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あいつの人生、終わらせましょう! ~ざまぁ探偵・浅間天音のスッキリ事件簿~  作者: 遠野九重


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第5話 このパクり野郎

登場人物


浅間天音:合法的、非合法的な手段でクズの人生を終わらせる女探偵。

藤崎美月:フリーランスのイラストレーター。作品をパクられる。

桐谷莉子:「人気イラストレーター」

 パクリの話をしよう。


 殴るのは最悪。

 脅すのも最悪。

 金を奪うのも当然最悪。


 けど、どれも被害者は「やられた」って分かる。


 創作物のパクリは違う。


 盗まれたほうが「これは自分のものだ」って証明するところから戦いが始まる。

 盗んだほうは「似てるだけでしょ?」と笑ってればいい。


 立証責任が被害者に乗る犯罪。

 限りなく完全犯罪に近いと思わない?


 六月上旬。

 梅雨入りはまだ宣言されてないのに、朝から空が低い。じめっとした風がビルの間を抜けてる。


 こんな日はスイーツに限る。


 ロースンの新商品『梅雨入りティラミス〜Rainy Season Limited〜』。

 季節限定パッケージ。


 梅雨入りって、何が入ってると思う?


 答え。


 粒状の()がたくさん。

 ()あられ。

 略して梅雨。


 舐めてんのか。


 明らかに地雷っぽい。


 ……けど、意外においしかった。

 

 梅ティラミスってあるもんね。


 コーヒーの苦みやマスカルポーネのコクといったティラミスの特徴が、最後に梅の風味が洗い流してくれる。

 口の中がすっきりリセットされるから、何度でも「最初の一口目」が味わえる。

 

 これは発明だよ。

  

 500点。


 レビューをXに書き込んでいたら、事務所のドアがそっと開いた。


「相談よろしいですか……?」


 入ってきたのは女性。

 24歳か25歳。


 右手の中指にペンだこ。

 身体は細い。

 服は安いけど清潔で、足元のスニーカーだけ真っ白に保たれてる。


 下積み時代のイラストレーターって感じ。


 目の下は暗い。

 頬の肉が落ちてる。

 締め切りで追い詰められてる……ってわけでもなさそう。

 

「浅間天音さんですか」


「正解。まあ、座りなよ」


 あたしが薦めると、女性は椅子に浅く腰を下ろして、抱えていた大きなクリアファイルを膝に載せた。


「わたしのイラストを盗んでる人がいるんです。

 ……でも、証明できなくて」


 ん。

 言葉のあとに「でも」がきた。

 口癖のようなイントネーション。


 自己評価が低いタイプだね。




◇◇◇




 今回の登場人物を並べよう。


 被害者。

 藤崎美月、24歳。

 フリーランスのイラストレーター。


 美大には行ってない。

 金がなかった。

 独学で描き続けて、コンペに出して、少しずつ仕事を取れるようになった子。


 クリアファイルの中身を見せてもらった。

 繊細な線画に透明感のある色使い。

 花と少女を組み合わせたシリーズが特にいい。


 上手い。

 理屈じゃなく分かる。

 この線には、描いた人間の時間と神経がそのまま通ってる。


 プラス3000万点。



 加害者。

 桐谷莉子、26歳。

 SNSフォロワー22万人の「人気イラストレーター」。

 企業案件を複数抱え、大手出版社から画集も出る予定。


「世界は優しいって信じてる。

 だから私じゃ優しい世界を描きたいの」


 桐谷のプロフィール文ね。

 あたしは優しくないから遠慮なく採点する。


 マイナス7000万点。

 理由はこれから。



◇◇◇



 美月ちゃんの話を聞いた。


 曰く——


 2年前。

 SNSのイラストコミュニティで桐谷莉子と出会った。


 最初はいい関係だったらしい。


 作品を見せ合って、技法を教え合って。


 ただし。


「教え合って」は美月ちゃんの表現。


 実態は一方通行だ。


 レイヤーの分け方。

 配色の考え方。

 構図の組み立て。


 全部、美月ちゃんが教えた。

 相手が聞いてくれるのが嬉しくて、出し惜しみしなかった。


 善人はいつもこうやって刺される。


 半年後。

 桐谷のSNSに、美月ちゃんの未公開スケッチによく似た絵が並び始めた。


 構図。

 配色。

 モチーフ。


 ひとつずつなら「影響」で通る。

 全部重なったら盗作だ。

 美月ちゃんが「似てない?」と聞くと、桐谷はこう返した。


「えー、そう?

