に絡み合い、内外に敵が多い。」

「………。」

「実際、今はユーン公爵家から『筆頭』の文字が取れるか否かの瀬戸際だ。もし仮にシルヴァンティエ殿が王族として立って、冷遇されているウィンス卿の後ろ盾となれば……確実に勢力図は変わる。」

 くらりと世界が回る。

「そんな――…。なら、フォリアはどうして――。」

 王宮の勢力図が変わるほどの意味合いを持つ、あんなパフォーマンスを何故したのだ。

 事態を複雑にしただけにしか思えない私に、呆れたような声がかかる。

「お前を守るため以外に、何かあるのか。」


「……私?」

「あの誓いをする事で、お前は『ユーン家縁のカード』から、どこの家にとっても下手な扱いが出来ない極上のカードに変じた。 そして公爵家の継承争いに負けた『敗者のウィンス卿』は、魔剣士という肩書きを持つ、お前を守る騎士となった。……今のお前にあだなす者は、そうそう居るまい。」

 ぽかんと見続ける私に、シグルスはただし、と付け加える。

「ウィンス卿本人は、唯でさえ不仲なユーン新公爵の恨みを、更に深くしたろうな。――このままで済むとは思えまい」

「そんな……。」

 もう社交界から逃げられないと分析していたフォリア。

 弟から更なる恨みを買ってでも、私の身の安全を確保しようとしてくれたのか。

 その気持ちに、覚悟に、悲しくなる。


「……私は、白い鳥として――囮として、シルヴィアの養女候補になっているだけなのに……。」

 全てが終わったら消え去る人間なのに。

 その言葉は誰に言えることもなく、胸の奥に飲み込まれる。

「後に引けなくなる可能性は最初から十分にあった。 ――そして、それを含めての、仕事だ。実際、お前が忘れている自分の出自が、シルヴァンティエ殿から語られれば、本来の家に戻れもしよう。」

 そんな物があるわけがない。

「――では、孤児だったらどうするつもりですか。」

 ぽつりと言った発言に、ぴくりと眉が動く。

「婚約者の話でもあったろう。身分の低い人間を引き上げるテクニックは、いくつかある。――今回の場合、さまざまな利権から、お前の身分の確保を賛同する動きは多いだろうな。」


 どうか。と祈るような気持ちで思う。

 明日が最後の一日。どうか私に闇の魚が近寄りますように。

 もしくは今まで集めた音声の中に、フェルディナント二世が私に求める、白い鳥としての成果がありますように。

 ――泣きたい気持ちで、強く強く、そう思う。


 異母弟に深い恨みを根付かせたフォリア。

 嫌っていた王宮で、その捨てた地位に座らされようとしているシルヴィア。

 そして私が居る限り、テッラ人を召還した人間としてのリスクを常に抱えるレジデ。


 アーラ姫が正式な養女になる前に、シルヴァンティエ姫死亡の報を流してもらい、シルヴィアを、フォリアを自由にする。

 ――そうして私が消え去る以外、私の大切な人たちを自由にする道は、もう無いのだ


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