勇気(ざまあ)炸裂! 異世界ナローマン
某勇気爆発な作品を見た後、勢いで書きました。
それは、ナローマンにとっては有り触れた、日課となった出来事。
顔だけが取り柄の歌い手()にひっかかり、更にはそれがきっかけで、複数の男と関係を持っておきながら、恥知らずにも裏切った相手に縋ろうとした女の頭部を物理的に砕いた時の事だった。
当然、その女と関係を持った男は全員処分済みだ。
残された男へ向け、いつもの様に激励の意味をこめたサムズアップを送ろうとした、その時。
彼の耳には、確かに――届いたのだ。
遠い世界から、助けを求める声が。
◇
終わった、とその時思った。
俺の視界を埋め尽くすのは、眩いばかりの破壊の閃光――かつての想い人、銀髪の幼馴染の少女――ローラが放った攻撃魔法。
死にたくないとも、無念だと思うが、どうにもならない。
折れかけた心を無理やるに奮い立たせ、せめて一矢報いてやろうと思った結果が、これだ。
……よりによってローラの手で。
彼女の後ろで不快なにやつきを浮かべている黒髪の男は、異世界の二ホンという国から召喚されたという勇者だ。
ローラのほかにも幾人もの多種多様な美女、美少女を一党として侍らせている。
ほんの数か月前、聖女として、その一党へ招かれたローラ。
必ず戻ってくるから、と笑顔で別れ、再会した彼女は―――変わり果てていた。
蕩けた瞳で勇者を見つめ、俺の事など眼中にないとばかりの振る舞い。
彼女を取り戻そうと、雑用として潜り込んだ一党で、扱き使われる毎日。
毎晩、見せつける様に勇者とローラを含めた彼女達との喘ぎ声を聞かされて――もう、俺が知っている彼女は何処にもいないのだと悟るしかなかった。
そして、その挙句が――これだ。
ちくしょう、何でこんな――
絶望に沈む俺の前に、凄まじい速度で割って入った、銀の巨躯の持ち主が現れなければ、きっと俺は終わっていただろう。
……って、ええ!?
『ナローマンバリアー!』
野太い声と共に展開された巨大な光の壁が、相対する高熱を伴った衝撃波を遮り完全に防ぎ切る。
渾身の一撃を、難なく防がれたローラは呆然としていた。
ついでに後ろの勇者は、信じられないものを見たとばかりに顔面を蒼白にして乱入者を凝視している。
「嘘だろ、なんでこっちの世界まで」、とかなんとか呟いているのはこいつを知っているのだろうか。
『すまない。少しばかりこちらの世界に来るのに手間取ってしまった。
あの女神がなかなか手ごわくてな』
「え?あ……はあ……」
振り返り、こちらを見たのは……何か奇怪な形状の仮面?を被った、銀の体表の筋骨隆々とした巨漢。
……人間、じゃないよな多分。
でも、魔法……魔法?っぽい何かを使っていたし、何より流暢に言葉を操っている。
魔族とも違うみたいだし、トロルか大鬼の変異種だろうか。
『待たせたな。助けに来たぞ――カイン!』
親し気に、それでいて力強く、野太い声で俺の名を呼ぶ銀の巨漢に戸惑うしかない。
多分錯覚だろうが――彼(?)の頭部に被った仮面に備えられた角が、一際強く煌めいた気がした。
……いや。
助けてもらったことは確かに有難い。有り難いんだけど。
――誰?何で俺の名前知ってるの?
