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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
100/171

白い鳥 17

 フォリアではなく、私にのみ礼をとる男は、二人の血の濃さを示すかのように、髪も瞳も同色。

 何故か似ていないと思い込んでいた顔立ちも、やはり少し似ている。

 ユリウス公爵のほうが、少しだけ気の弱そうな――やや線の細い感じを受けたけれど、それでも十分、美形の領域だろう。 

 濃い紺の式典服は、金糸の縫い取りも豪奢なもので、胸元の光沢のあるシャツは何段にも華やかにフリルが重なっているけれど、華美な衣装に着られている感じはまったく無い。


 それに対して、フォリアの式典服は、仕立ても生地も上等とは言え――上位貴族の装いとしては、すっきりとし過ぎていて簡素なもの。

 それが彼の――ここは本来、自分がいる場所ではない――と言う、無言の抗議にも感じたけれど、そんな余計な装飾が一切無い意匠は、体のラインがはっきりと出る。

 馬を乗るのもようやっとの男が着たら貧相でしかないデザインも、剣技を嗜む彼の鞭のようにしなやかな体には、すっきり馴染み、美しい抜き身の剣のような、彼本来の魅力を引き立てていた。


 ――柔和なのも気弱そうなのも、顔立ちだけだろう。

 挨拶だけではなく、明らかにフォリアの同系の式典服で、それよりもはるかに豪奢な物を身にまとっている時点で、含む所があるのは間違いない。

 どちからと言えば、公爵はフォリアに強い敵意を持っている可能性が高そうだ。

 そう考えれば、先ほどからフォリアに声をかけるご婦人がいなかったのも、納得がいった。


「ユーン新公爵様におかれましては、ご機嫌麗しく存じ上げます。初めてお目にかかります、シルヴァンティエ様の養い子、アーラと申し上げます。」

 裾を捌いて、シルヴィアに教え込まれた貴婦人の礼を取った。 

 その際に、扇で隠していた胸元の宝玉が露になり、小さくユリウス公爵の目が見開かれる。


 決してフォリアが手配出来ない、国宝級のそれに、どこの馬の骨とも知れない女が何故と言う、驚愕と疑惑と軽視の色が、ほんの一瞬目に浮かび――さらなる利用価値があるだろうと判断したであろう優しい目が、笑顔の形に細められる。


「不幸な事故については聞いておりますよ、姫。――今日はウィンス卿では晴らせない、貴女の心の憂いを晴らそうと、二人の人を招いたんですよ。――是非、お会いして頂きたい。」

 引き連れてきた追従の人垣が割れる。

 現れたのは、二人の人間。

「――アーラ。本当に、アーラなのね!」

 黒の長い髪に、切なそうな黒い瞳。

 震える手を口元に寄せ、涙さえ浮かべるその中年女性に寄り添うのは、年配の貴族男性。

 大きな手で婦人の肩を抱き、慈愛の表情でこちらを見つめる瞳の色も髪も、勿論――黒だ。


 息をつめたフォリアの横で、レジデの声が胸に響く。

 ――そうですね。ユーン総家の一員の、それなりに身分は高い黒髪の壮年男性――…。その男性と、正妻に知らせていなかった日陰者のトーコに似た中年女性が、涙ながらに議会に直訴したら?

 ――彼らが嘘をつくのは唯一つ、トーコが自分達の子どもであると言うことだけです。


 国議貴族院への直訴ではなく、既成事実化して、この場でアーラ姫をユーン公爵家に引き取るつもりか!

 ――幾らなんでも、正式にシルヴァンティエ姫の養女になるまでは、ユーン公爵家が強硬な手段を取ることはあるまい――との、フォリアの想定より、ずっと早いユーン公爵の動きに絶句する。

 

「どうぞ顔を見せて頂戴」

 私の前に来た婦人は、もし生き別れの娘に会えたならば、こんな表情をするんじゃないかと言う、感極まった顔で、私を覗き込んだ。


 ――似ている。

 どきりとする。

 化粧のテクニックもあるだろう。事前情報もあったのだろう。

 けれども、私は殆ど、王城に出た日はベールをかぶっていたはず。

 写真一枚撮れないこの世界で、良くぞこの女性を見つけたと、ぞっとする。

「あなたと別れたのは、小さい頃で――本当に、本当に会えてよかった。」

 その涙に濡れた顔に、――何かが割れるような音が聞こえる。


 ――違う、ありえない。

 この異世界に、母がきていることは無い。

 そう強く思う一方で、自分が母親の顔を覚えていないこと、荼毘に付された事実も覚えていないことが浮かび上がり、――まさかという気持ちが滲み出る。


 ――落ち着いて!動揺する方が、おかしい。

 異世界に母親がいる筈が、無い。

 何故動揺するんだとフォリアは思うはず。

 ――いや、動揺しないほうがおかしい。

 記憶が無い少女が、似た顔立ちの女性を差し出されたのだ。

 動揺していない方が、周囲から見て、おかしい。

 そもそも、本当にこの人は母かもしれない。

 一気に、全ての気持ちが湧き上がり、胸の内で嵐の様にせめぎあった。


 動揺する私に、満足げな顔のユリウス公爵。

 追従の人々が働きかけたのか、多くの人間がこちらを見つめているのが分かる。

「――っ!」

 息を潜めて人々が見守る中、私の様子を不審に思ったのか、後方支援の筈のフォリアが前に出て、口を開きかけた。


「それでは、証を下さいませ。」


 それを阻止して、何だか泣き笑いのような表情で、続ける。

「――え?」

「貴方が私の本当の母上でしたら、難しいことではありません。――これと同じものを、今目の前で折って下さい。」

 胸元から手のひらへ出したのは――小さな小さな、折鶴。


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