第3話 あんたの『好き』は凶器だよ
登場人物
浅間天音:合法的、非合法的な手段でクズの人生を終わらせる女探偵。
氷室暁:天才ハッカー。難解ななぞなぞを投げ、答えられた者の依頼だけ受ける。
宮沢紗奈:アパレル販売員。DV元彼にストーキングされている。
伏脇航:首絞め大好きストーカー。口癖は「お前がいないと死ぬ」
「好き」って言葉は凶器になる。
本来なら世界でいちばん温かい言葉のはずだよ。
でも、こいつを免罪符にして人を追い詰めるクズがいる。
「好きだから」追いかける。
「好きだから」離さない。
「好きだから」お前の居場所を暴いていい。
違う。
それは愛じゃない。
狩りだよ。
獲物を追い詰めながら「愛してる」って囁くやつ。
あたしの嫌いなものランキング、トップクラスに食い込んでくる。
マイナス測定不能点。
スカウターが壊れるやつ。
五月上旬。
ゴールデンウィーク明けの新宿は、どことなく気の抜けた空気が漂ってる。
風がぬるくて、半袖がちらほら。
あたし——浅間天音は、事務所でロースンの新商品『透明プリン』をつついていた。
昔、透明飲料が流行ったよね?
コーラとかオレンジジュースとか。
その時の技術を応用して生み出したのが透明プリン。
まるでゼリーみたいな見た目だけど、濃厚なたまごの風味がいい感じ。
あたし的には82点。
世間での評判もいいらしく、ニュースでも話題になっている。
ただ――
コンビニ業界あるあるだけどさ。
ヒット商品が出ると他から後追いがドコドコ出てくるんだよね。
透明プリンの技術はロースン独自のものらしい。
それなのに類似品があちこちのコンビニで「新開発」されている。
産業スパイが流出させたのかな?
まあ、陰謀論はここまでにしておこう。
ドアの向こうに人の気配がある。
あたしは透明プリンの残りを口に掻き込んで待つ。
来ない。
5秒。
10秒。
靴音が行ったり来たりしてる。
ドアノブに手をかけて、離して、またかけて。
3回目であたしから開けてやった。
「入りな。歓迎するよ」
「えっ、あっ、ありがとうございます……」
そこに立っていたのは小柄な女性だった。
肩が内側に丸まってる。
五月なのにストールで首元を隠してる。
DVの疑い。
首を絞められて痕が残ってるのかも。
うちに来るのはそういう人ばかりだ。
◇◇◇
登場人物を整理しよう。
被害者——宮沢紗奈、24歳。
アパレル販売員。
元恋人はDV彼氏、逃げるように別れを告げたのにストーキングされている。
引っ越し3回。
電話番号変更。
SNS全削除。
やれることは全部やった。
けれど逃げ切れない。
「逃げるんじゃなくて、話し合った方がよかったんでしょうか……」
ううん。
DV男の「話し合い」って「俺の言い分をすべて認めて奴隷になれ」って意味だからね。
あいつらのことは日本語みたいな鳴き声の動物だと思った方がいいよ。
逃げて大正解。
プラス100億点。
加害者——伏脇航、27歳。
DVクソ野郎。
首絞め大好き。
自分の首でも吊ってろ。
紗奈ちゃんの元恋人。
フリーター。
表の顔は「愛する人を忘れられない可哀想な男」。
周囲には「元カノが精神的にヤバくて俺が振り回されてる」と吹聴してる。
口癖は「お前がいないと死ぬ」。
死なないよ。
こういうやつは絶対に死なない。
自分で「死ぬ」って言うやつに限って、しぶとく生き残る。
マイナス70億点。
ただ――
引っかかることがひとつある。
紗奈ちゃんは3ヶ月で3回引っ越した。
不動産屋を使わず、友人の伝手だけで物件を探した。
SNSは全部消した。
電話番号も変えた。
なのに伏脇は、いつも3日以内に新住所を特定してる。
尾行じゃこのスピードは無理だよ。
フリーターの収入で探偵や興信所も雇えない。
どうやって?
