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未亡人魔王ボンキュボンの城  作者: 仲山凜太郎
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【第4話 魔王と国王】


「それでは留守の間、業務は頼むぞ」

「おまかせください。どうぞごゆっくり」

 まだ朝の冷え込みも消えない時分、魔王ボンキュボンは大きめのバックを肩にかけると、唐草模様の風呂敷を手に乗合馬車に乗り込んだ。

 停留所ではキンさんと野菜人、果実人達が「いってらっしゃーい」「おみやげ忘れないでねーっ」と手を振って乗合馬車を見送る。

「大げさな奴らだ。数日、人間の町に行くだけだというのに」

 バッグと風呂敷包みを空いている隣の席に置く。ボンキュボンが人間達の町に行くのは数十年ぶりだ。人間達にとって数十年もの時間は全てが変わり果ててもおかしくない。不安がないと言えば嘘になる。しかし、それ以上にわくわく感の方が大きかった。

 彼女が人間の町、このカクーノ国の首都トキョトに行く用事は、隣に置いた風呂敷包みである。この中には先日、魔王城に突撃したものの極炎竜ドラガンの炎で返り討ちにされた勇者の灰が入っている。蘇生のために仲間が取りにくるだろうと正門横に置いておいたが、いつまで経っても取り戻しに来る気配がないので、直接王宮に届けることにしたのだ。もちろんそれには久しぶりに人間の町に行ってみたいという彼女の希望もあった。

 用事自体は1日で終わるものだが、せっかくだからと数日遊んでくることにした。バックの中には「希望おみやげリスト」と旅費が入っている。この買物だけで1日は潰れそうだ。


「ご乗車大変お疲れ様でした。終点・トキョト乗合馬車センターに到着します」

 馬車をいくつか乗り継いでトキョトに着いたのは、昼をとっくに過ぎていた。

「すごいな。人口密度なら魔王城の10倍はあるんじゃないか」

 どっちを向いても人、人、人。センターには10台以上の馬車に、人々の乗り降りする姿が見られる。

「いかん、前来たときの記憶はほとんど参考にならんぞ」

 待合室に飾られた大きな地図を見ても、彼女の記憶とは町の大きさ、建物の数は桁違いだ。

(まいったな。勇者の灰はどこに持っていけば良いんだ? 王宮はどこだ。100年前に新築したと聞いてはいるが)

 見ると地図の横に「魔王ボンキュボンを倒す勇者募集! 君も魔王を倒して英雄になろう」と張り紙がしてある。よく見ると隅の方に小さく「魔王討伐にかかる費用は全て自己負担」「報酬は魔王討伐が確認されてから支払う」と書かれている。

(ちょうど良い。ここに灰を渡そう。募集するぐらいだから蘇生の手続ぐらいするだろう。それに、私が魔王とばれる心配もなさそうだ)

 張り紙に描かれた魔王の顔は、どう見ても本物とは似ても似つかない。邪悪で醜悪な顔をしていた。


 カクーノ国王宮。ハッキリ言って大きさは魔王城の倍はある。ボンキュボンは魔王討伐志願受付に行って、

「確認するが、魔王討伐関係の受付はここで良いのか?」

「魔王討伐志願者ですね。ちょうど王のお言葉を承る時間です。こちらへどうぞ」

「いや、私はただこの荷物を届けるだけで」

 彼女の言葉も聞かず、受付の男性は彼女の背中を押すように大広間まで連れて行く。

 大広間にはすでに30人近い志願者が立派な鎧に身を固め、整列していた。壁にはやはり武装した親衛隊らしき男達が並んでいる。

 ボンキュボンは仕方なく志願者達の一番後ろに立った。今の彼女はかつて結婚して定食屋をしていたころの服だ。エプロンこそしていないがシンプルな無地の服で、勇者の灰を入れた風呂敷づづみを背負っている。あきらかに周囲から浮いていた。

「あの受付、どう見たら私が勇者志願者と思うんだ? ま、いいか。どうせすぐ勘違いだとわかるだろうし、今の王を見ておくのも悪くない」

 ファンファーレが鳴り響き、真っ赤な礼服を身につけた20代らしき男が現れた。皆が一斉に片膝をついたので彼女もそれに倣った。

「よくぞ来たわが精鋭なる勇者達よ。予がカクーノ国国王サン・タクロース17世である。知っての通り、魔王ボンキュボンは先だって我が国に細菌兵器コロニャンを使用、多くの人命が奪われた。我が父タクロース16世も犠牲になった。

 何としてでも魔王を倒し、父と国民の仇を討たねばならぬ」

 玉座に着いた国王が目の前の志願者達を見回し、ボンキュボンに目を止めた。

「そこの女、前に」

(バレたかな?)

