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A LITTLE ~結城探偵事務所~

作者: 九JACK

「最近ね、パパとママの様子がおかしいんだ」

 小さな探偵は言った。

「パパはお休みの日もお外に出かけてばっかりだし、ママはそれを悲しそうな顔で見送るだけで、パパになんにも言わない。気になることがあったら、ケンカになってでも問い詰めるママなのに、悲しそうにするだけなんて、おかしいよ!

 それで、ぼく、考えたんだ。どうしてママがパパに何も言わないかって。たぶん、証拠が掴めてないんだ。ショーコフジューブンフキソって言って、証拠が揃っていないと罪に問えない。パパはきっとウワキしてる。ママはその証拠を集められないんだ。

 だからぼくが証拠を集めて、代わりにパパをとっちめてやる!!」

 ふんす、と鼻息荒く、そう宣言したのは、井上(いのうえ)(つとむ)という五歳児だ。五歳とは思えぬ冴えた推理、それを行動に移そうとする気概。聞いていた二人は、感心せずにはいられない。

 小学生と言われても通りそうなツインテールの探偵事務所所長の結城(ゆうき)笑萌(えめ)とその助手・小川(おがわ)莉桜(りお)は、努の筋道立った説明にうんうんと頷いていた。

 二人が努の言葉を「子どもの戯れ言」とすることなく真摯に聞いているのは、努のパパとママ、両方に面識があるからだ。

 努の父親・井上将吾(しょうご)は刑事。探偵という生業上、警察官と関わる機会は多い。結城探偵事務所は探し物メインの探偵事務所だが、それが大きな事件に繋がることもままあるため、将吾とは顔馴染みといっていいほどの付き合いだ。

 母親である井上さくらは看護師をしている。この辺で一番大きくて身近な病院に勤めているさくらは、人当たりがいいのもあって、大体の人が知っている、病院の「顔」とも言える人物。笑萌も莉桜も、お世話になったことがある。

 努の両親の人となりを知るからこそ、笑萌も莉桜も、努の問題提起に関心を持っていた。おしどり夫婦と称するほど、目に見えてイチャイチャしているわけではないが、夫婦仲はよく、努という子どもも生まれて、家庭は円満……なはずだったのだ。

 それが、努の言う通り、最近はすれ違いが多いらしく、「さくらさんの元気がないの」「井上巡査部長、最近口数が減ってて」なんて噂も小耳に挟んでいる。

 一家の大黒柱たる旦那が、休日に家族をほっぽって出かけるなど、家族に対する裏切り行為「浮気」以外にどんな理由があるのか! と努が憤然とした様子で語るのは無理もないことだ。名推理すぎて五歳とは思えない。

 しかし、証拠を集め、冤罪でなく父親を訴えるには、五歳児には情報収集能力が足りなかった。

 そこで、結城探偵事務所である。結城探偵事務所は探し物メインの事務所にして、探し物発見率100%を誇る驚異の探偵事務所。だが、探し物以外のこともやるし、浮気調査なんて珍しいことでもない。解釈を広げれば、浮気の証拠集めだって「探し物」に相当するだろう。

 それに、家族のため義憤に駆られる五歳児に、協力しない理由がない。

「努少年。パパの浮気に断定的だけど、もしかして、お相手に心当たりが?」

 なんだかノリのいい笑萌が尋ねると、努は神妙な面持ちになる。

「パパの職場に最近来たのが若い女の人だって聞いたよ。その人じゃないかって思ってる。顔は知らないけど」

「ははあ。若い女に乗り換え……井上刑事も男ってコトか」

 笑萌のコメントに莉桜が物言いたげな目線を向ける。笑萌は剽軽に肩を竦めてスルーした。

「浮気調査はいいよ。でも、空振りだったらどうする? パパが無実の可能性も全然あるからね?」

「大丈夫! 結城探偵事務所のこと、信じてるから!」

 おおっと殺し文句、と笑萌が苦笑する。こう言われてしまっては、幼子相手に断るのは難しい。

 ——しかし。

「努くん。確認しておきたいことがある」

 人を思いやる心に溢れ、依頼人の願いをついつい聞いてしまう探偵。それに忠言するのが探偵助手の役目。

 莉桜は低く、真剣な眼差しで、努に問いかけた。

「パパの浮気調査をして、証拠を掴んで、とっちめて……そうしたら、きみのご両親は十中八九離婚するだろう。家族がバラバラになる。一度バラバラになったら、簡単には元に戻れない。……それを覚悟の上で、この依頼をするのか?」