◇◇◇
紗奈ちゃんの話を聞いた。
曰く——
伏脇航と付き合っていたのは2年ほど。
最初は優しかったらしい。
まあ、最初から牙を剥くヤツはいないよね。
変わったのは付き合って3ヶ月。
紗奈ちゃんの交友関係を片端から潰そうとした。
男友達との連絡は全部消させ、女友達と会うのも禁止。
「俺以外に時間使う意味ある?」
あるに決まってるだろ。
お前は太陽系の中心じゃないんだよ。
「俺がいるんだから、他はいらないでしょ」
典型的なDV男の行動だ。
相手を孤立させて「お前には俺だけ」を刷り込む。
けれど紗奈ちゃんは偉かった。
何度も殴られ、恐怖を刻まれながらも別れを告げる。
最低限の荷物をまとめて伏脇のもとから逃げ出した。
直後。
深夜のLINE爆撃が始まった。
1通2000字超え。毎日数十通。
「お前がいないと死ぬ」
「俺を殺す気か」
「全部お前のせいだ」
死ぬ死ぬ詐欺と脅迫のハイブリッド。
気持ち悪い。
紗奈ちゃんはブロックした。
番号も変えた。
2日後、新しい番号にLINEの友達申請が届いた。
「逃げても無駄だよ。お前のことは誰より知ってる」
そして紗奈ちゃんが仕事から帰ると、マンションのドアの前で伏脇が待ち構えていた。
慌てて知人宅に逃げ込んで、そのあと1回目の引っ越し。
都内のワンルーム。
3日で特定された。
ドア前に花束と手書きのカード。
『新しい部屋、似合ってるね^^』
ストーカーのサプライズ演出。
マイナス20億点。
2回目の引っ越し。
電話番号も変更。
不動産屋は通さず、高校時代の友人の、さらにその友人の空き部屋。
2日で特定。
新番号にもLINEの友達申請。
もう何を変えても無駄だと思い始めるよね。
相手はそれを狙ってる。
「逃げられない」と思わせることが、支配の完成だから。
3回目の引っ越し。
完全に痕跡を絶った。はずだった。
翌日。
新住所のドアの前に伏脇が立っていた。
「おかえり」
最悪。
紗奈ちゃんは全速力で逃げて逃げて、最初の知人宅に転がり込んだ。
もちろん警察にも相談した。
けれど「別れ話がこじれただけ」と誤解され、追い返されてしまった。
民事不介入だとか、まずは2人で話し合えとか。
あたしが警察のお偉いさんなら、そいつをクビにしてるね。
マイナス100億点。
追い詰められた紗奈ちゃんはインターネットでいろいろと調べ――
うちに辿り着いた。
法律じゃどうにもできない連中をどうにかする、ちょっと特殊な法律事務所に。
「……助けて、いただけませんか」
ここまでの経緯を語り終えると、紗奈ちゃんはか細い声でそう告げた。
唇を噛んで、泣くのだけは堪えている。
あたしはその細い手を握って、言う。
「任せといて。あたしがどうにかしてあげる」
そいつの人生を終わらせるつもりだけど、さすがに今の紗奈ちゃんには刺激の強い言葉かな。
今回はひとまず呑み込んでおこう。
◇◇◇
まず、あたし一人で動いた。
伏脇航の生活圏を洗う。
住所は板橋のワンルーム。
コンビニバイトが週3。
残りはパチンコか、紗奈ちゃんの周辺を嗅ぎ回る日々。
過去の交際相手も調べた。
2人いた。
1人目。
九州に逃げている。
2人目。
連絡がつかない。友人に聞いても口を濁される。
紗奈ちゃんが初めてじゃない。常習犯だ。
でも核心に手が届かない。
3日で住所を割り出す手段。
フリーターに探偵は雇えない。
GPSならタイミングが合わない。
尾行なら痕跡が残るはず。
あたしの足だけじゃ、ここが天井だね。
電話をかけた。2コール。
「怒ったプリン。これはなに?」
「プッチンプリン。……捻りがなさすぎ。39点」
「残念」
感情の薄い、けれど少しだけしょげたような声が聞こえてくる。
あたしが電話したのは、氷室暁。
年齢はたぶん20代前半。
もしかしたら10代かも。
住所不明、この世にいるのかも怪しいデジタル世界の住人。
簡単に言うと、凄腕のハッカー。
意味深な問いを投げかけ、こちらが正しく答えた時だけ仕事を受けてもらえる……らしい。
あたしが電話する時はなぜかビミョーなナゾナゾばかりだけど。
ナメられてる?
