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未亡人魔王ボンキュボンの城  作者: 仲山凜太郎
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【第7話 アンデッドでもいい】


 魔王城を囲む外壁の外側には幅10メートル前後の堀がある。魔王城の堀ということで、やってきた人間達は「恐ろしい人食い魚や怪物がいるのでは」と恐れるが、そんなことはない。水は魔王城の堀とは思えないほど透明度が高く、上流と下流の川からやってくる魚もよく見る。天気の良い日などは、野菜人や果実人たちがのんびり魚釣りなどしている。

 だが、そんな堀の水が今、無くなろうとしていた。上流がせき止められ、水が流れ込まなくなったからだ。

「みなさん、準備はよろしいですか」

 胸元まである防水長靴に三角巾、ゴム手袋。ブラシやゴミとり用トングなどを装備した野菜人、果実人達魔王城清掃班を前に、清掃班長エリザベス・マイマイが勇ましい。胸から上は金髪縦ロールのお嬢様。臍から下はカタツムリという魔物のである彼女は、防水長靴も特別製だ。

「今年も来ました魔王城お堀の掃除大作戦。今日の働きが魔王城の生活を支える地盤となるのです。第1~3班はお堀に残った生き物の避難及び清掃終了までの保護、第4、第5班は大きなゴミや枝などの収集、、第6班は堀の石垣や石畳などの清掃。第1~5班で手の空いたものは第6班の手伝いに回りなさい。コケないよう足場のヌルヌルに気をつけて。今日も守るぞ自然環境、明日に続くぞ綺麗なお堀! 掃除の後にはおいしいごはん!」

 彼女の言葉に合わせて皆が一斉にときの声を上げる。作業開始のホラ貝が鳴り響く。

「作業開始!」

 彼女の合図と同時に、次々と水の無い堀に飛び込んでいく。

 水のなくなった底で必死に跳ねている魚たちをすくっては生け簀にいれ、貯まった泥や大きな枝を拾い集める。

「魔王城を人間達にも解放してから、ゴミが増えましたな」

 清掃班の奮闘を吊り橋から見下ろす魔王ボンキュボンにゴールデンスケルトンのキンさんが指さす。果実人が堀から拾い集めたお菓子の袋や馬車の車輪、マネキン人形などが山となっている。。

「だが人間達と交流しなければ、魔王城はいつまで経っても恐怖の対象だ。テーマパークにする気はないが、人間達に対する窓口は必要だぞ」

「おっしゃることはわかりますが」

 その時、野菜人の1人が

「お堀の隅に変な穴が空いてます」

 と報告しにきた。前回の掃除の時にはなかったという。


 その穴は堀の内側、魔王城に向かって壁の一部が崩れるようにして空いていた。堀の水が流れ込み、たまっている。

「かなり深いです。5メートルぐらいあるかな」

 みかんの果実人が、穴に沈めた石を結んだ糸を引き上げ、底につくまでの長さを測る。

「先の大戦で使われた地下通路の一角が崩れたのかもしれません」

 穴をのぞき込むようにしてキンさんが言った。

「先の対戦というと、私の前の城主が勇者軍団と戦ったいうあれか」

 この魔王城、ボンキュボンが来る前は魔王ハラスメントの居城であった。魔王ハラスメントは人間達と戦い、20万人もの勇者軍団に攻め込まれ、ついに命を落とした。ボンキュボンが新たな城主となったのは、それから50年後のことである。

「そうか。キンさんは前は魔王ハラスメントの配下だったな。先の大戦にも参加したのか」

「はい。私がアンデッドになる前です。1度死んだせいかかなり記憶があやふやなのですが、壮絶な戦いだったことは覚えています」

 その大戦は人間達の記録にも残っている。魔王ハラスメントと勇者軍団の総力戦。勇者軍団は何とか魔王を倒すことに成功したが、彼らもまた19万9999人の死者を出している。

「これまで気がつかなかったのは不覚だった。調査の必要があるな。何とか水を抜かないと」

「でしたらお任せあれ!」

 エリザベスが前に出ると三角巾を外し、後ろにいる魔物達に離れるよう指示する。

「いきますわよ、ロールヘアー・逆トルネード!」

 彼女の両の金髪縦ロールが高速回転。いつもはこれで竜巻を起こしゴミや埃を吹き飛ばすのだが今回は逆回転。ポンプのように穴の中の水が縦ロールに吸い込まれ、後ろから排出される。その勢いはすさまじく、水と一緒に魚や泥、ゴミまで吸い出していく。

