第22章
菜月は窓際の席に腰を下ろし、静かに外を眺めていた。
体育館の方から列をなして歩いていく下級生たち。
その脇を、警察官たちが静かに巡回していく。
引率する先生の姿も見える。
(……本当に、事件なんだ)
教室の空気は張り詰めていて、誰も大きな声を出す者はいなかった。
6番目の下校順を待つ間、菜月はスマホを取り出して机の下でそっと開いた。
グループLINEに、数件のメッセージが流れていた。
《さっきの事件、男子校の子たちって朝駅前でなんか揉めてたって》
《金髪でピアスしてたやつがすごい騒いでたってよ》
《服装も着崩してて、集団ででかい声で笑ってたらしい》
菜月は一瞬、眉をひそめた。
(……金髪にピアス、制服崩してるって……)
ふと、記憶の奥で何かが揺れた。
――裏通りで絡んできた男子。
――嘲笑うような声。
――“お姫様”と呼びながらアリスをからかっていた、あの不快な笑い声。
(……あいつら、そんな感じだったっけ)
指先が冷たくなる。
けれど、決定的な証拠はない。
LINEにも名前は出ていないし、“誰に絡んでいた”かまでは書かれていない。
(偶然、かもしれない……よね)
そう思いたかった。
あまりにも現実離れしていた“列車”と“星の駅”の記憶が、脳裏をかすめる。
(でも……もし、本当に同じ奴らだったら……)
スマホの画面を閉じ、ポケットに戻す。
どこか胸の奥で、引っかかるものが残る。
「福原さん、次ですよ」
担任の声がかかる。
「……はい」
立ち上がった菜月の足取りは、少しだけ重かった。
窓の外には、いつも通りの空と、少しだけ赤みを帯びた午後の光が広がっていた。
けれどその穏やかな風景の下で、何かが音もなく“ズレている”気がしてならなかった。