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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
102/171

白い鳥 19

「よく、あんな物を出せたな。」


 あの後、立ち去るフィルディナント二世と公爵を見送ると、どっと群がろうとする人間をフォリアが捌いて、小さく区切られた一角に逃げ込んだ。

 庭を望むことが出来る、ガラス張りの多角の小部屋は、少し座りたい人間や、酔いの回った人間が休む休憩所。

 遠巻きにこちらの様子を伺う人間は数あれど、その声は他に聞こえない。

 ユーン公爵の一件で、ショックを受けたアーラ姫を慰めるウィンス卿――という体裁をとりながら、こそこそと二人で話す。


「――レジデの入れ知恵です。……ユーン本家なら、ここまでやりかねないと。」

「……あいつか。」

「正直、助かりました。」

 どっと溜息をつく。

 あの夜のことを思い出す。

 レジデの一言がなかったら、折鶴なんて絶対用意しなかったろう。

 彼の深い読みには、感謝だ。


「流石と言うか、――相変わらず勘が鋭い奴だな。」

 その声にウィンス卿としての雰囲気は崩さないものの、どこか賞賛の響きを感じて、ここぞとばかりに思わず言う。

「そう思うなら、いい加減仲直り――して下さい。」

 落ち込んだ振りをして俯いていた顔を、その時ばかりは、ちらりと上げる。

 子どもみたいな言い方に、我ながら情けなくなるけど、ここ数日間、お互いの話を避けていた二人に心を痛めていたのは確かだ。


「お互いの価値観のずれが許容出来なくなる……最後の一滴だった訳では、ないのでしょう?」

 冷静に問えば、フォリアもこんな逃げも隠れも出来ない場だからこそ観念したのか、小さくため息を吐いて、ちらと苦笑する。

「――わかっている。流石に俺も余裕が無かったからな……。」

 美貌のウィンス卿の仮面の下から、一瞬、いつものフォリアの顔が覗く。

 祭りを前に、フォリアがどれだけ動いてくれているのが分かっているだけに、その言葉に素直に頷いた。


「レジデに心配かけてしまってるのは、私も分かってるんです。」

 昨夜、最後に見たレジデの顔を思い出す。

 あれは月の光のせいだけでは、無かったろう。

 深夜近くに帰った私をずっと待っていたレジデの顔色は、もふもふの毛並みで分からないはずなのに、それでもいつもより青白く見えた。

「自分の手の届かない所で、お前が命を張っているのが耐えられないんだろうな。――正直、俺の心臓にも悪いが。」

「――っ。すみません。」

 先ほどの綱渡りのような攻防を示していると判って、小さく頭を下げる。

「とはいえ、お前があんなに芸達者だとは知らなかった。一瞬、俺まで本気でだまされかけたぞ。」

 う。……違うんですとも言えず、視線は宙に泳ぎ、無理やり話を変える。

「――フォリアも随分、ユーン公爵に……敵対視されているみたいですね。」

「いつもの事だ。俺も、最初からウィンスを名乗っていたわけでもない。――色々思う所があるんだろ。」

 え……。そうだったんだ。

 そっけなく返された言葉に、フォリアもまた、一時期はユーン公爵家の継承権を持つ男だったと知る。

 

「――さ、タイムアウトだ。……そろそろ行けるか?」 

 少し硬いウィンス卿の声。

 落ち込むふりをしていた私には見えなかったけれど、どうやらフォリアはきちんとガラス越しに、他の”鳥”や”猟犬”とサインのやり取りをしていたらしい。

 記念式典や席次が決まった晩餐会とは違って、私的な語らいの時間が与えられるのが、舞踏会。

 ここからは自由に帰って良いし、日が変わるまで続くであろう宴を最大限利用して、人間関係を深める人も多い。

 これ以上、ここに篭るのは、囮としての本来の役割に影響してしまう。


 小さく涙をぬぐう所作をして、アーラ姫はウィンス卿に小さく頷きを返す。

 さっきまで周囲の人間が遠慮していたのは、必ず来るであろうユーン筆頭公爵がまだ来ていなかったから。

 話しかける順番というのは、自由なようで身分毎に、暗黙の了解で決まっているわけで。

 確かに、ちらちらとこちらを伺っている人間の数が増えてきていた。

 ここからは、私の本番。

 ――盛大に囮としての仕事を頑張りますか。

 ガラス扉を開けながら、胸の内でつぶやいた。

 

 * * *


 湿布。――湿布が欲しい。冷湿布。

 いつもの倍はある、重いドレスで貴婦人の礼を取るのも限界だ。

 シンデレラは、12時を前に、魔法が解けるから逃げ帰った。

 アーラ姫は寄る年波に勝てずに、逃げ帰りたいぞ。


「大丈夫か?」

 探りを入れる各種権力者から、魔剣士としてのフォリアに興味がある各国大使。

 昨夜の夜会で適当にあしらった男たちが、慌ててアーラ姫に群がれば、冷たい影を持つ美貌の青年に耐え切れず、こっそりと秋波を送るマダムが来る。

 自称、アーラ姫の記憶の鍵を握っているとチラつかせたお貴族様は、昨晩同様、シグルス達ががっちりチェック。いつの間にか、別室へご案内される人もいる。

 それにしても、目、肩、腰、ついでに表情筋。もうそろそろ全てが限界です。


「アルコール抜きで、何か甘いもの…ありますかね。」

 リポD欲しい。それか甘いもの。

 甘味、スイーツ。プリーズ。

 一瞬ふらついた私を、すかさずフォローしたフォリアに、真っ剣な顔で頼む。

 その表情に気圧されつつ、待ってろと、離れたフォリアを見送って、そそくさと先ほどの休憩ブースに向かう。

 その辺に一人で立ってると、何かめんどくさいの寄って来そうだしね。

 とにもかくにも一度、座りたい。


 そう思って休憩室に入ろうとして、ふと、鈴を鳴らすような声に呼び止められる。

「あの、失礼ですが――。」

 ……ちぃっ。あと一瞬だったのに。

 そんな言葉は飲み込んで、深呼吸ひとつ。

「はい。」

 小さく微笑んで振り向けば、佇んでいたのは、声にふさわしい外見の美しい女性。

 大きくうねった翡翠色の髪に、透き通るような同色の瞳。

 まろやかな白い肌とぷっくりとした唇は艶やかで、少しだけ垂れた目尻には、泣きボクロが一つ。

 あどけなさを残した微笑みと、匂うような色気が両立する――そんな何とも言えない魅力を持つ人だ。

 ――誰だろ?


「アーラ姫さまで御座いますよね。」

 どことなく包容力すら感じるその女性は、私に名を確かめると、親しい人間に向けるような顔でふわりと笑い、優雅な仕草で貴婦人の礼を取る。 

「わたくし、フォリア・ネル・ウィンスさまの婚約者、ミクラム・フォン・ロゾルと申します。今を時めくアーラ様とお会いできて、光栄でございます。」


 フォリアの――婚約、者? 

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