 平静を装いながら国王の前に出る。

 隅の方で「ひっ」という驚いて息を飲む声が聞こえたので、見ると戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者オカマの4人である。

(あいつらいたのか。よかった、後でこの灰を渡して後は任せよう)

 前に出た彼女を国王は彼女の服越しでもわかる見事なプロポーションを舐めるようにして見、

「女、スリーサイズはいくつだ?」

「は?」

 さすがに彼女もこの質問は予想外だった。答えに迷っていると

「まぁ良い。お前は今夜から余の愛人だ。その体で余を楽しませるが良い」

 真顔で言う国王に対し

「タクロース17世 冗談とは聞く側が楽しい気持ちになるものを言うのだぞ」

「光栄に思わぬのか。この国の女として、王の愛人となるのは何よりの喜びのはず。愛国勅語にも『民は国と王のために全てを捧げることこそ唯一にして絶対の善行』と記されておる」

「あいにくだが、私が女としてこの身をまかせるのは今は亡き連れ合いのみ。お前ではない。これにて失礼する」

 ここで彼女が一礼したのはせめてもの礼儀だろうか。彼女はそのまま戦士たちに歩み寄り

「お前達がいつまで立っても回収に来ないので持ってきた。勇者の灰だ。不純物が混じっていないか確認してから蘇生しろ。それと蘇生を終えたら転職を考えろ。上が腐っていると下も腐るぞ」

 風呂敷包みを置く彼女を、親衛隊や勇者志願者達が取り囲む。

「王に対して無礼な」

「無礼なのは王の方だ。それを窘める者すらいないとは。私たちが定食屋をしていた頃のここは良い国だったぞ」

 囲まれたまま堂々と国王の前に歩み寄る。

「謝罪する気になったか。今なら許してやるぞ」

「礼を知らぬ王に下げる頭はない。今の私は少々気が立っている」

「王を侮辱する気か!」

 親衛隊の1人が魔王に背後から斬りかかる。が、その剣は彼女に振れた途端、上質のクッキーのように砕け散った。

 さすがにこれには一同ひるみ、後ずさる。

「……女、何者だ?」

「魔王討伐を目指すなら、その相手の顔ぐらい知っておくものだ」

 彼女の体揺らぎ、服装がいつもの魔王のものへと変化していく。天女のような着物に羽衣、それらは半透明で、下の肌とそれを隠す貝殻ビキニが透けて見える。頭から角が、背中から翼が生える。

「私が魔王ボンキュボンだ」

 国王が目を見張り、彼女の姿をまざまざと見

「良い乳と尻をしている。ますますお前を抱きたくなったぞ。捕まえろ」

 周囲の者達が一斉に剣を抜き、魔法使いが杖を構える。

「ある意味大物だな。お前は」

 ボンキュボンがまるでゴミを見るような目を国王に向ける。戦士達が勇者の灰を持ってそそくさと出て行った。

 ……1分後……

 大広間の人間は、タクロース17世をのぞいて全員白目を剥いて倒れていた。みな剣と鎧は砕かれ、杖は折れ、ぴくぴく痙攣している。

 対する魔王ボンキュボンは傷1つ無い。

「安心しろ。誰も死んではいない。これがトラウマになる奴がいるかも知れないが、そこまで責任は持てん」

 さすがに唖然としている国王に彼女は

「私は人間を滅ぼすつもりなどない。襲われた時に身を守るため、人間が相手の魔物を傷つけ、命を奪うことになってもそれを責めたりはしない。だが、危害を加えていない魔物をむやみに敵視し、傷つけようとするならば容赦なく反撃する。心しておけ」

