【第8話 おっぱいベースボール】
魔王城のモブ従業員達である野菜人・果実人たちは娯楽の一環として野球チームを作っている。チーム名はそのまんま「野菜ベジタブルス」「果物フルーツズ」名前の通り野菜人チームと果実人チームである。
今日も敷地の一角にあるグラウンドで試合をしている。今までの対戦成績は52勝52敗。正に五分五分だ。
1対1で4回を終えた時、
「へっぽこチーム共よ。お前達がグラウンドを使おうなどとは100億年早いわ!」
突然真っ赤なユニフォームを着た人間たちが現れ、バットを振り回してグラウンドに乱入してきた。手近な野菜人、果実人を打ち倒し、ピッチャーマウンド仁王立ち。そんな乱入者たちに対し
「やれやれ、無粋な」
主審が前に出るとマスクを外す。下から現れたのはご存じ魔王ボンキュボン。
「グラウンドを使いたければ受付で申請、日時を決めろ。今日この時間は野菜ベジタブルズと果物フルーツズの試合と決まっている」
「そんな魔物の試合などどうでも良い。国王のしたいことは全てに優先する!」
人間達から前に出、胸を張るその男の顔にボンキュボンは見覚えがあった。
「カクーノ国王サン・タクロース17世!」
年の頃は20代。顔は一応美形と言えないこともないが、心は世界の価値観が逆転しない限り美しいとは言えない男。
「いかにも。さすがに未来のご主人様の顔は覚えているようだな」
「未来のご主人様……誰だそいつは?」
「私のことだ。先日王宮に来たとき、是非愛人にしてくださいと全裸で土下座したのを忘れたのか?!」
胸を張るタクロース17世にボンキュボンはきょとんとして
「そんな記憶はないが?」
私も書いた記憶がない(作者)。
「本人や作者に記憶がなくとも、私がそうだと言えばそうなのだ。なぜなら私は国王なのだからな」
周りの人間の選手達が一斉に跪く。その中に見知った顔を見つけたボンキュボンは
「おお、お前達もいるのか。いい加減この男は見限った方が良いぞ」
にこやかに手を振った。そう、見知った顔というのはご存じ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティ。今回は全員他の者達同様真っ赤なユニフォームを着ている。
挨拶されて勇者達も困ったように肩をすくめるが、タクロース17世はそんなことは気にも留めず
「そんなことより、予がここに来た理由は1つ。ボンキュボンよ、お前達の配下の野球チームと我々とで野球の試合をしろ。そして我々が勝ったとき、お前は予の愛人となるのだ!」
「やだ」
ボンキュボンは即答した。
「少年漫画のバトルものじゃあるまいし、一方的に勝手な条件をつけられて呑むわけがなかろう」
「でも魔王さま。野球の試合はしてみたいです」
隣に立っていた野菜人が言った。
「そうです。いつも同じ相手だとつまらないです」
果実人も同感とばかりに頷いた。
「そうか。よし、国王よ。条件を変えれば試合は受けてやる」
「よし。では我々が勝ったらお前は予の奴隷に」
「断る」
言い終わらないうちに即答した。
「ん~。よし、ならば我々が勝てばお前のおっぱいを揉ませろ!」
その時、タクロース17世以外の人の心が1つになった。
(((……こいつ、本当に国王か……?)))
結局この提案は通り、その代わり野菜人・果実人混合チーム「オイシイズ」が勝ったら今後城に来て何かするときは、ちゃんと受付で手続を行うということで話がついた。
試合は王様バンザイズの先行で始まり、審判はキンさんが勤めることになった。もちろん判定は中立の立場で行うことを双方に宣言している。
プレイボール!
「良いのですか。野球は元々人間達のスポーツ。野菜人果実人の体型を考えても、我々が負ける可能性の方が高いですが」
オイシイズのベンチでボンキュボンにブランク・ジャンクが声をかける。怪我人が出たときのため、医師である彼が控えているのだ。
「負けてもかまわんさ。私が1度胸を揉まれれば良いだけの話。見たところ連中はあのバカ王以外は比較的まともそうだ。それで人間達との交流が生まれれば十分元は取れる」
小さく頷いた途端、快音が響いた。戦士の豪快な先制ホームランだ。
気持ちが良いほど軽快な快音がグラウンドに響く。
「いやぁ、さすがにあの王が選んだメンバーだけあってよく打つな」
1回表が終わって7対0。バンザイズの一方的なリードである。
「うーん。やっぱり強いな」
泥だらけになって戻ってきた野菜人果実人たちがお気楽に笑う。
「次はこっちが攻撃だ。1番バッター行け!」
バットを手にトマトの野菜人がバッターボックスに向かう。相手のピッチャーは何とタクロース17世。
「予自らお前達を三振に取ってやる。行くぞ!」
ボール、ボール、ボール、フォアボール。
「あいつコントロール悪すぎ」
お気楽に笑う野菜人果実人。だが、もともと彼らの身長は個体差はあるが1メートル前後。つまり、ストライクゾーンがやたら狭いのだ。中には高さにして20センチないのもいる。野球に関しては素人のタクロース17世がストライクに入れるのはかなり難しい。
ついに一球もストライクが入らないまま10人連続フォアボールで7対7の同点になった。
「あーつまらん!」ついにタクロース17世がキレた「予はもう知らん。お前、代わりに投げろ」
とボールを勇者に押しつけた。
「仕方ないな」
と勇者はまんざらでもない様子でマウンドに立つ。
「おい、魔物達。俺が投げる以上、今までのようにただ突っ立っていれば良いと思うなよ。こう見えても俺は故郷では1週間に1度の逸材と言われたんだ」
その言葉通り、勇者の投げたボールは紛れもないストライクゾーンに
カキーン!