 インスピレーションもらっちゃったかも。

 でもさ、美月ちゃんの絵ってもっと評価されるべきだと思うの。


 ……このままだと埋もれちゃいそうで心配なんだよね」


 心配を装った刃。

 翻訳すると「あんたの絵は埋もれるレベル」。


 1年前。

 段階が上がった。


 美月ちゃんがクライアントへの納品前に制作していたイラスト。

 ほぼ同じ構図の作品が、納品より先に桐谷のSNSに上がった。


 共有フォルダで作業データを見せていたのが仇になった。


 クライアントは桐谷のほうが先だと判断。

 美月ちゃんは盗作と判断され、契約が切られた。

 20万の仕事が消えた。


 半年前。


 最悪の事態。


 美月ちゃんの代表作、花と少女のシリーズ。


 桐谷がほぼそのままデザインコンペに出した。


 受賞。

 賞金50万と企業コラボ権。


 ここでコンペの主催者に相談して、大事にしてしまえば結果は違ったかもしれない。


 けれど美月ちゃんは優しかった。


 怒りを抱えながらも、穏便に済ませるために桐谷との話し合いを求めた。


「あれは、わたしの作品です」


 桐谷は平然と返した。


「才能って、届けられる人のものでしょ?

 美月ちゃんの絵は好きだよ。

 でもあなたには届ける力がないじゃん。

 私が届けてあげてるの。

 感謝して」


 美月ちゃんは返す言葉を持てなかった。


 代わりにSNSで声を上げた。


「コンペ作品は私の絵が元です」と。


 桐谷の反撃は速かった。

 22万のフォロワーに向けて、涙声でこう語った。


「大切な友達だと思ってたのに。

 わたしが賞を取ったのが、そんなに許せないの……?」


 被害者と加害者が、一瞬で入れ替わった。


 22万の刃が美月ちゃんに向いた。


「嫉妬乙」

「証拠もなしに騒ぐな」

「無名のくせに」


 DMは罵倒で埋まった。


 イラストの仕事はゼロになった。


 そして2週間前。


 桐谷に画集の出版と化粧品ブランドのメインビジュアル起用が決まった。


 これが世に出たら、盗んだ作品が「桐谷莉子のオリジナル」として確定する。


 美月ちゃんの存在ごと塗り潰される。


「わたし、最後に聞いたんです。

 人の絵を取って、最後はどうするの。

 ストックが尽きて、自分で描くことになったら困るんじゃないの、って」


 美月ちゃんは話を止めた。


 クリアファイルを握る指が白い。


 唇が微かに震えてる。


 泣いてない。


 泣く代わりに奥歯を食いしばってた。


「彼女はこう言ったんです」 



 ――引退して勝ち逃げに決まってるじゃん。アンチのせいで病んだことにして、開示請求で慰謝料ふんだくってサヨナラ。あとはイケメンでも適当につかまえて結婚するわ。


 うわあ。


 とことんテイカー気質だね。


 どうやったらそんな思考の人間が生まれるのやら。


「勝ち逃げなんて、絶対にさせたくないんです。

 私、このまま彼女の影のまま終わりたくない」


 それは、今日聞いた言葉の中でいちばん強い意思が籠っていた。


「実は、最初に弁護士さんに相談したんです。

 そうしたらここを紹介されて……」


「オーケー。話は分かったよ」


 あたしは美月ちゃんの目を見た。


「桐谷莉子の偽物のキャリア、あたしが終わらせてやる」


 美月ちゃんの目が揺れた。

 信じたいけど信じきれない。

 22万人に否定され続けた子に、初対面の一言が届くわけない。


 いい。

 信じなくていいから。見ててよ。


「……お願い、します」


 事務所の奥で、権田の赤ペンがゆっくり一回転した。


 許可のサインだ。




◇◇◇




 初動はソロ。


 桐谷莉子のSNS投稿を2年分遡った。

 投稿日時。

 ハッシュタグの変遷。

 コメント欄。


 証言通り、桐谷の画風はある時期から不自然に跳ね上がってる。


 でも「似てる」だけじゃ盗作は立証できない。


「インスピレーション」という魔法の言葉で逃げられる。


 必要なのは制作プロセスの比較。


 レイヤー構造。

 筆圧データ。

 保存時刻。

 ファイルのメタデータ。


 美月ちゃんの側はクラウドに全部残ってた。

 タイムスタンプ付きの作業データがそっくり。


 手を抜かない性格がここで生きたね。


 問題は桐谷の側。

 向こうのファイルに触れなきゃ比較できない。


 あたしの技術じゃどうにもならない領域だ。


 だから、あいつに連絡した。


 氷室暁。

 デジタルの世界に生息する天才ハッカー。


 電話の第一声は、これ。


「白い門のお菓子、なんだ」


「モンブラン。……今回はちょっと知的だね」


 ブランというと小麦のイメージかもしれないけど、フランス語だと「白」って意味だ。


 モン()ブラン()


