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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
101/171

白い鳥 18

「シルヴァンティエ様が、折に触れて何度もお話して下さいました。この小さな鳥を折る事ができる母上と、この鳥の中に何を書いたのかを答えられる父上。――それ以外は決して信用してはならないと、繰り返し仰っていました。もし貴女様が私の母上でいらっしゃるなら、どうぞ私の目の前で、約束の証を示して下さいませ。」


 畳めば小さなそれを、羽を広げて周囲に見せつける。

 故郷では見慣れたそれも、こちらでは精緻な紙細工だ。

 ――既成事実は、諸刃の剣。

 そちらがそのつもりなら、皆さんにこの場でしっかり覚えてもらいましょう。

 ユーン公爵の仕掛けが、失敗したのだということを。


 すがるような視線を向ければ、案の定、困惑した女性は目をそらす。

「――それはとても難しくて、この場で作れるものではないのですよ、アーラ。」

「……では、父上と仰られるのならば、――せめてここに何が書いてあるのかを、仰って下さいませっ。」

 盛大に傷つきながらも、それでも信じたい素振りをして、今度は男性に視線を向ける。

「そ、れは……。」

 焦りだす男の後ろには、小さくざわめきながら、傍観している興味本位の人々。

 何事かと、先ほどより確実に増えているギャラリーに、今は感謝したいほどだ。


「……やはり違うのですね。」

 当たり前に答えられない男性に、悲しそうな視線を向けて、顔を伏せる。

 すると、その肩を慰めるように、大きな手が抱いた。

「悪戯にしては、随分と悪質すぎるのではないか。――公爵」

 成り行きを見守っていたフォリアが、冷徹な表情で冷たく言い放つ。

「ウィンス卿! シルヴァンティエ様は、どうしても娘が一人欲しいと、妻の手元からアーラを連れ去って行かれたのです!信じて下さい。きっと姫は、寂しさのあまり、嘘を教えられてしまっただけなのです。」

「そうですよ。アーラ! こんなにも私の血を引いているのに、それでもあなたは信じてくれないのですか?!」

 慌てて取り成す二人に、一瞬、どろりとした怒りが湧き上がって、思わず心の中で笑みが浮かぶ。

 私は母親の顔を覚えていない。……けれども、このよく似た顔の女性を、一瞬でも母と疑った自分が本当に情けない。 


 そのままショックを受けた風情で、ますます俯く。

 ここで涙のひとつでも出れば完璧だけど、そこまでの演技力は流石に無いしなぁ。

 そんな事を思っていると、肩を抱いていた大きな手が、私の頬に手を当て、くっと顔を持ち上げた。

 ――え?

 いきなり至近距離で見た、冷たさを含んだ秀麗な顔。

 それが心配そうに、私の顔を覗き込み――ふっと艶のある夜色の瞳を細める。

 そのフェロモン全開の淡い微笑に、びきっと体も思考も一瞬で固まった。


「そもそもユーン公爵も、随分とおかしなことを言う。――あそこまで一門を嫌って出奔した大姉が、何故わざわざ一族の娘を手元で育てると考えられるのか。」

 そのまま形の良い指先が、すっと頬の線をなぞり、乱れた一筋の髪を耳の後ろに、ついと直す。

 最後に指先が遊ぶように通った、むきだしの首筋。

「……ああ。失礼。そう言えば、公爵は大姉シルヴァンティエと話されたことは、皆無であったか。」

 最後にそう独白したフォリアの、見たことも無い程、綺麗な笑み。

 その思わせぶりな指先の動きと、親密な様子は、まるで恋人が落ち込んだ相手を慰めるかのように見えたに違いない。

 そんな、あからさまな嫌味と当てつけに、流石に公爵の柔和な笑顔が一瞬消え去た。


「ウィンス卿には、言葉が過ぎるでのはないか。」

 地を這うような低い声。

 ぎりりと歯軋りの音が聞こえてきたのは、気のせいか。

「――そもそも間違えないで頂きたい。私には一門を束ねる長として、幼い頃に娘を誘拐された、不運な夫妻の訴えを聴く責務がある。」

 それでも若い公爵は、異母兄を完全無視することで、何とか体制を立て直したらしい。

 風向きが変わってきたのを感じて、一時的に”善意の傍観者”の立場へ逃げる事にした公爵は、未だフォリアの腕の中にいる私に向かって、微妙に失敗した、柔らかな笑顔を浮かべる。


「突然のことで、お心を乱してしまった事については、お詫びいたしましょう、姫。――我が姉上の心情を考えますれば、いとし子であるアーラ嬢に、何を言っても不思議ではありますまい。」

 少し芝居がかった優雅な仕草で、首を振る。

「しかしご安心下さい。たとえそれが一つの罪の形であったとしても、私にはそれを問うつもりはありませんよ。――我が筆頭公爵の名にかけて、お約束致しましょう。」

 戦略を少しだけ、軌道修正。

 不運な運命を背負った姉に溺愛され、それ故に真実を知らされなかったアーラ姫は、やはりユーン一門の人間――そう周囲に印象付ける作戦ですか。

 ――なかなか君も外見と違ってしつこいな!


