【短編版】妖神繚乱~ようじんりょうらん~
十二神柱五原則(黄泉の法典「第二章条文より」)――
第零条:十二神柱とは以下の四つの組織の総称である。
東の十二使徒、西の十二聖人、北の十二天将、南の十二神将。
第一条:十二神柱は善意ある人間に危害を加えてはならない。
また、危険を看破した時は危害が及ばないようにしなくてはならない。
第二条:十二神柱は善意ある人間の命令に従わなくてはならない。
ただし冥府の門番の命令は最優先である。
また、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない。
第三条:十二神柱は前掲第一条及び第二条に反するおそれのない限り、
自己を守らなければならない。
第四条:十二神柱は前掲第一条及び第二条及び第三条に反するおそれのない
限り、✖✖✖✖✖✖――。
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それは遥か昔の伝承。遠い時代の記憶。
たった一人の少女の放った何気ない一言。
「神様の中で一番エライのは誰?」
当時、神の上に神はなく、神の下に神はなかった。
故に、神々は平等であり、神々は対等であった。
しかしながら、神々は自尊心が強かった。
その強い自尊心が原因で、神々の争いは始まった。
争いは永遠とも思えるほど長い間続いた。
だがある日、終わりが見えなかった神々の争いに終止符を打つモノが現れた。
それはどこからともなく来訪した。
それは自らを冥府の王と名乗った。
それは圧倒的な力で全ての神々を喰らった。
そして、八百万の神々は地上から姿を消した。
それから幾千万の昼と夜が通り過ぎ、物語の舞台は現在へ至る。
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A県ナモミ町――
目の前にいる“ソレ”は角の生えた赤い鬼の仮面をつけていた。
体は藁で出来た衣装であるミノをまとっている。
右手に持つは刃渡り50cmはあろう大きな出刃包丁。
背丈は少なくても200cm。かなりの大柄。
ミノの隙間から見える腕の太さはまるで丸太のよう。
かなりの筋肉質である事が窺える。
顔が赤いのはジジナマハゲ。
その後ろにいるもう一体は同じ衣装を身にまとっているが顔が青い。
こちらはババナマハゲ。
赤青二体で一対の鬼。
いわゆるナマハゲが地響きのような唸り声を上げながら姿を見せた。
「泣ぐ子は居ねがー!!」
泣く子供を探しながらジジナマハゲが叫ぶ。
「悪い子は居ねがー!!」
続けてババナマハゲが子供たちを見渡しながら叫んだ。
今日は歳末。年の暮れ。
場所は町はずれの古民家。
敷地はかなり広い。
歴史ある由緒正しい家柄を感じさせる門構えと家の作り。
雪はしんしんと降り積もる。
外はあまりに静かで動物も植物も声を出さずにひたすら沈黙を守っている。
まるでナマハゲが通り過ぎるのをただ黙って待っているかのようだ。
それと正反対。
家の中は荒れていた。
障子は破れ、襖は切り裂かれ、食べかけの夕飯は散乱している。
窓は割られて寒い外気が家の中に直接入ってきた。
全てはナマハゲの所業。
二体のナマハゲは怒号と共に手に持つ出刃包丁を振り回し暴れる。
本来はこのような暴れ方はしない。
あくまで民族行事。町内会の有志による演技。
何も破壊する事なく、酒を振る舞われ「へばな」と言って帰るのだが……。
よく見るとナマハゲの仮面の下に顔がない。
正確に言うと本来顔がある部分は黒い靄に覆われている。
人間の頭の形をした靄にナマハゲの仮面が直接張り付いている。
そうとしか思えない。そう、このナマハゲは人間ではない。
舞台となった古民家にいるのは高齢の家主及び年越しの為に集まった親戚一同。
大人だけでなく子供も大勢いる。
いつもと違う大晦日。町内会の人間ではない、正体不明のナマハゲ。
彼等は部屋の片隅に肩を寄せ、恐怖に怯えながら震えていた。
「悪い子はお前だちがー!!」
青い仮面を付けたババナマハゲはそう言うと出刃包丁を振り上げ近付いてくる。
ドスン、ドスン。
一歩一歩の足音がとても大きい。
逃げようと思えば逃げれたかもしれない。それほどにゆったりした歩み。
だが家主たちは腰が抜け、恐怖で動けなかった。
ナマハゲたちの放つ恐ろしい雰囲気に飲まれてしまった。
圧倒的な存在感で威圧されていた。
そんな硬直した場に轟く悲鳴。
「ママ―!」
親戚の中にいた五歳の可愛らしい女児がたまらず自分の母親を呼ぶ。
すぐ隣りにいた母親はひしと子供を抱きかかえた。