まあ、仕事を受けてくれるハードルが低いからいいけど。
「内容」
「伏脇航、27歳、ストーカー。元カノの住所を何度変えても3日以内に割り出してる。方法が不明」
3秒の間。
「面白い」
ちなみに氷室語で「面白い」は「やる」って意味ね。
◇◇◇
翌朝。
氷室から連絡が来た。
「天音。見つけた」
「早」
「ほめて」
「えらいね」
「わーい」
棒読み。
喜んでるのかどうか分からない。
まあ、嫌だったらそもそも要求してこないか。
「答え、送った」
あたしのパソコンにデータが届く。
どうやら伏脇のスマホには、LINEやSNSとは別の通信経路があったらしい。
海外の暗号化メッセージアプリ。
やりとりのをした相手も、氷室が突き止めてくれた。
闇バイトグループ。
通称『名簿屋』。
住民票の異動記録。
携帯電話の契約情報。
そういうものを不正に引っ張ってきて売買するネットワークだ。
身近なところだと役所の窓口、携帯ショップの販売員にメンバーが潜んでいるらしい。
伏脇もその一人だった。
「伏脇は『名簿屋』から紗奈ちゃんの情報を買ったってこと?」
「うん」
それだけじゃない。
伏脇はフリーターでバイト先を転々としていたけど、あちこちで個人情報を抜き取っては『名簿屋』に売り払っていたらしい。
バイトの給料じゃなく、バイトで得た個人情報で稼いでいたわけだ。
売り払われた名前や住所は特殊詐欺のターゲットリストに流れた形跡もある。
被害者はどれだけいることやら。
許しちゃおけないね。
◇◇◇
ストーカー行為の記録一式。
LINE履歴。
訪問記録。
職場での目撃証言。
『名簿屋』との暗号化通信の記録。
個人情報売買のログ。
過去の被害者2名の証言。
手札は揃った。
まず紗奈ちゃんに弁護士を紹介する。
いつもの大河原先生だ。
ストーカー規制法に基づく警告書を伏脇に発出してもらう。
過去の被害者2名にもコンタクトを取った。
九州に逃げていた子は電話口で泣いていた。
「やっと終わるんですか」
2人目の子は連絡がつかなかったけど、その友達に「伏脇を訴える」って伝えたら向こうから電話が掛かってきたよ。
「お願いします。あいつが二度と外を歩けないようにしてください」
恨みが深いね。
気持ちはわかるよ。
「任しといて。あいつの人生、潰してあげる」
さあ、次は最後の仕上げた。
氷室にお願いして、『名簿屋』の通信記録と売買ログを警視庁にプレゼント。
体裁としては「良心の呵責に耐えかねたメンバーによるリーク」を装ってもらった。
これにて完了。
結果。
伏脇に対して、ストーカー規制法に基づく禁止命令が出た。
さらに個人情報保護法違反と詐欺幇助の容疑で捜査スタート。
闇バイトグループ『名簿屋』との繋がりも芋づる式に浮上。
過去の交際相手2名からの被害届で余罪も積み重なる。
かつて伏脇は紗奈ちゃんにこう言ったらしい。
「俺がここまでするのは、本気で愛してるからだよ」。
へえ。
愛のために闇バイトで個人情報の売買をするんだ。
すごいね、感動的だね。
映画にしたらきっと大コケするよ。
◇◇◇
数日後――。
あたしは紗奈ちゃんを連れて弁護士の大河原先生のところへ行った。
損害賠償と保護命令の申立てを手配して、今はその帰り道。
紗奈ちゃんを家まで送っていく。
とっくに日は落ちて、時計は午後8時23分。
ショートカットのために通った公園は、あちこち電灯が切れかけている。
暗いね。
視界が悪い。
「浅間さん。本当にありがとうございました」
「お礼はまだ早いよ。全部終わったわけじゃないからさ」
あたしがそう答えた時だった。
背後から嫌な気配があった。
振り向く前に分かった。
足音が4つ。
等間隔じゃない。
囲もうとしてる。
『名簿屋』の連中かな?
「紗奈ちゃん、ちょっと口閉じて。舌噛むよ」
「えっ――」
返事を待たず、あたしは紗奈ちゃんの腕を引き寄せる。
1人目。
フードを目深に被った男が右から手を伸ばしてくる。
あたしは左腕で払いのけ、すぐにヒールで顔を蹴り飛ばす。
脳震盪が入った感覚。
K.O.
