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「で、なんか用でもあるの?」
ルーラ公爵が用意してくれた応接間で、私はカリクスと向き合って腰を下ろす。執務室の時とは違って、私のストッパーとしてレノアも後ろにいる。
「なんの用って…お前、学園の規定忘れたのか?」
「いや、覚えてるけど、あれって一人でも別にいいんじゃないの?」
そう言った私を、カリクスが凝視する。
何も変なこと言ってないと思うけど…。
「一人でも良いのは、特別な場合に限ってだろ。今回のは特別でもなんでもない。」
「え?あれって、二人の方がいいけど、一人でも別にいいよじゃないの?」
「……は?」
沈黙が訪れる。私の言葉に、何かを悟ったようでカリクスが遠い目をする。少し経つと、カリクスが額に手を当てて、長いため息を吐く。
「とりあえず…フェリシト、殺していいか?」
「なんでそうなる」
カリクスの衝撃発言に、私がツッコミを入れると、「はぁ」と、またため息を零してから、キッと私の方を睨みつけた。
「学園では成績優秀の優等生なのに、なんでこういう事を知らねぇんだよ!」
「学園には、興味無いから…」
「所属してんだから、規則くらい知っとけよ!一人でもいいいのは、特別な場合だけだ!覚えとけ!公爵令嬢が、常識を知らなくてどうすんだよ!!」
カリクスが一気に捲し立ててそう話す。
言ってることが正論すぎて、何も言い返せない。反論出来なくなった私をみて、カリクスがこう言う。
「わかったなら、返事をしろ!返事を!」
「わかりました…」
「よろしい!」
いつもはもっと嫌味な発言ばっかするのに、たまにこうやって、母親みたいになるの何でなんだろ…。でも、おかしいな。
前に学園長に聞いたときは、一人で大丈夫って言っていたはずなのに。いつの間に変わったんだ。
「お嬢様…変なところで怠惰になる癖直した方が良いですよ。」
「ごめんなさい」
レノアにも叱られてしまった。気をつけないと。黙ってしまった私をみて、カリクスが思い出したように告げる。
「そういえば、父上から事の詳細は聞いたか?」
「うん、手紙も見せてもらったよ」
手紙…不思議なものだった。そういや、ルーラ公爵に理由を聞けてないな。今度機会があったら聞いてみよう。
「ならいい。これからの事を決めるぞ。」
「これから?」
「考えてみろ。俺もお前も公爵家だ。長期休み明けの学園でどうなると思う?」
カリクスに言われてハッとした。自慢では無いが、カリクスとの仲の悪さ、息の合わなさは学園内でも結構有名だ。そんな二人が婚約したとなれば、休み明けには、
「質問攻め…」
「そうだ。しかしここで、手紙のことを言うとどうなる?」
「公爵家の威信に関わるってことでしょ?」
私が顔を青くさせて、ぼそっと呟いた言葉をカリクスが肯定する。公爵家が見知らぬ手紙を受け取っただなんて、絶対に漏らせない。
急に感じてきたプレッシャーに、私はルーラ公爵の悪ふざけに付き合わされている、カリクスの心労を悟ってしまった。こいつも大変なんだな…
「そうだ。だから、ある程度はエピソードを作っておかないといけない。」
「どんなエピソードを?」
「つまりだな、相思相愛ってことにしなきゃならねぇんだよ。」
半ばやけくそ気味にカリクスがそう言う。
なるほど…相思相愛、え?なんで!?普通の政略婚約じゃだめなのか?
「政略婚約じゃだめなの?」
「考えてみろ。仲が悪い俺とお前が、政略婚約したとなれば、そうしなきゃならない背景があったという事になる。手紙の存在が無かったら、別にそれでも構わないが、今回は特例だからな。その背景を調べるうちに、手紙に行き着く輩がいないとも限らねぇ。」
なるほど。手紙のことが、バレると公爵家はほとんど終わりみたいなものだ。それを防止するために、相思相愛"設定"にしなきゃいけないのか。面倒くさいな。
ルーラ公爵、そんな大変なものを受け取ったのか。
「まぁ、はっきり言うと相思相愛にするのも嫌だがな。」
「あー、手紙の主の思い通りになるから?」
「それもあるけどよ、俺がこの世で一番嫌いな奴の願い通りになんのが嫌だな。」
「え?」
私とこいつの婚約を望む気持ち悪いやつが、いると?もう、それが答えじゃないのか?
「手紙を送ったのってそいつじゃないの?」
「それは無い」
思ったより早く即答された。なんでだ。そこに信頼はあるのか。じゃあ気持ち悪いやつが二人いるってことになるじゃないか。終わってる。
「じゃあ誰なの?そいつ」
「お前なんかに、俺の心の友を教える訳ないだろ。」
「一番嫌いなのに、心の友なの…?」
すごい言動が矛盾している。こいつは馬鹿じゃないと思うんだけど…。駄目だ。カリクスが分からない。今ならカリクスと同じことを言える気がする。
「とりあえず、カリクス殺していい?」
「おい、真似すんじゃねぇ」
そう私に、ツッコミを入れてカリクスが疲れたように息を吐く。私も今、お前のせいで疲れたよ。どっちが本当で、どっちが嘘か分からない。撹乱するのはやめて欲しい。
私がそう思っていると、それまで黙っていたレノアが口を開いた。
「お二人とも…仲が悪いのか、良いのか、分からなくなりますね。」
「「は?」」
「喧嘩するほど仲がいいというやつでしょうか。」
「待ってレノア、良くない。断じて仲は良くない。」
「珍しく、意見があったな。仲は良くない。絶対にだ。」
レノアの言葉に、私達が揃いも揃って全否定する。こういうときだけ揃うのが、私達の仲の悪さを物語っていると思う。
「しかし、手紙が原因とはいえ、こうして婚約することになったのですから、運命が導いたのでは無いですか?」
「…もし運命が導いたってなら、俺は運命神を恨むけどな。」
レノアの言葉に、カリクスが応接間に飾られているディアの肖像画を見て、そう言った。