 そこへ勢いよく巨大な塊が続けて5つ吸い出され、エリザベスに衝突。彼女を巻き込んでひっくり返った。それは

「なんでこいつらがいるんだ?」

 小首を傾げる魔王の視線の先には毎度おなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者オカマの勇者パーティ。5人とも竹筒を加えたまま気絶している。

「おそらく魔王城にこっそり侵入しようと堀を探っていたところ、あの割れ目を見つけ中に入ったは良いものの、堀の掃除が始まって出るに出られず、呼吸もろくに出来ず溺れたところをエリザベス様に吸い出されたのでは」

 キンさんが解説する。正解である。

「そのうち目を覚ますだろう。隅にでも寝かせておけ」

 その視線の先では5人そろって寝かせられている勇者達のお腹の上で野菜人や果実人達がぴょんぴょん跳びはねている。お腹の上に着地する度に勇者達はリズミカルにぴゅーと水を吹いていた。

「了解しました。起きたらごはんを食べさせた上で堀掃除を手伝わせてやりますわ」

 気を取り直したエリザベスが作業再開。1分ほどで穴の水はすっかり吸い出された。

「深さの割りには少ないな」

 魔王が魔法で光の球を飛ばし中を照らす。細長く、石畳で手入れされた通路が見えた。

「キンさんの言うとおり地下通路らしい。出入り口が崩れて塞がっていたんだな」

 中に入ろうとする魔王にキンさんが

「私もお供します。もしかしたら何か思い出すかも知れません」

 と同行を申し出た。


 通路の中には無数の骨が散らばっていた。人間のも魔物のも。水の流れによってそれらはごちゃ混ぜになっている。そんな中、キンさんは進みながら辺りをキョロキョロ見回している。何かを期待しているかのように。

「どうした?」

「いえ……もしかしたら、私のようにアンデッドになっているものがいるかも知れないと」

「可能性はあるが。やはり同じアンデッドの仲間がいないのは寂しいか」

「今の私は寂しくはありません。魔王様をはじめ多くの友がいます。しかし、もしもここでアンデッドになったものがいれば、そのものは今までずっと1人でいたのでしょう」

「そうだな」

 こんな光のない閉ざされた地下で数百年。こんなところでアンデッドになったら拷問だろう。

「私もドラガンが来るまでずっと1人でした。誰も来ないこの城で。それでも外に出られただけ変化を感じることができました。太陽が照り、雨が降り、地面には草木が生え花が咲き、鳥も訪れて声を聞かせてくれました。それでもやはり寂しゅうございました」

 魔王とキンさんが足を止めた。微かだが、確かに他の足音がした。

「キンさん。お仲間がいるようだ」

「仲間かどうか。話が出来るほどの心を保っていれば良いのですが」

 足音の方に向けて魔王が光の球を飛ばした。真っ暗な通路に照らされたのは、剣を手にしたボロボロにさび付いた鎧兜だ。

「勇者……」

 キンさんがつぶやいた。魔王は知らないが、彼には忘れられない、かつて魔王ハラスメントと壮絶な死闘を繰り広げた勇者軍団の1人だ。いや、今は勇者霊と言うべきか。

「……う……う……うぁぁぁぁぁぁ」

 勇者霊が剣を手に2人に突撃してきた。魔王は少しも慌てず右手を前に出した。2人の前に見えない壁が生まれ、勇者霊を弾き飛ばす。

 勇者霊は立ち上がると再び魔王達に突進し、剣を振り下ろす、突き立てる。体当たり。だがいかなる攻撃も魔王バリアに阻まれ届かない。

「落ち着いてください。魔王ハラスメントは死にました。あなたたち勇者軍団が勝利したんです」

 キンさんの言葉に、勇者霊が止まった。

「た……たた……戦い……終わった……」

 まさに数百年ぶりに発した言葉なのだろう。かろうじて形になった発言を終えると、勇者霊は両膝をついて

「終わった……戦い、終わった。帰れる……家に帰れる……」

 ただただむせび泣いた。


 地上に出た勇者霊は、その明るさに困惑しつつも感動し、野菜人達が持ってきたおむすびやサンドイッチを貪るように食べた。冗談抜きで数百年ぶりの食事だった。兜から見える骸骨に飯粒をつけ、鎧の隙間からパンくずがこぼれ落ちる。

