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未亡人魔王ボンキュボンの城  作者: 仲山凜太郎
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【第3話 ドラガンの剣】


 カクーノ国の外れにある小さな街チホー。そこから乗合馬車で約2時間。終点「魔王城前」停留所で降りて5分の所に魔王ボンキュボンが治める城がある。停留所から城の正門に直接行けるため実感しにくいが、城の向こう側には敷地が転がり、堀に囲まれたその大きさはちょっとした町並みで、住んでいる魔物は千人前後と言われている。

 ちなみに魔王場前に着く乗合馬車は朝と夕方1本ずつ。1日2本だけである。1日1人いるかどうかわからない乗客のほぼ全員が朝の便でやってきて、夕方の便で帰っていく。

 今日は珍しく街からお客が1人、魔王城を訪ねてきた。


「ドラガン様、ブレッドさんがお見えになりました」

 魔王城地下26階。薄土1枚下マグマという地下空洞に、手足の生えたイチゴの果実人が人間の男を1人案内してくる。年の頃は20代半ば、痩せ型だが、服の下にはかなり鍛えられた筋肉が付いていそうだ。

 耐熱のお守りをつけたその男は

「お久しぶりです。ブレッドです」

 地響きと共に岩陰から現れたのは巨大な竜。尻尾も入れれば全長100メートルを優に超える真っ赤な巨体。全身をオリハルコン並の強度と言われる鱗に覆われ、赤いダイヤモンドで出来た巨大な角、これでロープを編めば城を吊っても切れないと言われる髭。

 世界最強と言われる極炎竜、その最後の生き残りドラガンである。

「よかった……本物のブレッドだ」

「それはひどいです。偽物だと思ったんですか?」

「この前、人間の勇者達が攻めてきたんですよ。魔王様やキンさん達が追い払ってくれましたが」

 イチゴ人が説明すると、ブレッドは呆れて

「人間恐怖症なのは知っていますが、あなたがその気になれば100万の軍勢だって焼き払えるでしょう」

「そうやって人間はおだてて相手を油断させるんだ。それで私の一族はみんな殺されてしまった。いやだ、いやだ。私は殺されたくない」

「私も人間なんですがね」

「ブレッドは別だ。他にも何人か良い人間も知っている。しかしほとんどの人間は危険だ。みんな私を殺し、極炎竜の一族を滅ぼそうとしているのだ。本当はお前の頼みだって聞きたくない。出来ればこのまま数千年、数億年とここに閉じこもりつづけ、朽ちていきたい。

 ああ、そうだ。お前の用件だったな。例の品はもう出来ている」

 ドラガンの姿がぼやけるとどんどん小さくなり、ブレッドと同じぐらいの大きさになった。さらにぼやけは形を変え、30才ぐらいの男の姿に変わる。なんだか栄養が足りなさそうな青白い顔は、とても極炎竜が化けたとは思えない。

「人間嫌いなのに人間への化身が上手いですね。これでもう少し顔色が良ければ完璧ですよ」

「擬態だ。私が極炎竜だとバレたら、人間達によってたかって殺されてしまう」

 極炎竜は鱗や角、髭や皮などを取るため人間に狙われ続けた。人間は極炎竜を殺すと、皮から肉から骨からみんな加工し、利用する。人間に殺された彼らは文字通り「骨一本、鱗1枚残らない」のである。

「私たちの鱗や角なんて、いくらでも代用品があるじゃないか。それなのにわざわざ私たちを狙って殺していく。人間は極炎竜が憎いんだ。憎くて憎くて殺し尽くさずにはいられないんだ。私たちが人間に何をやったと言うんだ。街を襲うことも生贄を求めることもしていないぞ」

