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未亡人魔王ボンキュボンの城  作者: 仲山凜太郎
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【第25話 吸血鬼たちは血を吸いたい】

 一日の仕事を終え、寮の大浴場で疲れを癒したメイドのメイが冷えた魔牛乳(瓶)を一気に飲み干す。ほてった体に冷たい牛乳が心地よい。

「はー、おいしい」

 大浴場には飲み放題の冷えた魔牛乳があり、風呂上がりに一瓶飲むのが従業員達の楽しみになっている。魔牛は人間達の牧場の牛より二回りほど大きく、肉も乳も濃厚である。最初はその濃厚さに顔をしかめたメイだが今はすっかり慣れた。

 ゆったりしたワンピース姿で浴場を出たメイを

「メイさん、お話が……」

 廊下で魔物が1人声をかけた。見た目は人間だが肌が青白く、目もとろんとして覇気が感じられない。メイは初めて見る魔物だ。

「何でしょうか?」

 答えつつ、すぐ逃げられるよう足に力を入れる。以前風呂上がりに殺人鬼に襲われたせいで、つい身構えてしまう。

「お願いです!」

 魔物は思いっきり彼女にジャンピング土下座し

「あなたの血を吸わせてください!」

 懇願するような開いた口には、鋭い牙が生えていた。


「言ったはずだぞ。メイの血は吸うなと」

 魔王城リビングルーム。ソファに座る魔王ボンキュボンとメイの前、テーブルを挟んだソファには先ほどの魔物が医師ブランク・ジャンクの横でしょんぼりと座っていた。この魔物、いわゆる「吸血鬼」である。名前はノスフェラトゥ。

「そうは言いましても……他の食事である程度代用できますが、私どもの栄養補給のメインはやはり吸血、毎日とは言いません。せめて30日に一度ぐらいは」

「……やはりトマトジュース(血液味)や魔牛や魔羊の血ではダメか」

「人間がいなければ何とか耐えられるでしょうが、毎日のようにメイさんの健康的な姿、太くて牙を立てやすそうな血管を見せられると。ご馳走を前にお預けを食らっているみたいで」

 言いながらノスフェラトゥたちの視線がメイの肘の裏付近に注がれる。それに気がついてメイが肘を見ると、健康的な太い血管が浮いている。

「あの、私、吸血鬼さん達のことはよく知らないんですけれど、やっぱり血を吸われると死んだり私も吸血鬼になったりするんですか?」

「なりませんなりません」ノスフェラトゥが慌てて否定する。「それらは人間達が勝手に言っているだけで、私たちはそんな恐ろしくありません。太陽が弱点というのも、皮膚が弱くて直射日光に当たるとヒリヒリするからで。血を吸うのもただ消化器官が弱いだけなんです」

「彼ら一族は食べ物を消化吸収する力が弱い」ジャンクが説明する。「そこで彼らが身につけた能力が、他の生物の血を吸い、血に含まれた、様々な栄養素を取り入れることだ」

 ノスフェラトゥの口を開かせ、牙を見せる。

「小さくて見えないが、牙には穴が開いている。右の牙から血を吸い取り、栄養素を吸収して抜け殻になった血を左の牙から相手に戻す。そのため多少時間はかかるが相手の体の負担も少ない。必要成分だけ吸うから成分吸血と呼ばれている。」

「血を吸うと言うより、栄養を吸い取るわけだ。まぁ、吸われた直後は多少ふらつくだろうが、レバニラ食って牛乳飲んで小1時間も休めば元に戻る程度だ。吸われた跡も1日で消える」

「それぐらいだったら……」

 メイの言葉にノスフェラトゥの顔が明るくなる。が、ボンキュボンは険しい顔つきで

「ダメだ。メイ、ここの吸血鬼は1人ではない。ノスフェラトゥも含めて22人いる。1人にOKを出したら他の連中もこぞってやってくる。いくら1人1人の吸血量が少なくても、それだけの人数を相手にしたらお前は栄養失調で倒れてしまう」

