【第9話 おおきなかぶ】
魔王城は城と言ってもちょっとした街のようなものである。当然敷地内には魔物達の居住区もあるし、商店街、娯楽施設もある。そして食物を作る田畑もある。畑でかぶを収穫中していた野菜人達は、ひとつだけ場違いなほどにでかいのを見つけた。
「すごいな。なんでこれだけでかいんだ?」
確かにそのかぶは地面から出ている部分だけでも野菜人たちよりはるかに大きく、埋まっている部分も加えれば彼らの20倍ぐらいありそうだった。
「おまえよりずっとでかいな。父ちゃんじゃないか」
かぼちゃの野菜人に言われ、かぶの野菜人がむくれた。見た目は野菜や果実に細い手足の生えた野菜人や果実人達だが、彼らは野菜や果物ではなくれっきとした魔物である。作物と一緒にされるのは不愉快だった。
「とにかく抜こう。シチューにして食ってやる」
かぶの野菜人が大きなかぶの葉っぱをつかんで「うんとこしょ、どっこいしょ」と抜こうとするが。大きすぎてびくともしない。
「みんな手伝え」
野菜人や果実人達が力を合わせてかぶを抜こうとする。「うんとこしょ、どっこいしょ」まだまだかぶは抜けません。
近くの畑で作業をしていた者達にも手伝ってもらいます。「うんとこしょ、どっこいしょ」やっぱりかぶは抜けません。
「ダメだ。巨人さんやゴーレム呼んでこい」
魔王城でも力自慢の魔物を呼ぼうとしたその時、おおきなかぶの横に1本の線が引かれたかと思うと、それが大きく開いた。まるで巨大な口を開けたかのように。そしてその奥から重い声で
「食ってやるぅ」
突然のことに悲鳴を上げる野菜人、果実人達。大きなかぶはその開かれた口で彼らを次々と飲み込んでいく。
「魔物食いかぶだ! 逃げろ」
かろうじて食われるのを免れた野菜人達は、そろって魔王城に逃げだした。
「なるほど、でかいな。野菜人の新種ではないのか?」
「こんな奴と一緒にしないでください」
異議を唱える野菜人達を尻目に、魔物食いかぶを見上げながら魔王ボンキュボンがゴールデンスケルトンのキンさんを伴い近づいていく。
「魔王様、危ないですよ」
心配そうな魔物達に大丈夫だとばかりに手を振ると改めて魔物食いかぶに向き直る。と、
「お前らも食う!」
大口を開けるように魔物食いかぶが開いた!
たまらず逃げ出す魔物達。だが魔王とキンさんは落ち着き払って
「新種か?」
「食うという割りには口の中に歯もないですし、生まれかけの半端な状態なのでは」
「なるほど、核実験によりかぶが怪物化したのか、あるいは地球温暖化の影響、もしくは自然環境破壊による突然変異ということで」
「B級モンスター映画じゃないんですから」
途端、人喰いかぶが土から飛び出すとぱくっと魔王を丸呑みした。
たまらず悲鳴を上げる魔物達の前で、魔王が中から口をこじ開けた。その腕にはバナナの果実人が抱えられていた。
「なるほど、確かに歯がないな。砕かれることもなかったぞ」
飛び降りると一旦人食いかぶから離れた。救出したバナナの果実人を横たえると、心配な仲間達が駆け寄ってくる。
「気を失っているだけだ。医務室で休ませてやれ」
バナナ果実人の体にはかみ跡こそないが、あちこち潰れるように歪んでいる。果実人達が大急ぎで抱えて医務室に走って行った。
「奥の方にまだ何人かいた。あいつらも助けないと」
「……そうはさせん」魔物食いかぶが怒ったように頭の菜をピンと立たせ「俺は食うんだ。食う側に行くんだーっ!」
その執念すら感じさせる声に魔王が足を止めた。
「食う側だと?」
魔物食いかぶはその巨体を揺さぶり
「そうだ。俺達かぶはいつも食われる側だった。せっかく大きく育っても、引っこ抜かれぶった切られ食べられる。漬物にされたり味噌汁の具にされたり。食べられてばかりは嫌だ。俺だって食いたい、食う側に行きたい! そして叶ったのだ。突然俺は他の生き物を食えるようになった。近くにいた生き物を食ったときの喜び、快感。食う側って素晴らしいーっ!」
大きく口を開き、歓喜に巨体が震える。
「かぶよ」魔王が諭すように「生き物というのは、何であれ他の生き物の体を食べて生きている。お前も今まで土の養分を食っていたはずだ」
「実感ない! ああ、食ったんだという満足感がない! それに対して今はサイコー!」
「そうか」
言うと同時に魔王が魔物食いかぶの大きく開いた口の中に飛び込んだ。
口を閉ざそうとするのを、魔王は自分の体をつっかい棒のようにして阻止する。そのまま片腕を伸ばすと羽衣が喉の奥へと伸びる。目当ては奥にまだ残っている食べられた野菜人達の体だ。しかし羽衣はその体に触れるが、全身唾などでベトベトになった体はぬるりと滑って捕まえられない。
「キンさん、手を貸せ!」
「左腕で良いですか」
キンさんが肩から左腕を外すと魔王に投げ渡す。スケルトンだからできる技だ。
魔王は受け取ったキンさんの左腕に羽衣を絡めると再び奥に飛ばす。
野菜人達の体をキンさんの左腕がガッチリ掴むと、反対側の羽衣魔物食いかぶの外に飛ばす。そちらを野菜人、果実人達ががっちりと掴み。
「引っ張り出せ! 体の大きい奴はこのかぶを押さえつけろ」
周囲の一つ目巨人やゴーレム達が魔物食いかぶに飛びつき、押さえつける。
それに合わせて野菜人達が
「うんとこしょ、どっこいしょ」みんなが踏ん張り引っ張れば
「うんこらしょ、どっこいせ」みんなが力を合わせれば
すぽーん! 魔物食いかぶの喉の奥から飲み込まれた野菜人達が勢いよく飛びだした!
