『死』について~僕と彼女~
「死ぬって、どういういことだと思う?」
そう僕は彼女に尋ねた。
「それって、私に対する嫌味?だとしたらずいぶんセンスがないわね。」
彼女は頬を膨らませ怒ったような口調をしながらもけらけらと笑いながら言った。
彼女、ベッドに座り、パジャマを着ている彼女は笑った。真っ白な壁紙が目にしみる。無機質な部屋、病室。ここは病院。そして彼女は入院患者。おそらく、きっともう二度と外に出ることはないだろう、と言われるほどの重症患者。
「いや、身近に『死』を抱える君に聞きたいと思ってね。」
僕は悪びれずに話を続ける。
「うーん。せっかくあなたが来たって言うのに話題がそんなのじゃあ、いまいち花がないけど、仕方がないわ。つまらなそうな話題ではないからいいけど。」
この言葉を聞くと、なんだか、僕と彼女が交際をしているような感じだがまったく違う。出会ったきっかけはものすごくあほらしい。
「で、君にとっての『死』ってなんだい?」
「そうね。一般では『眠り』という概念が一般的なのかしら。でも、私にとってはそうではないわ。
昔は『開放』という表現の方が近かったわ。だってそうじゃない。こんな不自由な箱庭に閉じ込められて、いつ親や、先生に心配されて。何もできないのに、物があふれていくのに耐えられなかったのよ。」
なるほど、と思いながらも、彼女の言ったことに違和感を感じた僕はそこについてたずねることにする。
「〝昔は〟ということは今は、違うの?」
「そうね。今の私にとっては、ただの『冗談』ね。」
へぇ、冗談か。それは面白い。
「『冗談』?それはまた斬新な考え方だね。でも、どうして?」
「私の中でね、時限爆弾がコチコチと音をたてているのを自覚したのはいつごろだったかしら。その時の私には確か、あと半年の余命宣告がされていたわ。でもね、自覚して思ったの。
『お医者さんは冗談を言ってるのね。』って。・・・嘘だったかしら?まあ、どちらでもいいわ。だって、私の中の時限爆弾のタイムリミットはまだまだ全然、先のことに感じたもの。」
「時限爆弾ってのは寿命のこと?」
「そうだと思うわ。私は当然のように、その余命宣告された半年を乗り切ったわ。先生や、親は奇跡だと言って喜んでいたわ。でも、私にとってはただの茶番劇にしか見えなかったの。
・・・それまでは、どうして死ねなかったのかって考えていたのだけれどね。」
病院内で〝奇跡の患者〟という異名で知られている彼女はそう言って笑う。
彼女はそれから何度も余命宣告をされて、ずっとそれを乗り越えてきたのだろう。確かに『死』を決定付ける余命宣告なのに、それが自分の余命でないということが分かっているのだから、確かにそれは性質の悪い『冗談』でしかないだろう。僕はその光景を想像し、苦笑する。
深刻そうな顔をした医者と両親。そして、自分。医者の言葉によって絶望に突き落とされる両親。本当に、なんという冗談、なんという茶番劇。
ただ、そうなると彼女は自分の寿命が分かっているのだろうか。
「じゃあ、君は自分の寿命が分かるのかい?」
「何か笑っていて不気味だと思ったら、まじめな顔でそんなことを聞いてくるなんて忙しい人ね、あなたは。
まぁ、質問に答えると、否、ね。私に分かるのは『まだまだ先』ってことだけよ。」
「ずっと、一定のリズムを刻んでいるの?」
「そうね。でも、外に出たらどうなるのか分からないし、外に出なくとも治療をやめたらどうなるのかも分からないわ。自殺をしたらどうなるかもよ。自殺をする気はさらさらないけれど。」
「どうして?」
「それは私が単純に臆病者だってことよ。ところで・・・。」
「なに?」
「あなたにとっての『死』とは何?」
ふむ、自分が答えたのだから僕にも答えろ、ということだろう。今までも、こういう会話を何度もしているから、予想できた言葉だ。
「僕の価値観も世間一般からずれているのことになるのかな?
