【第5話 人の病】
「いらっしゃいませ。魔王城へようこそ」
魔王城受付。スイカに手足の生えたような外見の野菜人が、目の前の人間達に挨拶した。人間と言っても10才ぐらいの子供が3人。いかにもみすぼらしい格好をして震えている。
(おい、魔物だ。スイカ人間だ)
(あたしたちを食べたりしないかな)
小声で言っても、しっかり聞こえているので
「大丈夫。確かに私は魔物ですが、お客様を襲ったりはしません」
入り口に置いてある用紙を受け取り
「ソコイラ町の、ターロ君、ジーロ君、ハナッコさんですね。ご用件は……闇花が欲しいと」
「魔王城にあるってお医者様が」
「お母さんの病気の特効薬だって」
「お金はないけれど、ここで働いて返します。闇花をください!」
魔王城も、大っぴらにはしていないが一部の人間や人間組織とつながりがある。医者や錬金術師がほとんどで、魔王城内の過酷な環境でしか生息しない動植物を求める人たちだ。
「闇花と言ってもいろいろな種類がありますが、薬の材料としての闇花をご所望ですね。どのような病気かわかりますか?」
「お医者様はスゲイオモイ病って言ってた」
子供達からいろいろ症状を聞き取ると「専門知識のある方をお呼びしますので、こちらの番号札を持ってお待ちください」
への4番と書かれた掌サイズの板を手に、子供達は待合室のソファに座る。当然ながら周りにいるのは魔物ばかり。見えるものは魔物の姿。聞こえるものは魔物の声、漂っているのは魔物の体臭。10歳前後の子供達には刺激が強すぎた。
それでも逃げ出さずに待っている。お小遣いを出し合って乗合馬車代に乗り、勇気を振り絞って魔王城まで来たのだ。
お腹が空いたが食べ物はない。手元にあるのは帰りの馬車代だけだから、そばにおいてある自動販売機で飲み物も買えない。そこへ
「人間の子供?! なんで人間がいるんだ?!」
30歳ぐらいの男がびっくりして自動販売機に隠れた。人間に擬態した極炎竜ドラガンである。本来は100メートルを超える巨体なので、魔王場内を移動するときは、見かけも大きさも人間に擬態している。
「おじさんも人間でしょう?」
「ああああ。そそそそうだ、私ししは人間だだだだだだだ」
子供達を前に平気を装うドラガンだが、足は生まれたての子鹿みたいにガクガク震えている。極炎竜は人間達に次々殺されたため、すっかりドラガンは人間恐怖症になっているのだ。
「ドラガン様、ちょうど良かった」
先ほどのスイカ人が男を1人伴って戻ってきた。この男、着ているものは普通の人間の服に白衣姿だが、顔は右は半分は人間でで左半分は青白い肌に尖った耳、巻き角の生えた魔物仕様。この男、魔王城の医局長を務める魔物医師ブランク・ジャンクである。
「闇花を採取したいので、この子達と一緒に案内をお願いします」
「私がーっ。やだやだやだやだ、人間怖い、殺される。子供だって油断できない。子供に化けた大人かも知れない」
「この人、人間じゃないの?」
ハナッコが聞くと
「極炎竜というドラゴンの生き残りです」
「ドラゴン、すげー格好良い」
目を輝かせて迫る子供達に、ドラガンは「お助けーっ」と手を上げて逃げ出した。
魔王城の地下は26階まである。階層ごとに別空間と繋がっているので、本当に魔王城の下にあるのは数えるほどしかない。その地下17階は深海に匹敵する闇の世界だが、それでも生息する動植物が存在する。闇花もその1つだ。
エレベーターを降りると真っ暗で暗視眼力を持たない者は何も見えない。先頭に立つドラガンの目が光り、サーチライトのように周囲を照らす。普通の光は闇に吸収されてしまうが、極炎竜の眼光なら照らすことができる。
「すみませんね。闇払いのランプがみんな修理中で」
「早く終わらせて帰りましょう」
ドラガンを先頭にジャンクと魔気よけのお守りをつけた子供達が続く。
「あの、それで代金なんですけれど」
「それについては後回しだ……あった。これが君たちの母親に効く闇花だ」
岩の壁面にびっしりと真っ黒な花が咲いていた。花だけではなく葉も茎も真っ黒だ。
「なんでこんな面倒くさい。地上にもいろいろな薬草があるでしょうに」
おかげで自分が駆り出されたとばかりにドラガンが愚痴をこぼす。
「過酷な環境に生きるものには、それに負けない強い力が宿るもの。中にはその力が『毒』という形で現れるが、それは同時に地上のどの薬草にも負けない薬にもなる。人間が求めるのはその力だ。
ドラガンたち極炎竜が人間に狙われたのも、その強すぎる力を宿した肉体を欲するが故だ」
ジャンクがナイフを使って闇花を切り取っていく。花の部分だけを丁寧に。
子供達もナイフを取り出すと、闇花を茎の部分から切ろうとする。
「止めろ」ジャンクが厳しく言い切った。「必要なのは花だけだ。必要なところを必要な分だけ取る。そうすれば時と共に新たな花が咲く。取り過ぎると種ごと滅ぼすことになるぞ」
「だよなぁ。人間だっ俺達の爪だの牙だの鱗が欲しいのならば、古くなって落ちたやつをあげるのに。何で俺達を殺して奪おうとするんだ」
ジャンクの手元を眼光で照らしながらドラガンがため息をついた。
子供達はお守りがあっても周囲の魔気による居心地の悪さを感じるのか、3人寄せ合って身を震わせていた。
そこへエレベーターが下りてきて扉が開くと、中から現れたのはおなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティ。