「何てことしやがる。せっかく食ったものを出しやがって」
怒り心頭の魔物食いかぶに
「食っていない」
魔王が指さす先には、先ほど引っ張り出された野菜人、果実人達が転がっている。
「食うと言うことは口に入れて飲み込むことではない。消化し、自分が生きる力とすることだ。だが見ろ、お前が食ったという彼らは、腹の圧力で多少歪んでいるがそれだけだ。まったく消化されていない。お前は彼らを口の奥に入れただけで食ってはいないのだ」
「何だと……」
ゴーレム達を払いのけ立ち上がる魔物食いかぶ。が、すぐにふらつき倒れる。
「何だ、力が入らねえ」
魔王は哀れみの混じった目を大きなかぶに向け
「お前は土から出た時点で地中の養分を吸収できなくなった。ものを食って栄養にすることも出来ん。それでいて動いてエネルギーを消耗する……なんでこんな中途半端な魔物化なのか知らないが、お前はもうじき死ぬ」
「そ、そんな」
震える人食いかぶ、いや、ただの喋る大きなかぶの葉がみるみるしおれていく。身の艶がなくなりシワシワになっていく。
「最後に聞いておこう。死んだ後、お前は我々に食われるのと土に埋まり朽ち果てるのとどちらが良い?」
「俺は、死んだ……ら……」
それっきり大きなかぶは動かなくなった。
「答えないまま死んでしまいましたな」
左腕を戻したキンさんが、大きなかぶのしおれた表面をそっと撫でる。
「ああ……ずるいな……」
魔王の目の前にあるのは、もはやただのしおれた大きなかぶでしかない。
その時、かぶが動いた。というより激しく揺れた。
「まだ生きてるーっ!」
魔物達が一斉に尻込みして逃げ出す中、魔王とキンさんだけは1歩も動かず、静かに対峙していた。2人ともこの動きがかぶ自身によるものではないことに気がついたからだ。
2人の目の前でかぶの口が押し広げられ
「光だーっ!」
「助かったーっ!」
中から勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティが出てきた。
「こいつら、どこに入っていた?」
魔王がかぶと勇者達を見比べる。どう見てもかぶに先ほど助けた野菜人達とこの5人が入るスペースはない。
「かぶの口の中は一種の特殊空間だったのかも知れませんなぁ」
「だとしたらいくらでもやれる仕事はあったぞ」
「もったいないかぶを失いましたなぁ」
頷き合う魔王とキンさんに勇者達がやっと気づき
「お前、魔王ボンキュボン!」
「この魔物はお前の手のものか?!」
「なんでお前達がこいつの腹の中にいる?」
「決まっている。魔王城を裏から攻めようとぐるっと回り込み、なんだか知らないがかぶ畑を突っ切っているときにいきなり襲われ、気がついたらへんな狭い空間で全員ぎゅうぎゅう詰めだ」
それを聞いて魔王がぽんと手を叩く。
「あいつが近くの生き物を食ったというのは、お前達のことか」
「ここで会ったがちょうど良い、今日こそお前を」
剣を構えようとして気がついた。目の前にいるのは魔王の他にキンさんと多くの野菜人、果実人、一つ目巨人にゴーレムなど多数の魔物。
勇者は静かに剣を鞘に収め
「今日のところは見逃してやる!」
5人そろって逃げ出した。
「それは本当か?!」
魔王城執務室。唖然とするボンキュボンはキンさんは
「わかりません。あくまでもその可能性があると言うだけですが。あのかぶが魔物食いへと変異したのは、放射線の影響でも地球温暖化による特別変異でもありません。魔王様の魔力によるものです」
彼女の前には魔物食いかぶについて調査した報告書を手にしたキンさんと医局長ブランク・ジャンクが立っている。
「魔物は基本的に自然界の生き物の1ジャンルに過ぎませんが、中には自然界の生き物、物質が魔力によって変異したものもあります。ただの物質であるゴーレムが魔力の付加により意思を持ち、動き出すようなものです」
ジャンクがキンさんの説明を引き継ぎ
「古来より魔王城の周辺では魔王から自然とあふれ出た魔力により生物、非生物を問わず魔物化する現象が確認されています。人間達が具体的な敵対行動を取らない魔王も討伐の対象としているのは、魔物化現象を防ぐためというのが理由の1つです」
「すると、あれはかぶが私の魔力により突然変異、魔物食い化したということか?」
「先ほど申し上げましたように、あくまでその可能性も考えられるということです。しかしこれが事実としたら、これから徐々に魔王城周辺で新たな魔物が生まれたり、既存の生物や物体が魔物化する可能性があります。日頃から魔力放出を抑える羽衣を纏っていますからその可能性はかなり抑えられているとは思いますが」
ボンキュボンはへたり込むように椅子の背もたれに身を預けた。今まで見たこともないような、大ダメージを受けたような顔だ。
「あれが私の魔力によって生まれた魔物なら、私の子供みたいなものだ……それを私は……」
がっくりと机に突っ伏す。彼女の体の下から涙の川が流れ出て、そのまま床に落ちた。
魔王城内、畑が広がる地区の片隅にかぶの形をした墓石が置かれ、花が添えられている。
魔物として生まれながら、産声も消える間もなくその生涯を終えたあるかぶがこの下で、新たな作物を実らせる肥料となっている。
(おわり)