僕にとってのそれは『ゴール』だよ。」
「ゴール?」
「そ。終焉。終わり。辿りつくべき場所。それが、バッドだろうとハッピーだろうと構わないけどね。
『あらゆる生あるものの目指すところは死である。』っていうのは有名な言葉だと思うけど、目指しているんじゃないと思うんだよ。生きていれば、死ぬ。当たり前だとは思うけどね。目指しているものじゃないと思うんだ。なんていうか、こう。ベルトコンベアーみたいな感じだよ。」
目指してないんじゃ、『ゴール』とは言えないかな。そう言って僕はりんごを食べる。先ほどから皮は剥いてあったのだけど、彼女が手をつけないので僕も手をつけづらかったのだ。
「その考えだと『辿りつくべき場所』、いいえ、『流れ』と言ったほうがいいのかしら。」
「そうだろうね。でも、そんなものだと思うんだ。中学時の友人が義務教育のことを『ところてん方式』って言ってたけど、それは義務教育だけじゃなくて、人生すべてがそうだと思うよ。」
年をとって、働けなくなるから、定年退職があるように。年齢を重ねるにつれて、自分の幻想が現実的な思考に変わっていくように。それは、今まで自分がいた場所に別の人間がいると強く感じる喪失感。仕様なのだ。人生という仕様。
「『我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、 死においては平等である。』ということを具現化したかのような理論ね。それは。
だってベルトコンベアーなのでしょう?誰に対しても速度が変わることは無い。強いて言えば距離が違うだけね。でも、その距離だって最終的に行き着く先が同じなら対して変わらないわ。」
これまた著名人の言葉を持ち出してくる彼女は結構博識である。病人なのにネットで、情報を仕入れるのが好きなんだという。僕の言うことが分からなかったらすぐにその場で調べ始めるほどだ。
「じゃあ、あなたのベルトコンベアーは長いのかしら?」
「僕は君みたいに分かるような事はできないよ。でも、長い方がいいな。」
「なぜ?」
「だって、僕は僕の人生に疲れているわけでも、飽きているわけでもないから。」
「そうね。私も、あなたに今死なれちゃ困るわ。」
「それは、どうして?」
「だって、私にはあなたくらいしか話し相手がいないもの。看護士も、両親も、医者の先生も、仕事があったり、私の体を気遣ったりでこんなに話してくれないもの。」
まったくもって、ここはつまらないわ。そう言って彼女は大げさにため息をついて見せた。彼女に会いに来る人間は僕を除けば彼女の両親くらいしかいない。物心ついたころから病院にいる彼女には外に友人がいるわけもない。僕もとあるふざけた理由が無ければ彼女と出会うことは無かっただろう。
それから、いろいろと話した。彼女はネットで見聞きしたことについて話し、僕は学校のことを話した。学校のことを話すのは、初めの頃はかなり抵抗があったのだが、「せっかくだから、むかつく先生のことでも愚痴ればいいわ。」と彼女が言ってからは話している。主に、その先生の愚痴や、改善点などだ。
「あら、もうこんな時間ね。」
彼女がそういったころには、僕がこの部屋に入ってから二時間くらいが経過していた。学校が終わってから来たことを考え、外を見るとすっかり暗くなっていた。
「それじゃあ、今日は帰るよ。」
「そうね。本当はもっと話していたいけど仕方がないわね。」
僕はマフラーを首にかける。病院内は嫌というほどにあったかいが、外は嫌というほどに寒いのだ。
「今度はいつ来るの?」
「さぁ、気が向いたら来るよ。ちゃんと部屋にいてくれよ。」
彼女は日課として階段の上り下りを実行している。体に負荷がかかるからやめてくれ、という病院の人たちの懇願を無視して、だ。一度、来たときにいなくて、待ちぼうけを食らったことがあるのでそう言ったのだ。
「いつの話してるのよ?それと、今度来る時は『兎の夜』でロールケーキでも買ってきて欲しいわ。」
「僕に早朝から行列を作るためのピースになれと?」
男の僕でも分かる店名を出され、さらにそれが数量限定のもので有名なものだということは、この辺では周知の事実である商品を指示され、僕はうんざりとした気分になった。
ま、買ってくるけどね。僕が彼女の話し相手になるほかにできる彼女の楽しみの一つなのだ。僕もここに来るのは一種の楽しみだから、それくらいは、まぁ、許容しよう。
朝に起きれるかは分からないが。
今回使用した名言
あらゆる生あるものの目指すところは死である。・・・フロイト
我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、 死においては平等である。・・・ロレンハーゲン
ついでに言うと作者にとっての『死』は単純に『眠り』です。
自分はは眠るように死ぬことと、痛みも感じずにあっという間に死ぬことができればいいな。
病気とかでだらだら生き続けたり、激痛で苦しむとかはいや。
あらすじでシリーズ物と言っていますが、連載にしては更新が超不定期になることが予想できますので、短編形式での投稿にしました。