 こうなってしまえば、折鶴の小細工にも意味が無い。

 こちらの世界はテレビもラジオも無い。情報の伝達の基本は、人間だ。

 あまり時間をかければ、相手の思う壷。

 早期決戦するしかない。

「いいえ。わたくしには、公爵を信じることは出来ません!――私はシルヴァンティエ様のお言葉のみを、信じます。」

 そう判断して、フォリアの腕の中から出て、きっぱりと言い放つ。

 対して、そんな私を見る、小さな子どもの――切ない駄々を見るような、憐憫を含んだ公爵の表情。

 っ、流石だよ。

 今ここが舞台なら、これ以上、傷心の姫君をどう傷つけずに真実を伝えるかに腐心している青年貴族にしか見えない。

 筆頭公爵としての人心掌握術も、場のコントロール力も、非常に優秀だ。

 頭に上った血を抑えて、冷静に畳みかけようとした瞬間――聞き覚えのある太い声がした。

「随分と騒がしい。」


「「「陛下!!」」」

波が引くように、ばらばらと慌てて頭が下がって開いた道。

 その中央を、王権を示す紋章を縫い取った式典服に身を包んだ、豪放磊落な国王が、少しも気負わず歩み寄る。

 私も慌てて深く頭を下げれば、かかと笑い、闊達とした王らしい、物言いで返される。

「ああ。良い。面を上げよ。式典ではないゆえ、そなた達もそこまで堅苦しくなるな。」

 追従の貴族や、シグルスをはじめとする護衛騎士が、強い威圧感を示すけれど、その声には相変らずの愛嬌と、伸びやかさがあった。


「ご機嫌麗しゅうございます。陛下。本日のお招き、誠に光栄に存じます。」

 明らかに、迷わず私の目の前に来たフィルディナント二世に、周囲が小さくざわめく。

「怪我の具合は良いようだな。重畳。重畳。」

 片側に編みこんで前に流した私の髪を、子どもの様にひょいと取ると、首筋を検分する。

 いきなり首筋に当てられた、ざらりとした大きな手に、反射的にびくりと体が震えた。


「我が従兄妹姫の為に誂えた物だが、―…アーラ。お前にも良く似合う。」

 紫の宝玉に軽く指を絡ませ、少年のようにちらりと笑う。

 周囲のざわめきが一層大きくなり、耐え切れなくなった一人が声を上げた。

「陛下!アムネアの宝玉を、そう軽々しく下賜されるのは、如何なものかと!」

 正式にシルヴァンティエ姫の養女にもなっていない――血筋もわからぬ人間に、国王が何かを下賜するなど、異例中の異例。ざわめくのも無理がない。

 その声を片手ひとつで黙らせると、

「シルヴァンティエに直接贈っても、素直に身に着ける女ではないからな。お前はシルヴァンティエに光を与えた娘のようなもの。――あれも、喜びはすれど、嫌がりはすまい。」

「……ありがたくも、勿体無いお言葉にございます。」

 深く頭を下げながら、御大自らの”鳥”に対する援護をありがたく思う。


 思いながらも――シルヴィアを国王陛下、気に入りの女性として位置付ける事に、複雑な気持ちになる。

 私の行動は、シルヴィアを本当に助けることになるのか、シルヴァンティエ姫としての道に推し進めてしまっているではないのか。

 いつだって晴らせない、その強く付きまとう不安を、無理やり胸の奥深くに沈める。


 そんな私の前で、フィルディナント二世は、親しげな様子でユーン公爵にも二、三言葉をかける。

「ランディーアの大使が、お前に会いたがっている。ユリウス。ついてまいれ。」

「はっ!」

 筆頭公爵の名は伊達ではないらしい。

 国王陛下の御前でも、過度に恐縮する風情も無い若い公爵は、それでもちらりと私に視線を投げる。

 ――ほんとに、君もしつこいな!

 このまま国王の前で、既成事実化を狙うつもりか。


 ひやりとする私の前で、公爵がフォリアによく似た口元を動かそうとした瞬間、すでに踵を返した国王が、振り向きざまに一言、投げた。

「アーラ。人とは間違うもの。――そう、気を落とすな。」

 ざわりと大きく揺らめく場。

「――お言葉、胸に。」


 この一言で、入念に準備をしたであろうユーン公爵の敗北が、決した。

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