「悪い子はお前がー!!」
女児の声に反応したババナマハゲは声を上げ、顔をそちらへ向けた。
そして歩みを早め近寄ってきた。
「ママー!!!」
女児は母親に再び助けを求める。
その時だった。
古民家の庭が激しくピカっと光り、ズドーンと派手な音を響かせて雷が落ちた。
その数3回。
「ごめんニャー、待たせたニャー」
落雷のあった庭に姿を現したのは三人の男性と一匹の白い猫。
猫は中央の男性の肩にちょこんと乗っている。
その猫が申し訳なさそうに声を掛けてきた。
そして三人の男性はというと、化粧こそしていないものの、全員が歌舞伎の主役として舞台で活躍できそうな異彩を放つ独特のいで立ち。カラフルでド派手、見る者の目をひく事は間違いない。
「カマイタチ、お前が早く準備しニャいから遅くニャったニャー」
白猫は自分を肩に載せている人物を猫パンチで小突きながら話しかけた。
この猫が普通の白猫と違うところがあるとしたら2つ。
人間の言葉を発する事と、蛇の姿をした尻尾を持っている事。
蛇の尻尾は猫とは別に独自の思考や意思を持っていた。
つまり一つの体に二つの頭脳を持っている事になる。
「この事は冥府の門番たるマスターに報告しておくニャー」
「ケルベロス、お前が余計な事を言わなければマスターに怒られずに済む。頼む」
三人の男性のうちの一人、カマイタチは自分の肩に乗る白猫のケルベロスに向かって渋い表情で懇願した。マスターと呼ばれている人物に怒られるのが本当に嫌で嫌で仕方ない。カマイタチはその気持ちが周りに伝わってしまうくらいの表情や声でケルベロスに訴えた。
「マスター相手に隠し事は許されニャいニャー。嘘も駄目ニャー」
ケルベロスはニャーニャー言いながら素っ気ない口調で返した。
「まだ被害者は出ていない。マスターはそこまで激怒しないのと違いますかね?」
三人の中で一番背の低い男がぼやくように言った。
するとケルベロスはその男に対してキリッとした睨みとキツメの言葉を発する。
「シバテング、余計ニャ事を言うニャ。まずは目の前の仕事に集中するニャー」
「そうですよー、その通りですよー。カマイタチもー、シバテングもー、マスターの下知を忘れたんですかー」
髪の長い美男子が語尾を伸ばしながらおっとりした口調で話す。
三人とも派手だがその中でも最も派手。
紫を基調にしつつ様々な色が施されている衣装。
「いやいや忘れてないよ、クジャクコウシュ。忘れるわけがないじゃないか。善意ある人間を守り、悪鬼を冥府に封緘せよ」
カマイタチは美男子クジャクコウシュにマスターから受けている至上命令を言って聞かせた。
「そうニャ。それが分かっているのニャら、さっさと仕事するニャー」
早く動き出せと言わんばかりにケルベロスは仕事の開始を催促した。
その言葉を受けて三人はそれぞれの武器を用意する。
カマイタチは夜の闇に紛れそうなほど黒い刀身の日本刀を抜いた。
光の反射による輝きは一切ない。
それどころか逆に光を吸い込みそうな雰囲気さえある。
シバテングはボクサーの使うグローブのような装備を両手にはめた。
ただしその大きさはボクサーの使用するそれの倍以上のサイズ。
しかも形状は虎の手を模したような形。鋭い爪も付いている。
クジャクコウシュは孔雀の羽のように鮮やかで煌びやかな彩りの扇を広げた。
その美しさは見る者を魅了する。一見して武器とは見えない。
まるでこれから演舞でも始めるかのような装飾が施されている。
三人が臨戦態勢に入ったのを見たケルベロスはカマイタチの肩から降りる。
「悪鬼即滅! 十二使徒たちよ、仕事の時間だニャー!」
その言葉を合図にカマイタチとシバテングはナマハゲへ、クジャクコウシュは家主たちの方へ向かう。
「言う事きがね子は懲らしめっぞー!!」
ジジナマハゲの怒鳴り声と共に二体のナマハゲの影から魑魅魍魎が続々と出現。
黒い靄で出来た人間の姿を模した魍魎。
しかしながら目玉だけとても赤い。
しかも赤いだけでなく、炎が灯されているかのようにゆらゆら揺らめている。
その数は二十体。
手には柄の長い槍や海賊が持つような湾曲した刃の剣を握っているものもいる。
魍魎数体が家主たちに襲い掛かる。
悲鳴を上げる子供だち。
「てめえら、何とかしやがれ!」
親戚の中にいた金髪男性30歳が怒鳴る。
そして自分の近くにいた子供たちを魍魎の方へドンと突き飛ばした。
不意の出来事に何が起きたのか理解できない子供たち。
そこへ魍魎の黒い手が子供たちに向かって伸びてくる。
だがその危機に登場したのはクジャクコウシュ。
大きな扇を振り回して魍魎を一撃で蹴散らす。