「正解、ぱちぱち」


「51点かな」


「前よりちょっと難しくなったね。67点」


「満点、とおい」


「次も期待してるよ。仕事いい?」


「うん」


 桐谷莉子のクラウドとPCを全部洗うように依頼。


 イラストとそれに関係しそうなものをすべて抽出。


「すぐやる」


 翌日の夜。


「天音。取れた」


「早いね。ありがと」


「ほめて」


「天才。あんたは世界一」


「るんるん」


 あいかわず棒読みだ。

 けど今回はなかなか可愛かった。

 82点。


「天音、終わった」


「まだ1時間も経ってないよ」


「すごい?」


「ヤバい。神業。ハッカーオブザイヤー受賞」


「らら~♪」


 歌ってる。

 どうやら最大級にご機嫌らしい。


 あたしまで気分がよくなってくるね。


 さて。


 こうして手に入れたデータからはたくさんのことが分かった。


 まずは桐谷の作業ファイル。


 レイヤー構造が不自然だ。


 一から描く人間のファイルには「迷い」がある。


 下書きの残骸、色テストのレイヤー、捨てた構図の痕跡。


 描いた人間の体温みたいなもの。


 桐谷のファイルにはそれがない。


 完成形に近い状態からいきなり始まってる。


 横に参考元を開いて、なぞった人間の作業工程そのものだ。


 それだけじゃない。


「天音。

 1か月前からのデータ、すごく変。

 完成品からレイヤーとか、逆算で生成されてる」


「生成? AIってこと?」


「たぶん」


 なかなかハイテクだね。


 とんでもない時代になったもんだ。


 桐谷は途中から美月ちゃんの絵をAIに食わせて完成品を出力させていたらしい。


 本人の仕事は最後にちょちょっと手直しだけ。


 こういうの、これからの時代は増えていきそうだね。


 次、保存日時。


 全作品について、美月ちゃんのファイルが桐谷より先に存在してる。


 差は平均2週間から1ヶ月。


 どっちがオリジナルか。データが白黒つけてくれた。


 ただ、不正に入手したものだから裁判なんかじゃ使えない。


 なので、策を打つ。


「氷室、もう一仕事お願いしていい?」


「今日はサービス。無限にはたらく」


 ホントに機嫌がいいらしい。


 こんなの月に一度か二度だよ。


 ……意外に多いね。


 まあ、遠慮なく甘えさせてもらおう。


「桐谷のパソコンにウイルスが感染して、データが『たまたま』流出した。

 そういうシナリオで動きたいから、手伝って」




◇◇◇



 

 氷室の動きはやっぱり早かった。


 まずは桐谷のSNSを乗っ取り、不審な投稿を連発。


 ――この方法で1日5万円稼げました。興味ある人はDMください。


 ――私も始めたらすぐ利益が出ました。リンクはこちら。


 ――仮想通貨の限定案件です。今だけ参加できます。


 当然ながらファンが怪しむ。

 

 桐谷はサブアカウントで乗っ取られたことをアナウンス。


『メイン垢、なぜか乗っ取られました(涙)

 リンクとかは踏まないようにお願いします!!!』


 そのタイミングで、桐谷と、桐谷のPCに保存されていた美月ちゃんのファイルを流出させた。


 SNSが乗っ取られたせいでクラウドデータが外部に漏れた、というふうに見せかける。


 もちろん「なぞり描き」の証拠もセットだ。


 公的には、桐谷は人気のイラストレーター。


 当然ながらアンチもいて、美月ちゃんとのトラブルも把握している。

 

 すぐに検証を始めたヤツがいた。


 さらにAI使用の痕跡もきっちり見つけ出し――あとは言うまでもないだろう。


 大炎上だ。


 化粧品会社は桐谷の起用を取りやめた。





『お知らせ


 平素より弊社ブランドをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。


 このたび、弊社がメインビジュアル制作を依頼しておりましたイラストレーターに関して、過去の複数案件における著作権・制作過程に関する重大な疑義が指摘されていることを認識しております。