バッターである桃の果実人の一打は見事な満塁ホームランとなった。
「勇者よ、忘れたか。ここにいるオイシイズのメンバーは魔王城野球チームの中で指折りの選手ばかりだ。ただストライクさえ投げればアウトに出来ると思うな」
腕を組んだボンキュボンが仁王立ちして言い放つ。
とはいうものの、やはり地力は人間達の方が上らしい。7対12で迎えた2回。バンザイズは6点取り再びリードした。
2回裏。マウンドに向かう勇者にタクロース17世は「これを使え」とボールを手渡した。
なんだと思いつつも投げる。真っ直ぐストライクゾーンに向かうボールを、もらったとばかりにレタスの野菜人がバットを振るうが空振り。そのまま三振した。それだけではない。続くバッターが皆そろって空振り三振。2回裏は3人で終わった。
ベンチに戻る勇者はタクロース17世に
「陛下。何ですかアレ? ボールが勝手にバットを避けたように見えました」
「王宮魔術師に用意させた『バットを避ける魔法』をかけたボールだ。このまま逃げ切るぞ。これで魔王のおっぱいは予のものだ!」
高笑いするタクロース17世に勇者は拳を振るわせながら(俺だってプライドって物があるんですよ)という言葉を必死で飲み込んだ。
一方、ボンキュボン達もボールにかけた魔法に気がついた。今まですさまじい打撃戦だったのが、双方まったく打てない展開になったのだ。
「ボールにかけたられた魔法。拒絶系ですね。おそらくバットを拒絶する魔法がかけられているんでしょう」
オイシイズのベンチでジャンクが両手の指で作った円を通してボールを見ている。魔物の病気にはかけられた魔法の不具合によるものも多い。そのため、医師である彼は付加刑の魔法についても詳しいのだ。
「魔法を解くことは出来ますが、かけられたボールが1つだけとは限りません」
「何、方法はある。最終回まで待て」
じっとボンキュボンが見つめる先には、悔しげに唇を噛みながらボールを投げる勇者の姿があった。
そしてバンザイズ1点リードのまま迎えた9回裏。選手達を集めて魔王は
「お前達。不満だろうが今回は私の指示に従え。一切バットを振るな。どんなに打てそうに思ってもだ」
首を傾げつつバッターボックスに立つ野菜人に対して勇者がボールを投げる。その時、ボンキュボンはベンチで先ほどのジャンクと同じように両手の指で円を作っていた。投げられたボールがその円を通して見えたとき、彼女が念を込める。
途端、ボールはストライクゾーンをそれた。誰が見ても文句のないボールだ。
「何をしたんです?」ジャンクが聞いた。
「ボールにかけられた魔法に拒絶対象を1つ加えただけだ。ストライクゾーンをな」
それによってストライクゾーンを拒絶するようになったボールは、初回のタクロース17世を思わせるようなフォアボールの連続で、ついに無死満塁となった
「どうした。ボールに不具合でもあったか?」
ボンキュボンの言葉に勇者はボールの仕掛けが見破られ、対策されたことを悟った。
「……そうらしい。新しいボールをくれ」
吹っ切れたように笑顔になると、勇者は今までのボールを自軍のベンチに投げる。ボンキュボンが新しいボールを勇者に投げると
「妙な仕掛けなどしていないから安心しろ。それとピンチヒッター、私だ!」
一回転すると彼女の服が野球のユニフォームへと替わる。背番号は彼女のバストサイズ95だ。
「魔王さま、野球したことあるんですか?」
「基本ルールぐらいは知っている。まかせろ」
心配そうな視線を背にバッターボックスに入りバットを構える。が
「魔王さま。持つ手が逆!」
右のバッターボックスに立つボンキュボンは、左手を上にしてバットを握っていた。
ピッチャー勇者、バッターボンキュボン。バットを正しく持ち直した彼女に向かって勇者第1球! 野球の素人と侮ったかど真ん中だ。
ボンキュボンのバットは見事にそれを捕らえた。
快音と共に打たれたボールは勇者の顔面を直撃! 勢いでフライになったボールを突っ込んできたセカンドの戦士2がダイレクトにキャッチ。そのまま三塁に投げる。半ば飛び出しかけたランナーの野菜人は戻れない。サードの魔法使いがボールをキャッチするとそのまま野菜人にタッチし二塁についた賢者にボールを投げた。慌てて戻る二塁ランナーの果実人だが戻りきれずアウト。
「……トリプルプレー……」
オイシイズベンチが唖然となった。試合終了。13対12で王様バンザイズの勝利である。
「トリプルプレーとは、良いモン見たな」
「あれをやられちゃ負けても仕方ないよ」
野菜人、果実人たちが素直に負けを認め、ボンキュボンが勝利投手となった勇者に歩み寄る。が、肝心の彼は顔面にボール直撃の跡をくっきり残した白目を剥いている。
「ドクター、彼を見てくれ」
「了解……命に別状はありませんが、顔面強打ですからしばらく安静にして様子を見ましょう」
ジャンクが指先で勇者の頭部を診察するのを心配そうに見つめる他のメンバーに対して、タクロース17世だけが浮かれている。
「勝ったぞ、魔王よ、約束を忘れるな。おっぱいもみもみ!」
「そうだったな。約束は守らねば」
ボンキュボンは倒れている勇者の手を取ると自分の胸に押し当て揉ませる。
「待て。揉むのは予だ」
「揉ませると約束はしたが、誰が揉むかまでは決めていない。やはり試合の功労者が揉むべきだろう」
言い合う2人の足下。手に残るボンキュボンのおっぱいの感触を浸ることも出来ず、勇者は目を回したままだ。
夕日の中、バンザイズとオイシイズの選手達が握手して互いを褒め称えていた。
(終わり)