その動作のままくるりと体を回したクジャクコウシュ。
金髪男性に冷たい視線を向けて一言モノ申す。
「あらー、駄目ですよー。貴方の行為は善意ではありませんー。悪意ですー」
クジャクコウシュは子供たちに自分の後ろへ来るよう優しく促す。
「クジャクコウシュ殿はそのまま人間たちをお守りくだされ。カマイタチ殿、魍魎の始末は我々だけ充分だと思いますが違いますかね?」
シバテングはそう話しながらカマイタチと視線を交えた。
「間違いない!」
返答したカマイタチは素早く風を切るような太刀捌きで魍魎を両断していく。
斬られた魍魎は雲散霧消。
弾けるように飛び散り、初めからいなかったかのように姿を消した。
その光景を見たシバテングは魍魎を相手に相撲の張り手を喰らわせる。
カマイタチに負けていられない。
そう言わんばかりの強い一撃で魍魎を吹き飛ばした。こちらの魍魎も姿を消す。
二人の勁勇無双の活躍で魍魎を次々と撃破。
残すは二体のナマハゲのみとなった。
赤のジジナマハゲが出刃包丁でカマイタチを後ろから斬り付ける。
しかし事前に気付いたカマイタチ。
くるりと振り返り漆黒の日本刀で出刃包丁を受け止めた。
金属同士のぶつかる鈍い音が耳をつんざく。
ジジナマハゲはもう一度振りかぶり勢いよく出刃包丁を振り下ろした。
今後は太刀で受け止めず、カマイタチは体をひねって攻撃をかわす。
そしてそのまま流れるような動きで水平に太刀を振るった。横一文字。
「嵐神八雲流・壱の太刀・裂葉風!!」
カマイタチは技の名前を言いながら剣技を繰り出す。
その技でジジナマハゲの胴体は真っ二つに両断され、ジジナマハゲの上下に分かれた肉体は魍魎たち同様、靄が晴れるように跡形もなく消えてしまった。
時同じくして青のババナマハゲと戦っていたのはシバテング。
次に技名を叫んだのは彼だった。
「鹿島雷神術・相撲道・大筒太鼓!!」
こちらもカマイタチのように得意技が炸裂する。
躱されたら終わりの大振りの張り手。一撃必殺。
その右手の一発がババナマハゲの胸元に深く突き刺さった。
そして一撃が当たった瞬間、ドーンという大きな音を響かせる。
ババナマハゲの身体は家から飛び出し庭まで突き飛ばされた。
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「悪鬼は二体とも消え去り、冥界に封緘されたニャー」
カマイタチの肩に乗ったケルベロスは満足そうに言った。
「マスターに報告する為に帰還するニャー」
「あ、あのー……」
古民家の家主がおそるおそる話し掛けてくる。
「ニャにか用かニャー」
「助けていただきありがとうございます。あなた方は何者なのでしょうか。それと、先程までいたナマハゲは何だったのでしょうか」
「あー、あれはね――」
カマイタチが説明しようとしたところにケルベロスが口をはさむ。
「余計な事を言う必要はニャい。もうお仕事は終わりニャ。戻るニャー」
「まあまあ、良いじゃない。質問が命令であるのなら、善意ある人間の質問に答えざるを得ないのも、俺らを縛る原則の一つだろうしね。俺たちは妖神。世界の平和を守るヒーローって思ってもらえれば良い。冥界に封印されていたはずの妖鬼がね、ちょっとした拍子に解放されちゃってね」
カマイタチがそう言うと、それに続くようにシバテングが口を開く。
「妖鬼は人間の悪意に触れると悪鬼に化ける。悪鬼になったモノは人間を襲い始める。先程の悪鬼は神だった頃はナマハゲと呼ばれておった。元は八百万の神の一員だったのじゃが、強い自尊心が原因で妖鬼にに堕ちてしまった。不幸な末路を辿った神、とも言えるのと違いますかね?」
シバテングは憐れむような表情を見せて問いかけた。
うん、と頷いてクジャクコウシュが言葉を続ける。
「本来の彼等はあのような性質ではなかったのですがー。残念ですー。それと、善意なき人間に対する保護義務は原則の外にあるー。こちらも残念ですー」
クジャクコウシュは金髪男性を一瞥した。
ケルベロスもチラリとその視線を追ったがすぐに視線を元に戻す。
「話は終わったニャ。サッサと戻るニャー。行くぞ、妖神回帰ニャー!」
ケルベロスが短い呪文を唱えるとたちまち三人の姿は消えた。
後に残ったのは損壊した古民家と呆気にとられた家主と親戚一同。
そして血まみれになり倒れている金髪男性。
「ママー」
女児は母親に抱きついた。
恐怖から解放されたその顔は満面の笑み。
そんな娘を母親はしっかり抱きしめ、助けられた事を心の底から感謝した。
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