「魔王さまの血ではダメなんですか?」メイの提案に

「1度吸わせてみたことがあるが……吸った奴が全身の毛穴から血を吹き出して死にかけた。私の血は濃厚すぎて合わないらしい」

「特製濃縮栄養ドリンクを2リットル一気飲みするようなものだ」

 その時のことを思い出したのか、ジャンクが眉をひそめた。

「来城者たちに提案してみるが……」

 答えるボンキュボンの言葉に力はない。ただでさえ魔物達の城と言うことで緊張している人間達に「ちょっと吸血鬼達に血を吸わせてあげてください」とお願いしてもOKしてくれる人は少なそうだ。


「やっぱりダメだったか」

 深夜の魔王城。から離れた別棟で、吸血鬼たちが集まっていた。

「魔王さまは人間の肩を持ちすぎる。メイって娘なんなか、ほとんどえこひいきレベル。もっと我々を大事にすべきだ。我々は人間を滅ぼそうと言うんじゃない。ただ、死なない程度に血を吸わせて欲しいだけだ」

「ここに来る前、人間の町で擦り傷でにじみ出た処女の血をなめたことがあるがあれは美味かったなぁ。メイって娘もまだ生娘なんだろう」

「いっそ近くの村まで行って適当な奴の血を吸ってくるか」

「止めろ。魔王さまが本気で怒る」

「だったら別の魔王のところに行こう。魔王はボンキュボン様だけじゃない」

「ダメだ。こっそり問い合わせてみたが、どの魔王にもすでに配下の吸血鬼が十分すぎるほどいる」

 一同が半ば諦めのため息をつくと、端にいた女性吸血鬼が手を上げた。

「ねぇ。時々魔王さまを倒しに勇者が来るじゃない。そいつらの血だったら吸っても良いんじゃない。一応、敵なんだし」

「でも、あいつらは魔王さまのお気に入りだぞ。いつも返り討ちにするが、命までは奪っていない」

「あたしたちだって血の吸い過ぎで人を殺したことなんてないわよ。吸った後にレバニラ定食おごってあげれば問題ないでしょ」

「なるほど、提案だけはしてみるか」

「却下されたらどうする。……まず味見をしよう」

 一同が生唾を飲み込む音が部屋中に響いた。


 数日後、乗合馬車で魔王城前停留所にやってきた勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者オカマの勇者パーティ。

 魔王城に向かおうと言うときに、見慣れない立て札があるのに気がついた。

「なんだこりゃ……『魔王城正門修復中につき、臨時出入り口より来城ください』」

 見ると臨時出入り口の場所を示す地図が貼られている。

 貼られた地図を剥ぎ取り、内容に従って歩いて行く。森の小道を抜け、城の外壁に沿って進むと小さな小屋がある。中に入ると、地下へと続く階段があった。机や椅子、何枚もの板が壁に寄せてあるところを見ると、この階段、普段は隠されているらしい。