 果実人がブレッドの足を突っつく。放っておいたら1週間はこれが続く。さっさと用事を済ませた方が良いという合図だ。

「あの、それで頼んだ品は」

「ああ、用意してある」

 ドラガンが隅の平らになった岩に乗せて置いたケースを取り

「確かめてくれ」

 蓋を開けると中にあるのは細長のナイフが5本。

「注文の『パン切り包丁』5本だ」

 ブレッドが1本手にする。細長の、刃が少し波打っているような包丁は一点の曇りも無く周囲を映し出している。刀身に映った自分の顔を見て彼は感嘆の息を飲んだ。

「試し切り、よろしいですか」

 彼は荷物からいくつものパンを取り出し切り分ける。

「やはりすごい。何を切ってもパンくずが全くこぼれない。クロワッサンやパイですらこぼれないし。この断面の美しさ。まるで鏡のようだ」

 目を見張る言葉の数々に、ドラガンもうれしそうだ。

「さすが、極炎竜の炎で鍛えられたパン切り包丁」

「あとこのペーパーナイフはサービスだ。ティッシュでもダンボールでも切れる。お代はいらない」

「これも極炎竜の炎で? 素晴らしいですが、ペーパーナイフでは切れすぎると却って危ないのでは」

「大丈夫。無機物しか切れないよう加工してある」

 ドラガンの魔王城での仕事がこれだ。城で使われる包丁や道具を作り上げる。1兆度とも言われる極炎竜の炎で鍛えられた農具や大工道具、ペーパーナイフは軽くて丈夫、使いやすいと評判で、たまたまそれを知った人間がこっそり注文したりする。このブレッドのように。

 ただし武器や防具は作らない。かつて自分や仲間が人間におだてられ作った剣や鎧が、彼らを退治するのに使われたためだ。彼らが人間不信になった原因の1つである。


「ドラガン様、ずっと地下に閉じこもっていては体に悪いです。たまには外で日の光を浴びた方が良いですよ」

「人間がいなければ良いけど……どうして魔王様は城に人間を入れるんだ」

 地上に向かうエレベーターの中、ドラガンが今にも泣きそうな顔で隅にしゃがみ込んでいる。

「魔王さまは昔、人間と結婚していたから。人間達と仲良く出来たら良いなと思っているんじゃないですか」

 イチゴの果実人とブレッドに引っ張り出されるようにドラガンがエレベーターから降りると

「魔物共、今度は前のようには行かないぞ!」

 タイミング良く(悪く)入り口の扉を蹴り開けて勇者一行が威勢良く現れた。相変わらずの勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者オカマの5人である。

「人間だーっ」

 慌てて逃げだす野菜人や果実人達。

 たまらずドラガンも「ひぃっ」とばかりにブレッドの背中に隠れて

「人間だ、人間が来た。私を殺しに来たんだ、怖い」

 たださえ青白い顔を更に青くして震えている。

「またお前達か」

 たまたま入り口の自動販売機でお茶を買っていた魔王ボンキュボンが立ちはだかる。

「悪いことは言わん。勇者などという不安定な仕事は辞めて堅気の仕事に就け」

「何だ、まるで勇者が真っ当な仕事じゃ無いみたいじゃないか」

「街を離れた人の少ない土地で、他の生き物(魔物)を殺して有り金を奪うのは堅気とは言わん」

 ボンキュボンの言葉に周囲の野菜人達が一斉に頷く。

「邪悪な魔王を倒して世界に平和をもたらすのが俺達の仕事だ。今度は前のようには行かんぞ。見ろ、お前を倒すために金融業者から金を借りて購入した聖剣エクスカリバーカ!」