というか向こうの勇者が、「普通に会話が成立してる!?」とか驚いているが……
だからお前はこいつの何を知っているんだよ。
『……話は後だ――行くぞ!』
そんなこちらの疑問を他所に、乱入者に対し、既に警戒態勢に入っていたらしい勇者の取り巻きを迎え撃つべく、銀の巨漢の姿がぶれて消えた。
その速さは流星もかくやといった凄まじいもので、俺の目ではとらえ切れない。
それは最初の標的となった女戦士も同じだったようで、唐突に自分の前に現れた銀の巨漢に驚愕の表情を見せる。
「えっ、な、はや――」
『ナローマンフィストォ!』
一瞬だけ陽炎の様に銀の巨腕がぶれると、弾けるような音ともに女戦士の頭部が血煙となって消える。
だがそれだけでは銀の巨漢は止まらない。
次の獲物をめがけて、稲妻のような速さで喰らいついていく。
小柄で気の強そうな魔導士、凛々しさを感じさせる東方の侍、浮世離れした美しさをもつエルフの狩人、etcetc。
よくもここまで綺麗どころばかり集めたものだと思わせる彼女達だが、決して見掛け倒しと言う訳でもない。
何せ、仮にも人類の希望と持て囃された勇者一党だ。
上質の魔法銀さえ断つ斬撃。
竜の鱗をも打ち抜く魔の雷を纏った一矢。
大精霊にさえ届くと言われた獄炎の魔術。
Sクラスの怪物でさえ一瞬で屠り去るだろう銀の巨漢を仕留めんと放たれる連携。
勇者に抱かれることで常時発動する強化が上乗せされることにより、必殺の威力にまで昇華された奥義。
その悉くが、
『ナローマン!ラッシュ、ラッシュ、ラ―――ッシュ!』
更なる、凄まじい威力を持つ銀の拳足によってはじき返され、その使い手を肉塊へと変えて行く。
『――――おおおおおおおおおおおおっ!』
大気を震わせるほどの怒りと共に、銀の巨漢が吠える。
勢いを増す銀の巨漢の猛攻に、加速度的にさらに減っていく勇者一党達。
『勇気―――炸裂だああああああああああっ!』
その気迫にあてられたせいかどうか、分からないが。
ぱきん、と何かがひび割れるような音がした。
それとほぼ同時に、一党の生き残りの女達が、急に呆けた様な表情になったかと思うと、次の瞬間には顔を真っ青にして身を震わせ、その場に崩れ落ちるもの、ぶつぶつと呟きながらその場に立ち尽くすもの、泣き喚いて叫ぶもの、と多種多様な反応を見せたのだが――
銀の巨漢はまったく容赦しない。
『ナローマンソード!』
駄目押しとばかりに手に出現した光の刃で、容赦なく、次から次へと隙だらけのところを、ずんばらり……である。
その中には、ローラの姿もあったのだが……なんというか、あまりぶっとんだ展開に頭が付いていかず。
正直――気が付いたら死んでた、くらいの感想しか抱けなかった。
……あ、今(勇者以外の)最後の一人がやられた。
『ナローマンソード――ランクバースト!』
野太い声と共に、銀の巨漢の手にある光の刃が、更に肥大化する。
目標は……残り一人となった、聖剣を構えている勇者だ。
最初に目にした時は、眩く輝いて見えた聖剣も、なんというか銀の巨漢の物と比べると酷く貧相に見える。
「さ、さっきから……」
勇者が浮かべているのは、血の気を失った悲痛な表情。
ガタガタ震えながら、ひきつった声で、
「さっきからなんなんだよ、そのキャラはぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
無駄に暑苦しい上にべらべら喋りやがって!
地球と大分違うじゃねえか!」
――多分、自分でも何を言っているのか分からないのだろう。
完全なパニック状態で訳の分からない事を叫ぶ勇者の姿には、正直憐れみさえ湧いてくる。
少し前まで殺しても飽き足らないくらいの憎しみを抱いていた筈……なんだけどねえ。
いや、単にあまりにぶっとんだ銀の巨漢の活躍()で、いろいろな感覚が麻痺しているせいかもしれないが……
というか勇者、やっぱり銀の巨漢の事知ってるのか?
『さあカイン!君の勇気も刃に乗せて――
今こそ叫ぶぞ、必殺の名を!』
――え、俺?
