せ:センチメンタルな季節に寄せて〜ふたつの物語〜
そんなに冷静な彼女を、見た事はなかった。
別れよう、昨日迄は僕がそう言う度に感情的に甲高い声を張り上げ、手当たり次第にものを投げ、終いに僕の頬に胸に拳をぶつけ、喚き散らした。
なのに今、最後の最後の瞬間、僕の顔すら黙ったまま彼女は見ようとしなかった。
……静かな横顔。つ、とその頬を涙が落ちていく。唇が、僅かに開く。
僕を初めて見つめて、彼女が言葉を落とした。
「あたし、やな女だったね。困らせてばっかり……ごめんね」
それは出会った頃の、僕が好きになった彼女の姿ーーやり直せるだろうか、とふと考えがよぎる。今になって、愛しさが胸を締め付ける。
名前を呼ぼうとした気配を感じたのかどうか、彼女はすっと立ち上がった。いっそ軽やかに。
浮かべてみせた笑み……努力して繕ったのが知れる、震える唇。
「……さよなら」
囁きを残して、身を翻す。咄嗟にその細い手首を捕まえようとしてーー僕は伸ばした手を止めた。
僕の未練を断ち切る様に、恐らく彼女の気持ちの方がもう僕を離れているのだ。最後に、覚悟を覗かせた瞳。
公園に一人、僕は空を見上げた。
★ ★ ★
涙は絶対、見せない。そう決めてるんだ。優の気持ちを踏みにじる事になるから。
「明日、経つんだよな」
並んだブランコで、立って鎖を揺らしながら優がぽつりと言う。足をぶらぶらさせる程度に緩く漕いで、あたしは答える。
「うん、朝イチでね」
今日が最後の別れ。
あたしは明日、東京に行く。夢を現実にしたいから。
あたしの夢は、歌も歌えるショーモデル。自分の夢を、叶える努力もせずに終わらせたくはない。
本気なの、無理じゃない、止める友人達の中、優だけが唯一頑張れと言ってくれた。俺将来かれんと結婚するわ、そう友人に語っていたと言う優の本音は、きっと何で行くんだよ、の筈だ。
なのに、あたしの夢への強さを知って、そう言ってくれた。がんばれ。
……優しい優。優等生みたいに、強くて優しい優。
きっとあたしはこの人しか心に入れない。今からどんな人に出逢っても。
「なあ、かれーー」
優の言葉を遮っちゃうけど、あたしはブランコから勢いよく立って、ぎゅっと優に抱き付いた。
ずっと、あなたが好き。囁くと、優は初めて顔を歪ませてーー
「泣いて帰って来ても、追い返すぞ」
ーーああ、なんて優しい人!
堪え切れない泣き笑いに、泣いてないぞとあたしは言い訳する。
あたしは一生忘れないんだ、優の匂いを、公園に吹く柔らかな風と共に。




