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それはあまりに突然で プロローグ

「お父様!一体どういうことでしょうか。」


令嬢らしからぬ足取りで、執務室へと飛び込んできたのは公爵家長女であるリーシャ・ルア=フェリシトだ。顔色はもう真っ青で、心無しか息も上がっている気がする。


「リーシャ、こんな時間に何の用だ。大した用事じゃないのなら、邪魔になる前に出ていきなさい。」


焦った様子の娘を見ても、顔色さえ変えないのはこの家の当主である、デュアラス・ルア=フェリシトだ。彼は慣れているらしく、娘が来ても黙々と仕事をこなしていた。


「大事ですよ!お父様、どうして私がカリクスと婚約者になるんですか!?」

「なんだ、そのことか。」


娘の用事に一言返したと思うと、また黙々と仕事を続ける。そんな父の様子がさすがに癪に障ったのか、机にある書類を取り上げ先程よりも大声で、また繰り返した。


「お・お・ご・とです!!お父様!」

「だから、言ったはずだろう。手紙のおかげだと。」


ため息をついてから、デュアラスがそう淡々と告げる。対するリーシャの方は、意味がよく分からないのか首を傾げていた。


「手紙って、婚約打診の手紙のことですか?」

「いや、差出人不明の手紙のことだ。」


デュアラスが言った内容に、リーシャが固まる。すると、下を向いて小刻みに肩を震えさせる。


「なぜ、公爵家が、差出人不明の手紙とかいうものを、受け取るんですか!」


リーシャが言ったことは、本当にその通りだ。公爵家たるもの、常に文書などはきつく取り締まらなければならないはず。つまり本来、差出人不明の手紙とやらは、受け取ってはいけないはずのものなのだ。


「それを私に聞くな。レイドの奴が何を考えているのかなど、私も知らん。」

「大親友なのに、理由を聞いてないんですか?」

「リーシャこそ、愛しのカリクス様に聞けば良いじゃないか。」

「愛しじゃありません!!変な勘違いしないでくださいお父様」


そうこう言い争ってから、先に折れたのはリーシャだった。机に置いていた手を離し、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、呆れながらもこう言った。


「そこまで言うなら、分かりました。不本意ながらも、婚約者となった愛しのカリクス様に、聞いてきますので!」


リーシャが投げやりにそう言い、バタバタと執務室を出ていく。一人になった執務室内でデュアラスがボソッと独り言を呟いた。


「喧嘩するほど仲がいいと言うし、この機会に親睦を深めなさい。」


----------------


「父上!どういうことですか」


リーシャが父に聞きにいったとき、この男も自身の父親に、事の詳細を聞きにいっていた。そう、今回突然、婚約者ができたもう一人カリクス・ディア=ルーラである。


「何事だ、カリクス。跡継ぎたるもの、屋敷内を走るのはやめなさい。」

「…失礼致しました。しかし、なぜ相談も無しに婚約者が決まったんですか?それも、フェリシト公爵家の令嬢に」


跡継ぎとして、たとえ屋敷内でも立ち振る舞いはしっかりしなければならない。そのことに気づいたのか、カリクスが素直に謝る。

そして、一呼吸おいて今回の件についての疑問を、父に投げかけた。


「手紙が来たからだ。」


カリクスの問いに簡潔に答える男こそが、手紙を受け取った張本人であり、当主でもあるレイド・ディア=ルーラだ。息子がいきなり、部屋に入ってきても予想していたのか、全く驚いた様子はなかった。


「手紙とは?フェリシト公爵家からのものですか?」

「いや、差出人不明の手紙だな。」

「は?」


レイドが告げた内容に、カリクスは絶句する。どうして差出人不明の手紙を受け取っているのかとか、そんなものに婚約を決められたのか、とか聞きたいことは色々とあるのだろう。だが、それよりも衝撃が強いようで、放心状態になっていた。


「用件はそれで終わりか?なら、出ていけ。俺は忙しいんだ。」


その言葉にようやく正気が戻ったのか、出て行かせようとする父を止め、カリクスが怒った様子で拳を震わせた。


「その手紙とやらで、どうして婚約を結ぶことになったんだよ!!」


自分の口が悪くなっていることをカリクスは考えなかった。怒りが勝ってしまったのだろう。言葉遣いというものを殴り捨て、溜まっていたものを吐き出すかのように、正直な気持ちを述べる。


「カリクス、言ったはずだ。言葉遣いには気をつけろと。」

「今はどうでもいい!俺の問いに答えてもらいましょうかね、父上?」


カリクスのその言葉に、レイドが軽く頷いたかと思うと、咳払いをして真剣な面持ちで話し始めた。


「その、手紙に記されていたからな。」

「何が」

「お前たちが愛し合っている、と。」

「……………はあ?」


今度は、さほど驚いた様子はなかった。驚きよりも、呆れているようでレイドに向かって軽蔑の視線を送っていた。まぁ、仕方がないことではある。カリクスとリーシャは、仲が悪いと言われたことはあるものの、愛し合っているや仲が良いと言われたことは無かった。本人たちも悪い自覚はあるが、良い自覚はなかった。それなのに、いきなり正体不明のやつに愛し合っていると記されてしまったら、呆れるだろう。


「そう言われてもな、元々リーシャ嬢とカリクスの婚約は進められてた縁談でもある」

「初耳ですが」

「言ってなかったからな」


レイドは元々自由奔放な性格ではある、だからかカリクスの方も、半分諦めの境地に達しているのだった。


「父上………。」

「なんだ?」

「……いえ、手紙の内容とかはリーシャ嬢は知っているのですか?」


少しづつ落ち着いて来たのか、それとも諦めたのか、敬語に戻っており、カリクスが父にそう聞く。自身が慌てている以上、リーシャも慌てているだろうと思ったからだ。


「いや、知らせとらん。」

「………」


カリクスは思考を放棄したいと思ってきたようで、遠い目をしていた。自身が父の悪ふざけとも言えるであろうことに巻き込まれたのは、これで何回目かだが、その中でも一番タチが悪いものだった。


「はぁ…、まぁ、分かりました。俺は、このことを学園に知らせないといけないので、これにて失礼します。」


学園在学中に婚約関係を結んだ場合は、学園の規定により報告しなければならない。常に、生徒同士の関係を把握しておく必要があるからだ。

それも、片方ではなく必ず両者が揃って報告する必要がある。それを考えて、フェリシト公爵家にカリクスが向かおうとしている頃、リーシャもルーラ公爵家に向かおうとしているのだった。

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