すっかり観戦モードに入っていたので、急に呼びかけられて少し焦った。
というか、今までのは必殺技とかじゃなかったのか。
そんなこちらの内心を他所に、銀の巨漢は文字通りの必殺を叫び、大気を震わす剣を象った光を構え、
『ナーロッパ滅殺剣!極大戦技!』
力強い叫びと共に放たれる、大上段からの降り下ろし。
『ナローマン――ストラァァァァァァァァッシュ!!!』
迫る巨大な光の斬撃に、勇者もひきつった声で――ディバインなんちゃらとかいう技名っぽいナニカを叫びながら放った、聖剣による光の斬撃で対抗しようとするが……勝負にならない。
扱っている力の桁が違うのは、傍から見ていてもよく判った。
「ひ、な、なんでこんなことにぃぃぃぃ……!?
あの女神、はなしがちが―――
うぎゃああああああああああああ……!」
「……うわあ」
まあ、なんというか……結果を述べるなら。
勇者は一瞬さえも持ちこたえられず、最後には悲鳴に変わった呻き声と共に、銀の巨漢の放ったそれにあっさりと吞まれて消し飛んでしまった。
一応、このあたりの怪物は愚か、魔族の四天王相手に単身で優勢に戦いを進められるくらいの能力は持っていた筈なのだが……
相手が悪すぎたんだろう。
今更だが……本当に何者なんだろうか、この人(?)。
『やったなカイン!君と私の勇気の勝利だ!』
「ああ、はい。ありがとう……ございます?」
いや俺何もしてませんけど、と喉から出かかった言葉を飲み込み、愛想笑いで返す。
一応死にそうなところを助けてもらったんだし、お礼くらいは言うべきだろう。
ただ、先程から親し気に話しかけて来る、ナローマン?さん。さっきから何でこんなに距離感が近いんです?
『だがまだ問題は残っている。
女神と勇者モドキは始末したが未だ魔王は健在だ。
それをなんとかしなければならない」
「まあ……それは、確かにそうですね」
……そういえば、勇者しか魔王は倒せないとかいう話だったような。
話の流れからすると、彼が何とかしてくれる、ということか。
何か知らんけど、邪神とかも倒してくれたみたいだし。
『ああ。だが正直な所、私一人では心許ない。
助けが必要なんだ。熱い魂を持ち勇気を通じ合える――仲間が』
……またまたぁ。謙遜ともとれるナローマンの言葉に思わず苦笑する。
性根は兎も角、人類最強クラスの勇者一党をああもあっさりと壊滅させてしまったのだ。
これだけ強いなら正直一人でも余裕じゃんね。
と、そんなこちらの内心を知ってか知らずか、彼はこちらに向けて右手を差し出してくる。
「ああ……はい。
ええと……どうも、よろしくおねがいします」
……握手か、握手で返せばいいんだよね多分。
恐る恐る、その手を握って返すと、
「ああ――これからの旅も共に戦おう。
よろしく頼むぞ、カイン!」
「はい?」
がっちりと。いや握り潰したりしないように加減はしているのだろうが……決して離さぬとばかりに繋いだ手を握りしめられ、熱の籠った視線を送られているのを感じる。
ちょっと待って。これからの旅って、なに?
『ああ、そうか。まだ私の名前を教えていなかったな』
……こちらが戸惑っている様子を、どう取り違えたのか……そんな台詞を宣ってくるナローマン。
って言うか分かるよ、あれだけ技の名前での自己主張してるんだから!
『私の名は――ナローマン・勇気だ!』
あら、予想してたのとちょっと違ったわ――ってそうじゃねえ!
◇
斯くして。
地球から動けない同胞から託された、ナローマン・勇気が世界を救う旅に、カインも同行する事となったのだった。
その過程でいろんな浮気女、寝度られ女、間男やらを物理的に抹殺する行脚にも付き合う羽目になり……
この世界に新たな伝説()を刻み、残す事となるのだが。
それは、またの講釈。
「――大体何で、何でそうなるんだよ!?
俺只の村人だよ、マジで!」
『大丈夫だ、私と君なら必ずやれる!』
――主に、被害者の意思とは関係ない形で。