 莉桜の低音から繰り出されるシリアスな問いに、努は息を飲む。五歳児が背負うにはあまりにも重い。けれど、浮気調査とはそういうことだ。軽はずみにしていいタイプの依頼ではない。それに、いくら知り合いとはいえ、アフターフォローは探偵の仕事の管轄外だ。

 家族がバラバラになる。両親が別れたら、五歳児の努はどちらかに引き取られるだろう。浮気が原因なら、簡単に和解することもできない。他にも経済的な理由など、問題は山積みだ。状態はむしろ悪化するとさえ言える。

「それでも、ぼくはママがこれ以上悲しそうな顔するの、やだよ!」

「なら、なおさらやめておいた方がいい」

「なんで!?」

 悲鳴のような問いかけに、莉桜は滔々と答える。

「譬、きみの父親、将吾さんに非があったとしても、だ。きみがその罪を明かして、追い詰めて、それをさくらさんが喜ぶと思うのか? 家族がバラバラになって、大変な思いをする未来を、さくらさんが望むと思うのか?」

「でも、ママが苦しんでるの、助けたいよ」

「解決することが、苦しみをなくすとは限らない。浮気は悪いことだ。それはさくらさんも納得するだろう。離婚理由にもじゅうぶん。だが、調査しないのはなんでか、考えていないようだな」

「ぼく、いっぱいいっぱい考えてここに来たよ!?」

 情け容赦の存在しない莉桜の言葉に、笑萌は手加減しなよ、という眼差しを向ける。

 しかし、莉桜は一歩も譲らない。

「足りないんだよ。まだ子どもだから仕方ない。だから足りない部分を教えるんだ。

 子どものいる夫婦が離婚して、その先で一番苦しむのは子どもだ。つまり努くん、きみが苦しむことになる」

「ママが笑顔になるなら、ぼくは」

「お前が苦しむ未来があるのに、ママが笑えると思うのか?」

 ぴしゃりと放たれた莉桜の言葉に、努は目を見開く。

「人の罪を暴いて裁く。それは正しいことだ。でもな、正しいことが人を幸せにするとは限らない。……もう一度、考えておいで。その上で依頼するなら、引き受ける」

「……わかった」

 莉桜の強い言葉に少ししょんぼりはしたものの、思うところはあったらしく、努は真剣な面持ちで噛みしめるように頷き、探偵事務所を後にした。


「いやぁ、さすが莉桜ちゃん。口が達者だねぇ」

「……別に。それに、仕事はここからですよ。コーヒー飲みますか? 笑萌」

「ん、いただくよ」

 努を送り届け、事務所に戻った二人は、どこか苦笑気味に語らう。

 莉桜がフィルターにコーヒーを入れ、お湯が沸くのを待ちながら、深い深い溜め息を吐いた。

「あの夫婦……いい加減にしてほしい。俺たちに別口で依頼寄越すのはともかく、子どもに心配かけさせるなよ」

「ほんとそれね。でもびっくりしたよ。将吾さんが私に、さくらさんが莉桜ちゃんに、それぞれ依頼をしていたなんて」

 そう、二人は既に、井上夫婦のギクシャクの原因を突き止めていた。

 莉桜への依頼は将吾の浮気調査。努は母の様子を心配していたが、さくらはなかなか強かな人間であるため、思うより精神面はタフである。

 笑萌に来た将吾からの依頼は「とある店」と「商品」を見つけるという「探し物」の依頼だ。

「努くんの誕生日と結婚記念日のお祝いのために、忘れてしまった思い出の場所と贈りたいプレゼントの商品名を探すお仕事……まあ、忙しくて時間がないのは仕方ないけどね。家族のためのことで家族を心配させるのは、世話ないっていうか」

「不器用にも程がある。ちなみに、笑萌の方は解決しそうか?」

「もちろん。どんなものだって発見率100%だよ。でも……」

「ああ。小さな依頼人の思いの分くらいは小突いてやろう」


 そんなわけで、全ての真実が白日に晒され、努の奔走を聞いた夫婦は五歳児相手に土下座を決めたとか云々。

 将吾さんの浮気調査したら相手が所長(えめ)でびびったんですよねー、という莉桜のネタは、しばらく擦られまくった。

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