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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
104/171

白い鳥 21

 結局あの後、「アーラ姫限界」との判断で、城に用意された部屋に泊まった。


 帰城したかったけれど、翌日の『鳥』としての仕事もあるから、こればっかりは仕方ない。

 音声を魔石に集めるための魔方陣は、服の着脱時に、色々仕掛けが必要な難解なもの。

 着るのも脱ぐのも面倒臭い。

 移動型魔方陣の呪を解除しながら、『鳥』の一部であるメイドさんたちに、よってたかって服を脱がしてもらって、人心地。

 疲労で動かなくなった頭で、子どものように、ようやっと部屋着に着替えさせて貰っていると、暗い銀色の髪を持つ、私の上司が入ってきた。


「アーラ姫の解呪作業は終了したか?」

「はい。滞りなく、おすみでございます。」

 メイドさんたちが頭を下げ、外したばかりのアムネアの宝玉を渡す。

 これから音声解析や、明日の警備の最終確認など、まだ仕事が残っているのだろう。

 灰色狼は、未だ騎士服をまとったままの姿で、いくつかの業務事項を確認。

 その後、メイドさんたちを人払いをすると、もう一度深い紫の宝玉を、自分でチェックしはじめた。


「――今日は随分と面白いものを見せてもらったな。」

 一瞬、何の事か分からず、きょとんとする。

「あの紙細工は、どうしたんだ。」

 ああ。折鶴のことか。

「ユーン本家が無理難題を押し付けてきた時用の……ただのトラップです。」

 私がシルヴィアの館から持ち出した荷物は、川に落ちて意識を失った段階で、全てシグルスにチェックされている。

 折鶴を持っていないのを知っている男に、あれが本物だと言い張っても意味は無い。

「やはり偽物か。――しかし、お前個人の目的の為に、予定外の行動を起こすな。全体の計画が狂う。 今後は全て報告しろ」

「……了解しました。」

 言ったら阻止されると思ったから、こっそり用意した所まで分かっているんだろう。

 一度ぎろりと睨まれたけれど、どうやら厳重注意ですませてくれる気らしい。

 また細かな作業に戻ったシグルスに、こっそりと安堵の息をついた。


「――それにしても見事な紙細工だったな。」

 暫く集中して確認作業をしていた男が、顔も上げずに、ふと思い出したように言う。

 むう。

 何故か保育士の血が騒いで、畳んであったままの折鶴を、いったん広げる。

 どうせ褒めるなら、もっと難解な折鶴を見てから言ってくれ。 

「お気に召したならどうぞ。エルザにでもあげて下さい。」

 紙の中央に踊る、レジデに書いてもらった『真実』という文字。

 辻褄あわせのそれを、また内側に畳みながら、もう少し複雑な形の鳥を折り上げて、シグルスが作業している机の淵に、ぽんと置く。


「――…。お前からの物だと、伝えておこう。」

 冷静な声の、ほんの一瞬の躊躇。

 昨日のエルザとシグルスの、いつもと違った距離感。今の僅かな間が、それがどうやら未だに続いているらしいと、教えてくれる。

「あの……。」

 血の気の引いた、彼女の顔を思い出す。

 今、エルザはどうしているのだ。具合は大丈夫なのかと、そう問いかけようとして、ふと目を上げたアイスブルーの瞳に射抜かれた。


「そういえば、先ほど、ウィンス卿から騎士の誓いをされていたな。」

 突然の問いかけに、思考が止まる。

 そうだ。

 あれは何だったんだ。

 エルザから話をそらされた感は否めないけれど、私の意識はあっという間にあのテラスへと飛ぶ。

「その直前に揉めていた様だと報告を受けているが、明日の様子に不審なところがあっては困る。解決はしたのか。」

 また勝手なことをするなと注意を受けるのかと思えば、シグルスの懸念事項は他にあったらしい。

「――よく分かりません。」

 小さくため息をつく。


 大きくうねった翡翠色の髪と、美しい宝石のような瞳を思い出す。

「今更ですが、いくら後見人代理がエスコートするのは順当とは言え、私のエスコートはフォリアでは無く――婚約者のいない人間の方が良かったのでは、ありませんか?」

 これは部外者であるシグルスだからこそ、ある意味、簡単に聞ける問いだ。

 そんな私に、作業の手を止めて、不審そうにシグルスが顔を上げた。

「どういう意味だ?」

「下手にミクラム嬢や婚約先のロゾル家の神経を逆なですれば、鳥としての仕事に弊害が出る可能性があるのではと、思っただけです。」


 『シルヴァンティエ姫の養女候補』としてではなく、『人の男を誑かそうとする女』と思われて、変な動きがあったら鳥の仕事に差しさわりが出るんじゃないか。

 そう懸念事項を伝えると、潔癖な感じのする額に、益々訝しげに深くなる眉間の皺。

 ――あれ?