「初めて見たな。如何にも秘密の通路って感じ」

 階段を降り、うす暗い洞窟を進むと、石造りの通路に出る。壁に灯篭があるとはいえかなりうす暗い。

「地下何階か知らないが……妙だな」

「そうねぇ。ボンキュボンなら受付を設置しておくわよね。ウェルカムドリンクもないし」

 賢者の疑問に答えるように、外へと続く扉が突然閉まり、金属音と共に鍵がかかった。

「罠か?!」

 勇者を挟み撃ちにするように吸血鬼達が現れた。剣を手に立つもの、足の爪を天井に食い込ませぶら下がっているもの。身をかがめ獣のように跳びかかろうとしているもの。

「吸血鬼……」

 目を爛々と光らせた吸血鬼達が勇者達ににじり寄り

『健康な方による吸血のご協力お願いしまーす!』

 一斉に頭を下げた。

「はぁ?」

「お願いします。ボンキュボン様はメイさんからの吸血も、近くの村に行って誰かの血を吸うのも駄目だって言うんです」

「血を吸うのは我々吸血鬼にとって生存権に繋がる大切な権利ですぅ」「恵まれない吸血鬼に愛の血を」「赤い共同募血にご協力くださーい」

 目を潤ませて哀願する吸血鬼達に

「嫌よ」魔法使いが杖を構え「勝手に血を吸われてたまるもんですか?」

「蚊には血を吸わせているくせに!」

「蚊に許可なんて出してない。勝手に吸っているんだ」

 勇者が手の甲にできた蚊に刺された跡を掻いて答える。

「だったら実力行使。俺達も勝手に吸う」

『いただきまーす!』

 吸血鬼達が一斉に襲いかかる。

「魔衝撃!」

 魔法使いと賢者が瞬時に放った衝撃波が挟み撃ちを目論む吸血鬼達を吹き飛ばす。

『ブレード・トライアングル!』

 勇者と戦士2人の合体剣技を連発、魔衝撃で体勢を崩した吸血鬼達を剣圧が追撃する。隊形の乱れた吸血鬼達に突撃し、武器を振るう。

「気をつけろ。勇者パーティだけあって強いぞ!」

「お前らが弱いんだよ!」

 あきれ顔の勇者達にたじろぐ吸血鬼達だが

「こうなったらこっちも奥の手。獣変化!」

 吸血鬼達の目が赤く光り、青白い肌から体毛が生え、四つん這いになる。

「気をつけて、狼化よ」

 賢者が叫ぶ。吸血鬼達は己の肉体変化させて獣や蝙蝠に変化することができるはずだ。

 四つん這いになったノスフェラトゥの体が獣となる。尖った耳、漆黒の瞳を持つ……チワワだ。

「わんわんワン」「1湾わん」「わんワんWANわン腕椀」

 チワワを先頭に獣化した吸血鬼達が吠える。チワワの隣は女吸血鬼が変化したポメラニア。他にもトイプードルや豆柴に変化した吸血鬼達が一生懸命三三七拍子のリズム吠えている。が吠え慣れていないのかなんか音程が外れた吠え方だ。

「どうだまいったか!」

「まいるわけないだろう……」

 やりにくそうな戦士の足に吸血鬼の1人が変化したパグが噛みつく。が、鎧にまったく歯が立たない。

「そこまでだ」

 勇者達と吸血鬼達の間に空間から染み出るようにボンキュボンが姿を現した。

「吸血鬼達が妙な動きをしていると報告を受けてはいたが」

 珍しい困り顔でボンキュボンが勇者達に頭を下げる。

「こいつらは私が説得する。頼む、ここは引いてくれないか」


 魔王城医務室。事情を聞かされた勇者パーティは「対決時、魔王は1度だけ防御無しで勇者達の攻撃を受ける」「相手の同意なき吸血はしない」「1人1回ずつ」という条件で成分吸血に同意した。少々複雑な気分だが、人間達への被害を抑えることを優先した形だ。

「消毒用アルコールでかぶれたことはありますか?」

 看護野菜人たちが彼らの腕を消毒する様子を、吸血鬼達はよだれを垂らして見つめている。

「準備できましたよ。吸血希望の方」

 看護果実人の声を合図に、事前にじゃんけんで決めていた吸血鬼達が一斉に勇者、戦士、戦士2、魔法使いの前に立つ。

「ちょっと。なんであたしの前には誰もいないの?」

 賢者が唇をとがらせる。なぜか彼の前だけは誰もいない。

「あたしがおかまだからって差別するの?! 人権団体に訴えるわよ」

「違います。差別じゃありません」吸血鬼達が慌てて否定する「たんなる好き嫌いです!」

「余計傷つくわ!」

 吸血されるのはなんだか嫌だが、これも傷つく。複雑なおかま心である。

「あの……」ノスフェラトゥが勇者達にカードを配る「スタンプカード作りました。吸血させてくれる度にスタンプを押して、いっぱいになったら粗品をプレゼントします」

「粗品って何?」

「……吸血鬼印の鉛筆と消しゴム、ノートのセット」

「しょぼっ!」

「じゃあ、トマトジュース(血液味)もつけます」

 何はともあれ、吸血鬼達の吸血事情は少しだけ改善した。


(おわり)


 魔王城にも吸血鬼はいます。ということで彼らのお話。珍しく勇者パーティが強い。実際、彼らは強くなっています。ゲームで言えば序盤(全体の1/3ぐらの位置)のボスに勝てるぐらい。

 青白い肌や直射日光がダメということから、吸血鬼は単なる虚弱体質という解釈は結構あります。血のかわりにトマトジュースというのは、私の記憶では「怪物くん」のドラキュラが最初です。単に私が知らないだけでもっと以前からあるのかも知れませんが。

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