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作者: まめのき

風景と言う言葉が抜け落ちた、寂しい空間に私は一人佇んでいた。

周囲を見渡しても先は見えずこの空間がどれ程あるのか分からない、分からないが、き

っと、際限はないのだろうということだけが分かる。

音すら存在しないこの空間に唯一あるのはまるで鏡の様に反射する薄い水面だけであっ

た。

酷く暗いというのに自分の姿だけがはっきりと認識出来る。

頭から足先まで間違いなく私である。

だからこそ不可解であった。

地面に反射するそこにあるべき自分の姿が少女のものであったから。

私とは似ても似つかない、とてもとても可愛い少女。

鏡が写す姿は鏡像、そうは言っても流石にこんなに変わりはしないだろう。

だとしたらこの子はいったい誰なんだろうか。

試しに手を動かしてみた。鏡写しに全く同じ動きをする手

しかし一方は綺麗なネイルをしている潤いある手で

一方はささくれてしわしわの手だ。

もしかして、この子は私の真似をしてからかっているのだろうか。

きっとそうに違いない。

だって私はゆるふわボブじゃない。

だって私はこんなにしなやかで細い足をしていない。

だって私はくびれていない。

だって私はこんなに可愛いドレスを着ていない。

彼女の肌はなんて綺麗なんだろう、キメ細やかで瑞々しい

そこまで見て、私が一心になって

観察しているのと同じように彼女も私を観察してることに気が付いた。

私が恥ずかしくなって顔を背けると彼女はその動きも真似をした。

まだ続ける気だろうか。

ここまでからかわれると流石に私も腹がたってくる。

彼女からすればみすぼらしく醜い存在なのかもしれないが

これでも必死に生きて来たのだ。

自分を隠して、騙して。

上等じゃない、その細いヒールでどこまで私について来れるか試してあげる。

そう思った私は一気に駆け出した。

私の足取りは自分で驚くほど軽やかな足取りだった。

そうだと言うのに彼女は見事にぴったりと付いて来た。それはそれは楽しそうに。

こうなったら意地だ。どこまでだって行ってやるんだから。

しばらく走り回った。こんなに自分が動けるなんて知らなかった。

子供の頃でもこんなに走り回ったことはないかもしれない。

彼女はまだまだ余裕そうだ。

お次は、なんて顔をしてる。

私だってまだまだこれからだ。

走るだけで物足りないというのなら、ホップ・ステップ・ジャンプよ

ターンを決めてお次はダンスだって踊っちゃう。

あれ、私ダンスなんて踊れたかしら。

もうそんなことどうでもいい。

とにかく楽しかった。

私の理想の少女が私の動きに合わせて踊る、最高の笑顔で

私から見ればパンツだって丸見えなのに、そんなことお構いなし。

そう、そんなこと気にならないのね。

そんなこと私達には重要じゃない。

今この瞬間が全ての答え、ずっとこうしたかった。

そう思った時、世界の終わりが始まった。

もうここにはいられないのだ。

これを覆すことは出来ない。

酷く悲しい気持ちになる。

不意に涙が流れ出す、一度流れだした涙は止めどなく溢れて来る。

私も怒ったり笑ったり泣いたり、なんて忙しいんだろう。

そんなことも思うけれど涙は止まらない。

行き場を失った涙が落ちていく

落ちていく涙は鏡面でぶつかって交わっていた。彼女も泣いていた。

あんなに可愛かったのに、泣いたら台無し。

メイクもぐちゃぐちゃ。

貴女は笑顔でなくてはいけないのに。

泣かせてしまったのは他ならぬ私だ。

思い出した、もうずっとだ、この水面は私と彼女の涙で出来ている。

この世界はまた終わる。でも、私と貴女が分かれる訳ではない。

だって貴女は私でしょ。


目が覚めると、頬を涙がつたっていたがそんなこと気にもならなかった。

直ぐに布団から出て鏡の前に行く。

そこに映っていたのは、いつも通りの私の顔。

どこにでもいるおっさんの顔。

毎日見ている鏡像の私。


まだ私が小さな子供だった頃、

母の真似をして、母の化粧道具を使って自分の顔に化粧をした。

私はその時、私を知った。

綺麗になったことが嬉しくて母に完成した顔を見せた。

子供の悪戯を叱ろうとした母の顔色が変わった。

母が私をぶったのはその時が最初で最後。

母には分かってしまった。

私が不完全であると。

そして恐怖した、その不完全さが厳格な父に嫌われる原因になることを

そしてその母の気持ちを私は分かってしまった。

だから私は私を閉じ込めた。

普通であると偽った。

私が普通である限りは家族が幸せあると思ったから。

結局、離婚しちゃったけどね。

なんかもういいか、どうでもいいか

私が大切にしなくてはいけないのは私の中にいる

あの可愛い可愛い少女ただ一人。

鏡台に備えつけてある抽斗をゆっくりと引いた。

理路整然してる抽斗の奥に

見えないように、見ないようにそれでも大切にしまったリップがあった。

プレゼントだなんて嘘をついて買った。

誰にも渡すつもりのないリップ。

震える手で初めてそのリップのキャップを外し、

酷くゆっくりと唇に当てた。

そうよね、私が買ったのは真っ赤なリップ

あの子がしていたのと同じ真っ赤な

あの時以来だから、上手く塗れるだろうか。

そんなことを考えていたせいか、

つける時はキャップ外した時程、手は震えなかった。

それでも、上手くいかなかったが

ただ口紅を付けることに酷く時間がかかってしまった。

鏡には私が映っている。

起き抜けのおっさんの顔に真っ赤なリップ。

自分でも笑ってしまう程に醜い。

それでもまあ悪くは無いんじゃない。

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