第17章
テンゼに案内され、菜月は深く呼吸を整えてから車両の扉を開けた。
そこは、さらに別格だった。
照明は柔らかなシャンデリアの灯り。
深紅のカーペットの上に立つのは――ひとりの女性。
長く艶やかな黒髪が、腰まで流れている。
身のこなしは流麗で、ドレスのシルエットは高貴でありながら軽やか。
モデルのような体つき、そして――まるで彫刻のように整った顔立ち。
(……きれい……)
菜月は思わず立ち止まり、目を奪われた。
現実に存在するには美しすぎる。
その微笑みさえ、どこか夢の中の女神のようで。
そんな彼女が、菜月の姿に気づいた瞬間――ふわりと、満面の笑みを浮かべた。
「まあ、ようこそいらっしゃいました。福原菜月さんですね?」
その声は、まるで鈴の音のように透き通っていて、同時に包み込むようなあたたかさがあった。
「わ、はい……。あの……」
菜月が言葉を詰まらせていると、女性は歩み寄り、軽く膝を曲げるような仕草で挨拶した。
「初めまして。私はレーネと申します。この特急列車の主にして……アリスの保護者を務めております」
「アリスの……」
思わず口にした名前に、レーネはふっと目を細めた。
「ええ。アリスから、あなたのことはずいぶん聞いておりますよ。『福原菜月さんは、とても勇敢で優しくて、少し口は悪いけれど……本当に信頼できる人だった』って」
「っ……そんな、あたしなんか、別に……」
菜月は視線を逸らす。頬が少しだけ熱くなった。
(アリス……そんなこと、言ってたんだ)
「……いろいろと、アリスがお世話になったようで。本当にありがとうございました」
レーネはその言葉に一切の飾り気もなく、ただ深く、真っ直ぐに頭を下げた。
美しい人にそんな風に感謝されて、菜月はどうにも居心地が悪くなってしまう。
「えっと……あたし、勝手に助けただけっていうか……そんなの、別に感謝されるような……」
「貴方でなければ、アリスはきっと乱暴な男性陣に暴力を振るわれていたことでしょう。アリスの保護者として心より感謝申し上げますわ」
菜月はふと息を呑む。
レーネの声には、明確な確信があった。
それは、アリスのことを誰よりも知る者の言葉だった。
「……そして今日は、あなたにどうしてもお伝えしたいことがあって、お招きいたしました」
レーネは軽く一礼しながら、手のひらをやわらかく差し出す。
「どうぞ、おかけください。菜月さんに、ひとつお願いがあるのです」
(……お願い?)
菜月の中に、緊張と好奇心が同時に芽生える。
特急列車。廃駅。アリス。テンゼ。そして、この非現実のような空間。
そして今、眼前の“完璧すぎる女性”が、何か重大なことを語ろうとしている――。
(いったい、何を……?)
菜月はゆっくりと、レーネが指し示した椅子に腰を下ろした。