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水滸綺伝  作者: 一條茈
第五回 小覇王 酔って花嫁の床に入り 魯智深 おおいに桃花村を騒がす
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(六)

 二人そろって何度も頭を下げられれば、やはりそこは断り切れず、智深はしかたなく出立を一日先送りにすることを約束した――のだが。

 (一体、どういうことなんだ)

 羊や豚、菜に飯に酒と、なんとも豪勢な宴の席を彩る金銀の器を眺めていれば、久方ぶりに癇癪玉がむくむくと膨れ上がってくる。

 「兄貴はどうぞ、ゆっくりしていてくださいね。俺たち、兄貴へのはなむけをちょっとばかり稼いできますから」

 ふもとに偉そうな小金持ちが荷車引いてやってきた、という報告を受けた李忠と周通が、得意げに顔を輝かせながら武器を引っ提げて去り行く後ろ姿にすら、苛立ちを抑えきれない。

 「……おい!」

 ついに智深は岩のような拳で卓を激しく打ち鳴らし、雷鳴のような声にびくりと肩を震わせた子分たちが何事かとおそるおそる近づいてくるのをぎろりと睨みつけた。

 「お前たちの親分は、どうしてああもけちなんだ! 見ろ、この寨には山ほどの金銀があるっていうのに、俺へのはなむけのためにそこから取り分けようとせず、たいした悪にもならん小物の財産を奪ってくると来た。いったいそれのどこが義だってんだ? まったく腹が立つ! お前たちもぼさっとしてないで、さっさと酒を注がんか!」

 「は、はい!」

 二人の子分がかわるがわる、震える手で注いだ酒を二杯飲み干し、智深はひとつ髭面を撫でた。

 (ここでこうして怒鳴り散らしていても時を無駄にするだけだ。いっそやつらを脅かしてやろう)

 一人頷いた智深は、三杯目を注ごうとする子分の腕をむんずとつかんで立ち上がり、振り上げたげんこつで子分たちをぽかりと殴りつけた。

 「ろ、魯の兄貴! いったい何をするので……いた!」

 「黙りやがれ、すべてはお前たちの親分が悪いんだ」

 白目を剥いてひっくりかえった子分たちを、解いた腹巻でぐるりと縛り上げ、魚のようにぱくぱくとする口には余計なことを喋らないよう、手近な麻布を丸めて突っ込む。

 「ふん、東京までならこれで十分か」

 そして卓の上に並んでいた金銀の器を床に転がし、思い切り踏みつけて平らにしたものを包みにくるんで背に負うと、のしのしと大股で寨の中から歩み出て、ぐるりと辺りを見渡した。

 「表門への一本道を下ってもいいが、そうするとやつらと鉢合わせる……ならば、この崖を下っていくしかないな」

 寨の四方をとりまく崖から眼下を見れば、西側は断崖というほどの絶壁でもなく、茂みに身を委ねて転がればさして怪我もせずにふもとにたどり着くことができそうであった。

 「恨むなよ李忠、周通」

 まずは腰に提げた戒刀に金銀の入った包みを結わえ付けて落とし、次に禅杖を放り投げると、す、とひとつ息を吸い込み、思い切って崖の上から身を投げる。

 ぐるぐるとものすごい速さで回る景色の、その大半を占める青々とした草葉が幸いし、どたりとふもとに転がり着いて己の体を検分しても、傷の一つも見当たらなかった。

 「やれやれ、随分転がったが……」

 見上げれば、遥か頭上に寨の屋根飾りが小さく姿を見せている。

 「行くとするか」

 足元に散らばった戒刀と禅杖を拾い上げ、金銀の包みを再び背に負うと、智深はすっきりとした顔で歩き始めた。


 「やい、てめえ! ここで会ったが運の尽き、その荷を置いてきゃ、命までは取らないでやるぞ」

 そのころ李忠と周通はと言えば、智深に宣言したとおり、運悪く桃花山のふもとを通りかかった貧相な小金持ち相手に刀を振りかざしていた。

 「ひ、ひい、親分様、どうか見逃してくだされ。これは商いの品物、これがなければ稼ぎが……!」

 「ごちゃごちゃうるさい! お前の家の使用人が、ひどい扱いをうけているのに給金がこれっぽっちも上がらないと嘆いているのを知っているんだからな」

 「なにをでたらめを……旦那様、ここは私が!」

 護衛役らしき一人が果敢にも李忠に跳びかかり、周通や子分たちもそれに加勢し揉み合うこと数十合、七、八人が李忠と周通の刀の餌食となったところで、さすがに敵わぬと悟った護衛役たちがほうほうの体で主人を支え踵を返す後姿に、李忠と周通は高笑いをあげた。

 「はは、悪党め、これに懲りずにまたこの道を通ればいいさ!」

 「ふん、何が商いの品物だ。見ろ周通、こっちの袋は反物だが、こっちは全部銀子だ。これだけあれば、兄貴の路銀にはじゅうぶんだろう」

 銀子や反物がぎっしり詰まった荷車を何台も手に入れ、意気揚々とした李忠たちがさっそく山寨に戻れば、なぜか広間に人の気配はない。

 「うわ! お前たち、何してるんだ」

 おまけに、智深の相手をしていたはずの子分たちはなぜか二人まとめて縛り上げられ、その上、丹精込めた肉や菜が無残に散らばった卓の上からは金銀の器がすっかり消えてなくなっている。

 「に、二の大王、あの坊主、なんともひでえやつですよ!」

 縄をほどいてやった周通に泣きついて子分たちが言うには、智深はさんざん李忠と周通の悪口を言ったあげくに子分たちを殴りつけ、卓の上の金銀の器を持ってすたこら逃げたという。

 「あのでぶ坊主……! しおらしいふりをして、やっぱり性根は変わっていなかったか! いったいどこから逃げやがった」

 「俺たちとは鉢合わせなかったんだから、きっと裏山を転がっていったんだ」

 周通の言葉どおり、寨から出て辺りを見渡せば、西側の崖に生い茂る草葉がふもとのほうまで一直線に押しつぶされているのが見て取れる。

 「くそう、追いかけて、俺たちの財を取り返してやる!」

 「まあ待ってくれよ兄貴、そう怒らないで」

 息巻く李忠を押しとどめたのは、意外にも、ほかならぬ周通だった。

 「来る者拒まず去る者追わず、とよく言うだろ。魯の兄貴が東京に行くのにどの道を使うかもわからんし、たとえ追いかけていったって、あの人に俺たちがかなうはずもない。これ以上の面倒ごとはごめんだぜ。それよりも、今はもうこの銀子と反物は不要になったんだ、盗まれた財のことはあきらめて、これをみんなで山分けしよう」

 智深にしこたまに殴られた夜のことを思い出したのだろう、ぶるりと体を震わせた周通の言葉は、確かにもっともなものだった。

 「以前のよしみで、俺があのでぶを寨に連れてきたのが悪かったんだ。そのせいでお前らも大損、俺の取り分はいらないから、お前たちで分けてくれ」

 「はは、兄貴、何を急に弱気になって。俺たちは兄貴と生死をともにすると誓った義兄弟、そんな水くさいことは言いっこなしだぜ」

 「すまないな。あのでぶの糞坊主、次に会うことがあれば、俺たち桃花山がただじゃおかないぞ!」

 智深が飲み残した酒を一気に呷ると、李忠は拳を握りしめて叫んだ。


〈第五回 了〉


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