 服装を前の地味なものに戻すと、そのまま大広間を出て行った。


「ちとやりすぎたかな」

 繁華街にあるデパート最上階のレストラン。窓際の席でボンキュボンはちょっとだけ後悔していた。

(あれは兵ではなく王だけを叩くべきだったか。しかし、それだと王を守れなかったと兵達が後で怒られるから同じか。いや、王を守ろうとした行動は認められるだろうから、こっちの方がマシか)

 そこへちょうど注文したプリンアラモードが来たので、彼女の思考は一旦停止した。

「こういうのは200年ぶりだ。いただきます」

 魔王城の食料のほとんどは自給自足である。魔物達の好みもあり、このようなカラフルな甘味はほとんどない。スプーンでプリンとクリームをたっぷりすくい口に運ぶ。口いっぱいに広がる甘味に彼女の頬が緩む。

「魔王城にもパティシエがいればな。誰か良い魔物、いや人間でも良い。いればスカウトせねば」

 食べ終え、追加でチョコレートパフェを注文するとバッグからお土産リストを取り出した。

「用は済んだし、明日一日かけてじっくり回るか」

 リストを広げ別の用紙に内容をまとめていく。

「ええと……『トキョトばなな』『トキョトの恋人達』『トキョトの月』『信玄トキョト餅』『トキョトパイ』……」

 首を傾げつつ作成を続ける。

「『トキョトゼリー』『トキョトクッキー』『濡れトキョト煎餅』『雷トキョト』『トキョト焼き』『カリカリキャットフードトキョト限定版』『トキョト限定ポッキー』『ポテトチップストキョト味』……あいつら、土産というと食べ物しか思いつかんのか。確かに定番ではあるが」

 そこへやっと食べ物以外の希望を見つけた!

「……『カッコいい木刀』……」

 一気に気力を持って行かれ、がっくりとテーブルに突っ伏す。

 力を失った彼女の前に、「おまたせしました」とチョコレートパフェが置かれた。


「まさか魔王自ら乗り込んでくるとはな」

 大広間の片付けも終わり王の部屋に戻ったタクロース17世はソファに腰を沈めると、ゆっくり目を閉じ現れた魔王の姿を思い起こす。動く度に揺れる乳房、引き締まった腰にちょっとめだつおへそ。染み1つ無い美しい尻。

「ノレフ、ボンキュボンはなぜわざわざここまでやってきたと思う?」

 隣で珈琲を入れる執事のノレド・ノレフに声をかけた。真っ赤な鼻が特徴の彼は、今年60才になるベテランの執事だ。

「素直に取れば、自らの力を示し、陛下から我に刃向かおうという意思を無くさせるためでございましょう」

「俗説的考えだな。だからお前は執事止まりなのだ」

「では陛下は魔王の目的は別にあると」

「当然だ。奴の目的、それは」

 目を鍬って見開き

「予に裸を見せるためだ! 魔王は予に視姦されるために来たのだ。そして自分を倒し、予奴隷にしてほしいとの願いを告げに来たのだ」

 ノレフが呆然とし手が止まる。

「魔物とは息をするように嘘をつく。予の愛人になるのを拒絶したが、本当は愛人になりたいのだ。可愛い女ではないか。もっと勇者を集めろ。魔王城を落とせば、奴は素直になって余に身を任せるだろう」

「魔王は人を滅ぼす気はないと言っておりました。なのにこちらが一方的に攻撃を仕掛けるのは。これで犠牲者が増えれば」

「魔物は息をするように嘘をつくと言っただろう。やつらの言うことを真に受けるのは愚か者のすることだ。犠牲? 勇者は国を守り、王を守り、魔王を倒すのが仕事だ。それで死ぬなら勇者達も本望だろう」

「あの……勇者と言えば、魔王が持ってきた勇者の灰、蘇生させたいので費用を出してもらえないかと仲間が申しておりますが」

「魔王討伐をなすまで費用は全て自腹。自分で稼げと伝えろ」

「はあ……」

 肩を落とすノレフの前でタクロース17世は立ち上がり両腕を高々と掲げ

「待っていろボンキュボン。お前を打ち倒し、きっと貴様を余のメス奴隷にしてやるからな! 魔王の主人に予はなる!」

 高笑いを聞きながらノレフは

(もしかしたら、この国は1度滅んだ方が良いのかも……)

 考えながら、頭の中で今辞めたら退職金はいくら出るだろうかと計算していた。


(第4話 おわり)

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