 勇者が剣を抜いて構える。名前の響きはともかく、確かに刀身の輝きは並の剣とは違う。

「あ、あれは?!」

 ドラガンが目を見張り

「私が騙されて365年と22日前に鍛え上げた剣」

「本当か?」

 聞こえたボンキュボンが確かめるようにドラガンを見る。

「自分が鍛えた剣は見間違えません。嘘だと思うなら、柄を抜いてみてください。握りの部分にドラガンって名前が入ってます」

「あ、本当だ」

 言われて柄を外した勇者が確かめた。どうやら彼も知らなかったらしい。

「これで本物だとわかったろう。覚悟しろ」

 柄を戻して剣を構えると、ボンキュボンめがけて突進する。彼女は買ったばかりのお茶のペットボトルを何本も抱えているため手が使えない。

「魔王さまーっ!」

 とっさにドラガンがブレッドを押しのけ飛びだし、大きく口を開けた。1兆度とも言われるブレスが閃光と共に吐き出され、勇者を包み込む。

 閃光が晴れると、ボンキュボンの前には、聖剣エクスカリバーカを構えた人の形をした灰が立っていた。

 恐る恐る野菜人の1人・キャベツ人がそれに近づき「えい」と細い手でパンチする。灰が崩れ、後には刀身だけとなったエクスカリバーカと灰の山だけが残った。

 たまらず他の面子達が一目散に逃げだしていく。

「おーい、灰を回収していけ。蘇生に必要だろう!」

 ボンキュボンの叫びも彼らの耳には届かなかった。


「魔王様、この灰どうします?」

「袋に詰めたら、勇者の灰とわかるよう張り紙でもして正門の横に出しておけ。仲間が回収しに戻ってくるだろう。それとできるだけ埃やゴミなどが入らないようにしろ。蘇生に問題が起こるかもしれん」

 彼女に言われたとおり、野菜人達が勇者の灰を箒とちりとりでかき集めて、袋に詰めながら

「完全には無理ですよ。どうしてもホコリとか混ざっちゃいます」

「出来る範囲でやるしかない。むこうも蘇生の前にチェックするだろう」

 野菜人の1人が灰の中のゴミをつまみ出し

「埃とかゴミが混ざった灰で蘇生するとどうなるんです?」

「薄汚れた勇者になる。体臭がキツくなったり毛深くなったり、髪や肌の艶がなくなったり、歯が1本抜けていたり。あと、チンチンが三本に増えたり大きさが半分になったりもする。女性ならバストサイズが小さくなったりだな。逆にでかくなりすぎることもあるが」

「面白そうですね」

 ゴミを戻そうとする野菜人をボンキュボンが「止めろ」と制する。

「おっぱいがでかくなるって、どれぐらいですか?」

「私が知っている女戦士は身長160センチに対し胸囲が570センチになった。本体がオッパイの付属品みたいだったな」

 思わず皆が想像する。おっぱいが本体の三倍近くになった女性の姿は

「ギャグですね」

「本人にとっては悲劇だ。仕方なくもう一度死んで灰になり、念入りに異物を取り除いた上で蘇生し直したそうだが。まぁ、よほどの異物が混ざっていなければそこまでひどくはならないさ」

 ボンキュボンが刀身だけとなったエクスカリバーカを手にする。一瞬で勇者を灰にした熱を浴びてもその刀身には曇り1つ無い。

「ドラガン、この剣はどうする。お前が鍛えた剣だ。お前の判断に従おう。勇者が買ったものらしいからこいつに返すか?」

 その答えとして、ドラガンは激しく首を横に振る。

「じゃあどうする。元の金属に戻すか? お前なら出来るだろう」

 これにもまた首を横に振り

「……魔王さま。それは神金属ウルトラオリハルコンで出来ています。それを鍛えたときは、こんなすごい金属を自分の炎でと、正直、胸が躍りました。人間に騙され、仲間を殺す道具を作らされたいやな思い出ですが、胸が躍ったのも事実なんです。それを素材に戻すなんて……」

「その気持ちはわかります」

 ブレッドも頷く。

「私もパン職人として失敗しても、自分の未熟さを責めることはあっても、無駄になったパンを憎むなんて出来ません」

 決心したようにドラガンが

「戦いでは勝者が敗者の装備を手にするのは普通と聞きます。その剣は魔王様が使ってください」

「私がか。確かに私に愛用の武器はないが」

 ボンキュボンは強靱すぎる肉体と絶大すぎる魔力を使って戦うため、いままで愛用の武器と呼べるものはなかった。というより必要なかった。

「人間に返したら、また仲間の命を奪うのに使われます。ならば魔王さまが仲間を守る武器として使ってください。お願いします」

 深々と頭を下げるドラガンに、彼女は静かな笑みを返し

「わかった。この剣は私が愛用しよう。新しく柄と鞘を作らんとな。聖剣改め魔剣エクスカリバーカか」

「……出来れば名前も変えてください」

 言われてボンキュボンは剣を見ながらいろいろ名前をつぶやいていく。次に登場するとき、この剣に新たな名前がつけられていることだろう。


(第3話 おわり)

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