 現在、弊社では本件に関する事実関係を確認しておりますが、ブランドとしてお客さまならびに関係者の皆さまに安心していただける姿勢を最優先に検討した結果、当該イラストレーターの起用を取りやめることを決定いたしました。


 今後につきましては、事実関係の確認を引き続き慎重に進めるとともに、適切に対応してまいります。


 お客さま、関係者の皆さまにご心配をおかけしておりますことを、心よりお詫び申し上げます。


 何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます』


 


 さらに過去のコンペ受賞は取り消し、賞金返還請求。


 発売予定の画集も白紙撤回。


 ここまでくるとインターネットのオモチャだ。


 美月ちゃんと桐谷の絵についての比較動画がドンドン上がってくる。


「桐谷莉子パクリ検証まとめ」がトレンド入り。


 22万人のフォロワーのうち、桐谷を擁護した人間はほぼゼロ。

 半年前に美月ちゃんを「嫉妬」「証拠出せ」と叩いてたアカウントが、今度は桐谷を叩いてる。


 手のひらくるくるのドリル。


『というわけで、今回は人の作品をパクる人の心理を解説したいと思いまーす』


 そしていつものことだけど、心理学系大人気Youtuber『Ren』がこれを取り上げてさらなる拡散。


 これで桐谷のイラストレーターとしてのキャリアもおしまい。


 まあ、そもそも盗作からスタートしているわけだから、実際には始まってすらいなかったわけだけど。


 ああ、そうそう。


 桐谷みたいなタイプにありがちなんだけど、似たようなパクり系イラストレーターが集まっているDiscordチャンネルでろくでもない発言をしていた。



『美月から訊かれたんだよね。パクりのネタがなくなったらどうするのって。

 わたし、言ってやったよw


 引退して勝ち逃げに決まってるじゃん。

 アンチのせいで病んだことにして、開示請求で慰謝料ふんだくってサヨナラ。

 あとはイケメンでも適当につかまえて結婚するわ。(原文ママ)


 マジ人生楽勝すぎwwww』



 これ、お仲間のテイカーに暴露されてたね。

 ハイエナのあいだに友情なんて存在しない。

 これ、マメ知識ね。

 



◇◇◇




 3週間後。

 美月ちゃんが事務所に来た。


 頬に肉が戻ってる。

 目の下の影が薄くなった。


「浅間さん、ありがとうございました。企業からイラストの依頼が来始めたんです」


「当然だよ。あんたの腕なら」


「嬉しいです。わたしが描いたものが、ちゃんとわたしのものって認められるのが」


 言葉の最後に涙が混じった。

 泣いてるんじゃない。笑いながら溢れたやつだ。


 プラス5000万点。


 これからのキャリアに幸あらんことを、なんてね。




◇◇◇




 ところで――


 事件が一段落ついた後、氷室から連絡があった。


「天音。例のサイト、完全に消えてる。変」


 桐谷はある時期からAIを使って美月ちゃんの未完成イラストを完成品にしていた。


 さらにレイヤーなどを「逆算」で生成していたわけだけど、どうやら自分でAIを回していたわけではなかったらしい。


 お仲間が集まるDiscordチャンネルで紹介された「パクり絵師用の画像生成AI」の置いてあるサイトに美月ちゃんのイラストを放り込んでいたようだ。


 けど、今はそのサイトは消え去り、Discordにいたお仲間も何人かが行方不明。


 氷室ですら足跡を終えないレベルで情報が消え去ってる。


「……前のやつと同じ。『匂い』が似てる」


 前というのは、柊一真の事件(第4話)


 あいつが起こした事件の記録が、警察のデータベースから「異常にきれい」な手口で消え去っていた。


 氷室が言う『匂い』というのはよく分からないけど、天才ならではの感覚なのだろう。


「同一犯ってこと?」


 あたしが訊ねると、電話の向こうで頷く気配があった。


「うん。前より上手い。情報の復元、難しい」


 氷室にそこまで言わせるなんて、いったい何者なんだか。


 依頼じゃないけど、調べておいたほうがよさそうだね。


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


「スカッとした!」「スッキリした!」と少しでも思ってくださいましたら、【☆☆☆☆☆】を押してもらうと励みになります。

 次話は本日(3/26)12時過ぎに投稿します。ブクマしてお待ちください。

 リアクションも大歓迎、よろしくお願いいたします~!

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