 作業の手が止まる。

「お前の言っている意味が、良く分からないな。」

 こんなに分かりやすく説明しているのに、伝わらなくて、何だか二人の意思疎通に根本的な違いがあることに気がつく。


「――失礼しても?」

 作業をしていたテーブルの向いの椅子を指差し、許可を得て座る。

「お前がウィンス卿の婚約者、ミクラム・フォン・ロゾルと言葉を交わした報告は受けている。そのことか?」

 少し考えてからの問いに、小さく頷く。

「確かに、お前がもし実際にシルヴァンティエ殿の養女になり、ウィンス卿を譲渡要請すれば、ロゾル家としてはこれ以上無いほどの出世になるからな。ロゾル家が無関心ではいられまい。――しかし、それが何故、仕事の弊害になる。」

 ――は? ――譲渡?

「しゅ…っせ?」

 フォリアを私に譲渡すると、ミクラム嬢の家が、出世する……?

 聞き間違いかと思って、あまりにぽかんとした私に、どうやら問題点を見出したらしい。

「もしかして、……それも覚えていないのか?」

 と、シグルスは得心したように呟く。


「通常、爵位を継ぐ人間は多かれ少なかれ、早い時点で婚約者を選ぶ。ウィンス卿もユーンの後継者から外れた時に、今の婚約者が選定されたのだろう。」

 突然始まった勉強会さながらの雰囲気に、こちらもかしこまって、小さく頷く。

 婚約者を早い段階で選定される。――そこまでは、分かるよ。

 こちらの貴族社会で、自分の恋愛感情主体で、婚約するとは思えない。

「しかし、実際社交界に出てみて、身分の高い人間が新たに見初めることと言うのはよくある話だ。――そしてその場合は、婚約者の譲渡を申請。 交渉が成功すれば、婚約していた家に対しては、多額の報奨金が支払われるな。」

 何、それ。

「つまりは慰謝料とか、賠償金……のような?」

「いや、そこまでネガティブな物ではない。場合によっては、一家を興せるだけの財産が支払われる。 美しい婚約者が、自分よりも上位の貴族に見初められて、正妻にと望まれる。――それは社交界における男の出世方法のひとつだ。」

 何じゃそりゃぁ!

 あまりの常識の違いに、開いた口がふさがらない。


「下手をすれば、身分を釣り合わせるために、元々の婚約者の家に養女に入り身分をかさ上げして、その後さらに嫁ぐ場合もある。」

 最も多額の金が動くのが、このパターンだ。と、貴族社会から一歩引いたところにいる騎士団長は、淡々と説明する。

 その様子に、想像を絶するような金銭が動くんだろうなと、我知らず嫌悪感に顔がゆがむ。

 ――養女ねぇ。

 そんな私に思うところがあったのか、シグルスらしい物言いが返された。

「元々、婚約者と言ってもまわりが決めるものだ。婚姻の時まで殆ど顔を見ないことすら珍しくない。――女にとっては、相手が変わろうが関係ないだろう。」

 ああ。自分の美しさに男が参って、どんどん身分の高い男から求婚される。

 それは、たしかにこちらの世界の、一つのシンデレラストーリーなのかもね。

 でも、

「別に純愛云々、説く気はありませんよ。――ただそうなれば、『転売』目的で、美しい少女を無理やり婚約者にする人間が、いそうだと思っただけです。」


 自分がこの美しい少女の後ろ盾になると暗示して、上位貴族のところに売り込む。

 それで一財産作れるなら、枕営業をかけさせる男がいたって不思議じゃない。

「没落した貴族の娘や、美しい未亡人でも婚約者にして、連れて歩く。そして多額の褒章と引き換えに譲り渡したら――それはただの悪質な人身売買ですよ。」

 疲れもあって、元の世界の常識を持ち出して振りかざした私に、息を飲むほど冷たい、冷徹な瞳が瞳が向けられる。


「………っ」

 誰が相手でも容赦はしないであろう、その殺気混じりの強い意志は、凍れる炎となって私を射抜いて、私の心胆を冷しめる。

「――…その話は、エルザの前でするな。」

 エルザの名に一瞬疑問に思う間もなく、感情の無い低い声が、見えない手に変じて、あの夜のように私の首に巻きつく。

 唯一わかったのは、――私が彼が隠していた逆鱗に触れたこと。

 上手く息が出来なくなる錯覚すら覚えて、無意識に首に手をやれば、確約を求める瞳が容赦なく追いかけてくる。


「わかり……ました。」

 辛うじて、それだけ答えられた。

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