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タラントのたとえ話・異聞

作者: 境時生

小学生のとき、宗教の時間で聞いた聖書のたとえ話が、どうしても納得できなかったのです。社会人になってからも、腑に落ちないままでした。そうそう簡単に商売で元手が2倍になるなんてことはありえない。起業してもほとんど失敗するのが現実ではないか、と。

そんななか、マザー・テレサの

「神様は私たちに、成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。」

という言葉を知って、このたとえ話を私なりに味付けしてみました。

 あるところに、何人もの人を雇い、手広く商いをしている店の主人がいました。ある日のこと、商用で遠くの国に出かけるため留守をすることになり、使用人のうち3名を呼んで、それぞれ留守中の役割を言いつけることにしました。

最も年長の使用人には、5タラントの金を渡してこう言いました。

「お前には、私の留守中に、この店の差配を任せる。この金を当座の運転資金として事業を拡張してみなさい。」

 もう一人の使用人にはこう言い渡しました。

「お前にはこの2タラントを与えよう。この資金を元手にして、新しい店を興しなさい。」

さらにもう一人、最も年若い使用人を呼んで、こう告げました。

「お前には、まだ商売の経験が浅いが、この1タラントを渡しておく。この1タラントで何ができるか考え、自分で判断を下し、実行しなさい。」

こうして主人は永い商用の旅へと出かけて行きました。


 三か月後5タラントの運転資金を与えられた年長の使用人は、それを買付の元手にして、店の売上を2倍にすることができました。しかし2タラントを手渡され使用人は、さっそく新しい店を開いたものの、初期投資を回収できず、新しく商品を仕入れることができなくなり、まもなく経営が行き詰ってしまったのです。

1タラントを受け取った使用人は、どうしたものかとしばらく悩んでいたのですが、新しい店が行き詰った様子を見聞きし、すっかり怖くなってしまいました。何もしないまま、妻の実家で無為に過ごしていたところ、半年後には、もともとの店のほうも投資や仕入に失敗したらしいという噂を聞き、ますます怖くなって、ついにご主人様から預かった1タラントをそのまま甕に入れ、人目につかないように妻の実家の庭に埋めて隠すことにしました。


 一年がたって、商人が旅から戻ってきました。店に戻った主人は、さっそく店を任せた使用人を呼んで留守中の様子を聞きました。

 「お前は私が与えたあの5タラントをどのように使ったのかね?」

店を任された使用人は答えます。

「ご主人さま、私はあの5タラントを運転資金に、すぐ店の売上を2倍にし、10タラントにいたしました。しかし、新しい店が2タラントを元手に商売を始めたものの、お金が尽きて困っていると聞き、頼まれるまま2タラントを貸しました。ご主人さまならきっとそうなさると思ったからです。その後、私も仕入れを失敗し、今手元には3タラントが残っています。何とか店を続けることができたものの、いただいたお金を増やすどころか、減らしてしまいました。ご期待に添えず、申し訳ありません。」

 ちょうどそこへ、新しい店を開いた使用人がやってきました。そこで主人は、この使用人にも、どのような首尾だったのかを聞きました。

「ご主人さま、私はお言いつけどおりに、いただいた2タラントを元手に、さっそく

新しい店を構えました。ただ、最初の仕入でお金を使い果たし、仕入れた商品もすぐには売れず、すぐに行き詰ってしまいました。このまま店をたたむのでは新しい店を始めた意味がないと思い、この店に伺い、状況をお話して、2タラントほどお借りしたのです。それで何とか店を続けることができ、いただいた2タラントを何とか4タラントにすることができました。今日は、あの時お借りした2タラントをお返しに伺ったのです。」

 そこで主人は、年長の使用人に向かって言いました。

 「お前は金を増やすことができなかったと言ったが、その金で店を維持しただけでなく、新しい店を助けてやったことで、今また2タラントを得ることができた。十分私の期待に応えてくれたではないか。おまえの判断は正しかったのだ。店を維持し、顧客の信用も失わず、助けを求めにきた仲間を見捨てるようなことをしなかったおまえは、手許に残ったのは渡したときの5タラントだが、その金で2つの店を救ったのだ。十分に私のタラントを有効に使ったのだ。」

 すると、新しい店の使用人が言いました。

 「ご主人さま、借金を返したことで、私の手元に残った2タラントをお返しすることができます。しかしそれよりも私は、ご主人さまを新しい店にご案内できることが、何よりうれしいのです。ぜひいらしてください。」

そこで主人は、その使用人とともに、新しい店の様子を見に行き、そこで使用人に言いました。

 「お前も一時は、私からの2タラントを失ったと思ったかもしれない。しかしその失敗にくじけず、自分で道を切り開いた。そして新たな2タラントだけでなく、新しい店、新しい顧客を得ることができた。今手元にあるのは同じ2タラントだが、その価値は全く違う。お前も私が与えた2タラントを最大限に活かすことができたのだ。」


 さて、妻の実家に居候していた使用人が、主人が商用の旅から戻ってきたこと、他の使用人たちが渡されたお金をそのまま返したことを聞きつけました。そこで金庫にしまっておいた1タラントを主人に差し出して、こう言いました。 

「ご主人さま、この通り、貴重な1タラントを失うことなく守り抜きました。」

それに対して主人は問いかけました。

「これは、1年前に私がお前に渡した、あの1タラントか?」

「はい、ご主人さま。まさにあの1タラントでございます。私もほかの使用人たちと同様に、お預かりしたお金をお戻しすることができ、大変光栄でございます。」

この返答に、主人はいたく不機嫌になり、こう諭しました。

「確かに、私の店も新しい店も、今手元に残っている金は、私が1年前に渡した金額のままだ。しかしわたしがお前に問いたいのは、金額の増減ではない。その金を活用してお前が何を得たかだ。新しいことに挑戦したか? 新規顧客を開拓したか? 客の信用を得ることができたか? お互い苦しい時に助け合える仲間を得ることができたか?

1年前の5タラントは5タラント、2タラントは2タラントのまま戻ってきた。しかしそれはあのときの5タラント、2タラントのままではない。彼らはそのお金を有効に使って、お金以外の、経験や信用といった、何ものにも代えがたいものを得たのだ。それに比べてお前の1タラントは何も生み出さなかったではないか」

 主人の権幕に驚いた若い使用人は、こう抗弁しました。

「しかし、ご主人さま、私は初めから何もしようとしなかったわけではありません。新しい店が2タラントもいただいたのに、行き詰った姿を見て、私は怖くなってしまったのです。さらに5タラント渡された店の失敗話も聞いて、とりあえずお預かりしたお金を失うことだけは避けようと考えました。そもそも私にはたったの1タラント。一体これだけで、どうしろとおっしゃるのですか?」

 この言い訳に、主人は悲しい顔をしながら答えました。

「確かに私は若いお前に1タラントしか渡さなかった。しかし、何をしてもよいといったはずだ。店を構えるほどの資金ではないのなら、行商に出ればよい。お前の妻の実家のツテを頼って新しい顧客を開拓することもできただろうし、自分で商売する知識も経験もないのが心配だったのなら、その1タラントを資金の尽きた新しい店に貸し付けることもできただろう。1タラントで開業資金が足りなかったのなら、もともとの私の店の商売がうまくいっているときにかけあって、追加資金を融資してくれるよう頼むこともできただろう。商売や投資に自信がなかったのならば銀行に預ければ、せめて利子がついたではないか。しかし、お前は何一つ行動を起こさなかった。だから、お前の1タラントは何も失わないかわりに、何も生み出すことができなかったのだ。いや、お前は大切なものを失った。私の信頼という大切なものを。」


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