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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
103/171

白い鳥 20

 がちりと固まる私の前で、ミクラム嬢は貴婦人の鏡のように、礼儀正しく軽やかな動きで――退城する前に一言ご挨拶を。と頭を下げる。

 温和な笑顔に、邪気も他意も、何の思惑すら見当たらない、暖かな瞳。

 瞬間、私は雷に打たれたように真実を知る。

 これは昨日見た、シグルスに憧れる暴走三姉妹とは、訳が違う。

 真実を語るものだけが持つ、独特の落ち着きだ。


 ――そんなミクラム嬢に、私はきちんと答えられたのだろうか。

 辛うじて、ウィンス卿にお世話になっているお礼と、幾つかの社交辞令的な挨拶を交わした後、立ち去る後姿を呆然と見つめていると、不意に肩をたたかれた。

「どうした?」

 真っ白になった頭で、名すら呼べずに振り向くと、約束の品を手にした美貌の貴公子は、少し不思議そうな顔をした後、私の視線を追い、得心したようだ。

「ああ。ミクラムに会ったのか。」

 そのあまりにも、平坦な答えに、くらりと世界が回る。


「……婚約者が、いたの?」

「そう言えば、話したことは無かったな。――それがどうかしたか?」

 あまりにも何でもないように言われたその答えに――何でも無いよ。と応じようとして、声が喉に絡んで失敗する。

「どうした?」

 具合が悪いのかと、覗き込まれ、とっさに目を伏せる。

 けれども、隠し切れなかった――小さく震える指先を握りこまれてしまえば、何も言えることは無くて。


 不審に思った彼の行動は早かった。

「病み上がりの体に、夜会の空気はよくないな。――少し外に出るぞ。」

 こちらの意見を言う間もなく、連れ出される。

 柔らかな色合いのテラスは、少し夜風が冷たいせいで、今は誰も無い。

 ……けれども勿論、広間から二人の様子はしっかり見える訳で。

 冷たい夜風と共に、ざぁっと血が引く。

 エスコートされた距離を離そうとする私と、それに気がついて不審がりながら引き寄せるフォリアとの間に、見えない小さな争いが生じた。


「どうした?……何かあったのか?」

 小さく、けれども少し強い調子で詰問する男に、辛うじて答える。

「婚約者が――ミクラム嬢が、気分を害する。」

 その一言で、ようやく私が何を必死に気にしているか、気がついたようだ。

 けれども、私の予想に反して、フォリアは小さく眉を寄せると、不審そうに――逆に問い返された。

「そんなわけ無いだろう。――何をそんなに気にしている?」

「……っ、何も。」


 冷たくなった手に、震える指先。

 それでフォリアが、納得するわけが無い。

 逃がさないと言わんばかりに、腰を支える手に、強く引き寄せられる。

 これじゃあ、エスコートされているのか、抱き寄せられているのか、周りから見てもギリギリのラインだ。

 その事実に、叫びだしたいほどの恐怖にとらわれる。

 心の底から湧きあがる、強い強い恐怖心。

 その荒れ狂う強い恐怖心を制御できずに、喉から搾り出されそうになる悲鳴を、――残された最後の理性で、必死で飲み込む。

 

「以前、同じようなことが。それで……酷い怪我をして、――こちらに。」

 その強い恐怖から逃げたくて、レジデにあの夜伝えたことを、必死に、けれども最小限の言葉で伝える。

 色を失って、大きく喘ぐように伝えた私に、ふと引き寄せられていた力が抜けた。

「――そう、だったのか?」

 彼がその一言で、全てを理解したとは思えない。

 けれどもフォリアにもレジデ同様、事故で大怪我をしたと伝えてあった。

 尋常ではない私の様子で、概ねを理解したらしい男は、私を落ち着かせるように、少しだけ距離を取る。

 その距離の分だけ、呼吸が楽になるような気がした。


「後見人代理を務めているのは周知の事実。――お前が心配するような事はない。」

 落ち着いた、諭すような声。

 つまりは、この程度のエスコートは社交界では常識で、婚約者のミクラム嬢も何も思ってないと、言いたいのだろうか。

「……けれども……あなたは、騎士ではないでしょう?」

 騎士のように、身分の高い女性に敬愛を捧げるのが、慣わしになっているならばともかく、普通は婚約者を差し置いて、他の女性はエスコートしない筈だ。

 フォリアは優秀な魔剣士では、あるかもしれないけれど、やはり不自然なのでは。と、混乱したまま小さく返せば、冷静に話していたフォリアがふと、私の手をとり跪いた。


「騎士であるか否かを決めるのは、称号ではありますまい。」

 ……え? 

 ふわりと広がったマント。

 改まった声と、真摯に見つめる夜色の瞳。

 テラスからこちらを伺っていた人間が、ざわめいているのが分かる。

「嵐に耐えられながらも、凛と咲き誇る我が姫君。――どうか私の心をお受け取り、貴女の行く手を阻むものを切り裂く剣となることを、このフォリア・ネル・ウィンスにお許しください。」

 ちょっ!

「――我が双剣と共に、私の全てを貴女に捧げましょう」

 頭を垂れたフォリアの姿に、より一層、大きくなるざわめき。

 これもパフォーマンスの一種なの?


 今度は、まったく違った方向にうろたえる私に、僅かに視線を上げたフォリアが、許すと言えと、小さく投げる。

 その視線と、周囲の人間がこれ以上増えるのを恐れて、混乱のまま「許す」と一言返せば、そのまま手の甲に落とされた口付けに、何故か体をびりりと小さな電流が走った。

 ――何、これ。

 一見、何も変化が無いように見える自分の手を、呆然と見つめる。

「これで良いか?」

 混乱したままの私の横で、いつの間にかまたウィンス卿の様相で佇む男に、呆然と視線をやる。

 何をされたのか、何をしたのか。

「正直――わからない。」

 そんな私に、ちらりと小さく笑った秀麗な顔。

 ――倒れそうな恐怖心は、いつの間にか混乱の彼方に消えていた。

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