「あんた、本当に勇者軍団の一員だったのか?」

 信じられないと言うように勇者が聞いた。気がついた彼らは堀の掃除を手伝わされ、今は野菜人達と一緒に御飯を食べている。

「ああ……」

 答えて骨だけになった手を見る勇者霊。やっと自分がアンデッドになったことを理解し始めたらしい。

「それより……ハラスメントとの戦いから200年以上経ったというのは本当か?」

「はい。今はこちらの魔王ボンキュボン様が城主となっておりますが、戦いますか?」

 キンさんの問いかけに、勇者霊は静かに魔王を見、首を横に振った。

「戦いはもういやだ……帰りたい……でも、俺の家族も友達ももういない……200年も過ぎたらみんな死んでいる」

 静かに顔をあげると、勇者霊の耳に鳥の声が聞こえた。

 改めて見回すと、堀掃除の手を止めてお昼御飯を食べている魔物達。それにまじってお昼を分けてもらって食べる勇者達。戦士がじゃがいもの野菜人からやかんの麦茶をもらっている。

「これは夢か。魔物と人間が仲良くごはんを食べている。殺し合いもせず、のんびりと……これは現実なのか」

 勇者霊と並んでおむすびを食べている魔王が

「まだ大事なことを聞いていなかったな。勇者、名は何という」

「忘れた」

 勇者霊が寂しげにかぶりを振った。これは珍しいことではない。キンさんのように、アンデッドは生前の記憶があやふやになりがちだ。

 勇者が勇者霊の前に片膝を突き

「大先輩。望むなら、故郷に戻るのに付き合っても良いですよ。何なら王宮に行ってまた勇者として登録、今度はこいつらと戦いますか?」

 真面目な問いかけに、勇者霊は彼らを見回し、つづいて魔王達を見た。

「もう戦う必要は無い……人と魔物が当たり前のように一緒に生きている。夢のようだ。俺達が戦ってこのような世界が生まれたのならば、良かった。俺達の戦いは無駄ではなかった。こんな嬉しいことはない」

 涙声の勇者霊に勇者は何か言いかけて止めた。彼の思い違いを訂正するほど野暮ではなかった。

 勇者霊は全てを吹っ切ったかのように立ち上がると、まっすぐ賢者の前に歩いて行く。

「君は賢者か。だったら頼みがある。俺を浄化してくれ。俺は抵抗しないから必ず成功する」

 それを耳にしたキンさんが駆け寄り

「かつての勇者よ。考え直してください。アンデッドだって生きていれば良いことがあります」

「良いことならば、十分すぎるほど見させてもらった」

 もう一度周囲の魔物達と勇者達を見ると、改めて賢者に

「頼む。浄化した後に残った俺の剣と鎧が浄化料だ。ボロボロだが結構良いものだし、決戦の時に勇者が実際に使用したものとなれば、いくらか値が付くんじゃないか」

 勇者霊はゆっくり魔王に振り返り

「魔王ボンキュボン。俺が言うのも変だが……ありがとう。これからも人間と仲良くしてくれ」

「もちろんだ。私は人間と夫婦だった。夫は寿命で死んでしまったが……今でも私の愛する夫だ」

「そうだったのか」勇者霊の言葉には喜びがあった。「その頃のあなたたちを見たかったな」

 それだけ言うと賢者と対峙する。

 周囲に促されるような形で賢者が勇者霊に右手を向け、ゆっくりと詠唱を始めた。

「……アンデッドでもいい。生き続けてほしいというのは、私のわがままなのでしょうか」

 崩れ去り、ただの錆びた剣と鎧、朽ちた骨だけとなった勇者霊を見ながらキンさんがつぶやいた。


 仕事を終え、自室に戻った魔王はどこか寂しげだった。

 彼女は静かにテーブルに飾っていた人間の男……かつての連れ合いの写真を手にする。そんな彼女にキンさんの呟きが何度も甦る。

 無言のまま彼女は写真を抱きしめた。ずっと抱き続けていた。


(第7話 おわり)


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