2人目。
左から飛び掛かって来た。
紗奈ちゃんを庇いつつ、鉄板入りのバッグを振り回して側頭部に叩きつける。
バッグって鉄板を入れると凶器になるんだよ。
昭和の知恵だよ、覚えときな。
ただ、3人目と4人目までは対応しきれなかった。
「きゃっ! は、離して!」
紗奈ちゃんを連れ去られそうになる。
そのタイミングで――
黒い影が割り込んだ。
大柄な男。
黒いスーツを着ている。
3人目の顔に、拳を叩きつける。
「ぐぇ……」
情けない呻き声とともに失神。
4人目が逃げる。
男はすぐに追いついた。
背後から蹴り飛ばす。
姿勢を崩させたところで後頭部を掴み、公園の木に叩きつける。
バアン!
木が激しく揺れて、葉っぱが落ちた。
4人目はぐったりと倒れて動かなくなった。
うわ、痛そう。
男は4人目から手を離すと、一瞬だけあたしのほうを見た。
怪我がないことを確かめるような視線。
「ありがとね! 呼んどいてよかった!」
距離があったので大声で伝える。
男は小さく右手を挙げて応えると、暗がりに溶けるようにしてその場から去っていった。
「浅間さん、あの人は……?」
「用心棒みたいなもん。念のために声をかけてたの」
答えながら110番に連絡。
ほどなくしてパトカーがやってくる。
出てきたのは轟慎吾。
こんな時間なのに制服をピシッと着こなしている。
ダレたりヨレたりしてない。
プラス30点。
「浅間さんっ! お怪我は……!」
「あたしは大丈夫。『名簿屋』知ってる? 名簿の売り買いしてる闇バイト。そいつらが4人転がってる。よろしく」
「はいっ! あの、どうして闇バイトの連中が浅間さんを……?」
「あたしじゃなくてターゲットは依頼人。まさかボディガードのまねごとをさせられるなんてね」
途中で助けに入ってくれた彼については伏せた。
紗奈ちゃんにもそう伝えてある。
まあ、色々とあるんだよね。
特にうちの探偵事務所には。
ちなみに――
あたしは「良心の呵責に耐えかねた『名簿屋』メンバーによるリーク」を装って情報を警視庁に流したわけだけど、これが予想外の事態を呼んでいた。
なんと『名簿屋』の幹部たちは自分たちの中に裏切者がいると思い込み、犯人は伏脇だと断定した。
なにせそのとき伏脇のやつは行方を晦ませていたからね。
警察の捜査を恐れてのものだったけど『名簿屋』からすると「逃げた」ようにも見える。
で、伏脇の居所を突き止めるために元カノの紗奈ちゃんを狙ったってわけ。
もしかしたら人質に使うつもりもあったのかもね。
伏脇は紗奈ちゃんに執着してたわけだし。
当の本人である伏脇は3日後、実家で寝ていたところを逮捕されたらしい。
よりによって実家に逃げ込むとか、一番バレるやつでしょ。
犯罪の才能ないよ。
マイナス……いや、逮捕されてくれたんだし、プラス5点はあげようかな。
◇◇◇
その翌週。
身の回りのことが一段落したらしく、紗奈ちゃんが大ノ手探偵事務所に来てくれた。
手土産は池袋駅にある『恋するプリン』ってお店のレトロプリン。
むっちり固め、濃厚なコク。
口にするだけでシックな喫茶店の情景が頭に浮かぶ。
うんうん。
昔の喫茶店で出してくれたプリンってこんな感じだよね。
透明プリンのSF感もいいけど、クラシックなプリンも最高だ。
「おいひい、あひがふぉね」
「いえいえ、喜んでくれてよかったです」
ニコリと紗奈ちゃんが微笑む。
メンタルがかなり回復してきたらしい。
相談に来た当初の、無理をしている表情ではなくなっていた。
「そういえば浅間さん、格闘技かなにかやってらっしゃったんですか?
公園で闇バイトの人たちが襲ってきた時、すごく格好よく撃退してて……」
「あたし、元レディースだったんだよね。だからカバンにも鉄板入れてるの」
「そうだったんですか!? えっ、意外」
「嘘だよ。冗談、冗談。ちょっと護身術を習ってるだけ」
カバンの鉄板はもともと銃弾を防ぐためだったしね。
今回は思わぬところで役に立ったけど。
「もう、浅間さんったら。本気にしちゃったじゃないですか」
紗奈ちゃんがクスッと笑う。
もう大丈夫そうだね。
これまでが辛かったぶん、彼女に幸せな出会いがありますように。
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