「なんだここは、真っ暗だぞ?!」
「人がいるぞ」
戦士がジャンクと子供達を見つけ、照らされた闇花を見つける。
「あれ、闇花よ。売るとすっごいお金になるやつ」
賢者が歓喜の声を上げる。
「よし、ここを焼き払えば魔王城を財政面からピンチに出来る。魔法使い、炎の魔法でみんな焼き払え!」
唇を噛み後ずさるジャンク。彼は医師であり戦闘員ではない。ある程度武術の心得はあるが、勇者達をまとめて相手に出来るほどではない。
「ドラガン、何とかならないか」
だが、彼は眼光を放ったまま人間への恐怖で気絶していた。このまま勇者達に闇花ごと焼かれてしまうのかというその時、
「ダメーッ!」
子供達が闇花の前に立ちはだかる。
「これはお母さんの病気を治す大事な薬」
「お願い帰って!」
その様子に勇者達が目をぱちくりさせる。
「なんで魔王城に子供がいるんだ?」
「騙されないで、この子達はきっと魔物の化身よ」
賢者の言葉に勇者や戦士達がなるほどと笑い
「その手は食うか、お前達みんなまとめて吹っ飛ばしてやる!」
初めての勝利を確信する勇者達。彼らは浮かれるあまり、自分たちのすぐ後ろに魔王ボンキュボンが立っていることに気がつかなかった。
「ただいまーっ!」
そこいら町の薄汚れたアパートの一室にターロ達3人がジャンク医師と魔王ボンキュボンを連れて戻ってきたのはその日の夕方だった。やつれた顔でベッドに横たわるターロ達の母親にジャンクは事情を話し
「闇花を調合してきました。ですが投与の前に診察させてください。魔物であっても私は医師です。診察もせずに投与するのは抵抗があります。ましてや闇花の薬は強力なだけに、合わなかったときの副作用も大きい」
「魔物……」
ジャンクを前に母親の顔が更に青ざめた。
「大丈夫、この人達は良い魔物だから」
子供達に促され、母親は寝たままジャンクの診察を受ける。前をはだけ、骨と皮だけになった彼女の体を彼の指がなぞっていく。指の1本1本が聴診器であるように。
「時間がかかりそうだな。食べ物も持ってきたから食事を作ろう。何が食べたい?」
「ハンバーグ!」「カレー!」
「よし、ハンバーグカレーを作ろう」
子供達の歓声を受け、ボンキュボンが袋一杯の野菜や肉を手に調理場に向かう。今の彼女はいつもの貝殻ビキニに半透明の羽衣姿ではなく質素な服にエプロンを着けた、かつて彼女が人間の夫と共に定食屋をしていたころの服装だ。角はそのままだが翼は隠してある。
カレーの良い臭いが漂う中、ジャンクは母親から今までの症状を聞き、処方された薬を調べる。そこへ
「誰だ君たちは? 勝手に人の患者を診ないでくれ給え」
白衣姿でふんぞり返った男が入ってきた。彼女を見ていたキョトー医師だ。
「先生。闇花を手に入れてきました。これでお母さんも治りますよね」
ジーロの笑顔にキョトーがまさかと驚きの顔を見せた。
「本物の闇花ですよ。キョトー先生」
ジャンクの姿にたじろぐキョトー。
「魔族を目の当たりにするのは初めてですか? あなたは貧しいも診てくれる素晴らしい先生だそうですね。ちょっと失礼」
ジャンクが彼の手を取ると、引きずり出すように部屋を出た。
「な、何だお前は?!」
「魔王城医局長ブランク・ジャンク。あなたには聞きたいことがある」
キョトーの喉元をつかむ彼の腕が獣のそれへと変わっていく。
「確かにあの女性は病気だ。だが治療に闇花が必要な病気ではない。高価だが人間界の薬と1ヶ月ほどの療養で治る。なぜ嘘をついた。あの子供達は闇花を求めて魔王城までやってきた。命に関わることだぞ」
「だ、だからだ」
ジャンクの腕が緩み、解放されたキョトーは
「お前も言ったろう。高価な薬と療養が必要だと。見ろ、こんな貧乏くさい家を。こんな所に住む奴らが薬の代金を払えるものか。だが、金がないからと治療を止めれば私が貧乏人を見捨てたことになってしまう。悪者扱いで評判も落ちる」
「だから闇花という無理難題をふっかけたのか。金のない患者を見捨てるのではなく、必要な薬が手に入らないならば、非難を受けることはないと。魔王城に行って殺されてもお前のせいにはならない」
呆れたようにジャンクは
「どうやらお前はこの母親以上の病気らしいな。私が処方箋を書いてやろう」
手を離すと、その場にキョトーがへたり込む。
「先生。魔王さまがごはんできたって」
子供達が出てくるのに合わせて
「よかった。今聞いたんだが、闇花の件で苦労させたお詫びとして、君たちの母親の治療代と健康になるまでの生活費はみんなキョトー先生が出してくれるそうだ」
その言葉にキョトーが青ざめたが、そっと自分に向けられたジャンクの目に震え上がり
「あ、ああ。任せておけ。さすがに何十人というのは無理だが、君たちとお母さんぐらいなら」
若干引きつった笑顔で胸を叩く。
「やった、学校行ける!」「友達と遊べる!」
喜ぶ子供達を横目にジャンクはキョトーに闇花の調合薬の入った壜を握らせる。
「本物の闇花の薬だ。こいつは母親の治療費としてくれてやる。自分の名声のために使うんだな。それと、ときどき様子を見に来るからな。先ほどの約束を守っていなかったときは、覚悟しろ」
子供達に見えないよう一睨みすると、人なつっこい笑顔になって部屋に向かう。
部屋から食欲をそそる匂いが漂ってくる。ボンキュボンは料理がうまいのだ。
(第5話 おわり)