【第22話 勇者パーティ全滅す】
魔王城地下5階中央広間。いくつも並ぶ大きな扉を前にゴールデンスケルトンのキンさんに集められたメンバーが整列していた。
「それではみなさん。番号!」
「1!」「2!」「3!」「死人!」
「1!」「2!」「3!」「死者!」
「1!」「2!」「3!」「死んだ!」
目の前で4進数の点呼が続く。彼らはみなゾンビ、スケルトン、ゴーストなどいわゆる「アンデッド」と呼ばれるものたちだ。ただしみんな手に鍬やバケツ、首には手ぬぐいを巻き、そろって麦わら帽子をかぶっている。
「みなさん。今年も収穫の時期が来ました。今年は特に出来が良いので収穫時は傷を付けないよう、気をつけてください」
『はーい』
キンさんが扉を開けると、その向こうはジメジメした森が広がっている。魔王城地下5階は、魔王城から離れた魔草の森と呼ばれる場所に通じている。
「それではみなさん、行きましょう」
「1234! 42(死人)が頑張る!」
「1234! 42(死人)が行きます!」
「1234! 42(死人)が突撃!」
元気よく声を上げながら、アンデッド収穫隊が扉を越え、鞠の中に入っていく。
魔王城正門に数台の大型馬車が止まり、中からでっぷり太った男が屈強な男達を連れて降りてくるのを、魔王城城主ボンキュボンが野菜人果実人、医療班長ブランク・ジャンクと共に出迎えた。
「メタボ殿。また一段と腹が大きくなりましたな」
「ボンキュボン殿も、また胸と尻が大きくなったようだな」
和気藹々で城に入っていく2人とその連れの姿を草むらからじっと見ている5人がいた。ご存じ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者のパーティ。
「ちょっと見た。あいつメタボよ。魔法製薬会社デッパラの社長」
「あの魔法薬会社の社長か。あいつらが作る怪しげな薬の材料は魔王城から仕入れていたんだな」
言葉に力がこもる勇者達だが、賢者だけは浮かぬ顔。
「薬に『怪しげな』って付けるの止めてくれないかしら。効果が独特で強力すぎるだけだから」
「そういうのを怪しげなって言うのよ! で、どうする」
戦士2の言葉に勇者は力強く拳を固め
「奴らのつながりを示す決定的な証拠を掴む」
「なるほど、それをネタに貯まっているローンとかを肩代わりさせるのね」
「そう……って違う! それじゃ強請だ。奴らの怪しげな薬のおかげでひどい目にあっている人も多い。証拠を掴んで国に逮捕してもらう」
「それで報奨金をもらってローンの返済に充てるわけね」
「それならば問題ないだろう」
以前彼らは変態殺人鬼スプラッタッタを捕らえ報奨金をもらっている。今回もそれを狙おうというのだ。
「魔王城の外貨稼ぎ潰しにもなるし、一石二鳥だ」
まあ、それならということで、一同はこそこそと城内に入っていく。
「すぐに商談をと言いたいところだが、来城を前倒しにしてくれたおかげで収穫が間に合わん。今収穫中だから夕方まで待ってくれ」
「それはかまわん。目の保養をさせてくれるならな」
魔王城執務室テーブルを挟んでボンキュボンとメタボがソファに座っている。
言いながらメタボの視線はボンキュボンの体を舐めるように泳いでいく。
「それにしても、王がお前さんを愛人にしたがるのはよくわかる」
ボンキュボンの服装はいつもの貝殻ビキニにスケスケの衣。角や翼があるが、このまま人間の町を歩けば猥褻物陳列罪、コミケのコスプレ会場でもNGとなるだろう。若いピチピチ感は薄れているが、そのかわり熟した色気が未亡人の体からにじみ出ている。
「あいにく私は死んだ連れ合い以外の男に抱かれる気はない。それより人間達の間で魔王討伐の動きは無いか?」
「魔王討つべしって奴はいつだっているさ。ここにだって魔王討伐の命を受けた勇者がちょくちょく来ているそうじゃないか。それより、参考になるかは知らないがいくつか売り店舗を見繕ってきた」
「ありがとう。助かる」
メタボからファイルを受け取るとパラパラとめくる。住所と建物の簡単な絵、周辺の環境などが記載されている。
「けど本気なのか。魔王城の出張所を人間の町に作るって」
「今はまだ私の希望レベルだが、いずれはな。お前達だって、その方が便利だろう」
「そろそろキンさん達が戻ってきますから、お風呂とお茶の用意をしておこうよ」
「地下5階でしたっけ? あたし、あそこには行ったことがないんですよ。」
給湯室でお茶の用意をしながらのメイと果実人の会話に壁際に隠れていた勇者達が
「聞いたか。奴らは地下5階で何やら怪しげなものを作っているらしい」
勇者達はそろって、地下へ通じる階段を降り始めた。だが、すぐに
【この先関係者以外立ち入り禁止】
の立て札が立ちはだかる。魔王城の一般客が入れるのは地下1階まで。その他の階は程度の差はあれ許可が必要だ。
「気をつけて。ここから先は侵入者対策の罠があるかもしれないわ。それも強力な、即死級の」
硬く唇を結ぶ魔法使いに、他の4人は(この城に限っては無いような気がする)と思ったが口にはしなかった。しかし罠は無くても知らずに踏み込んだら危険な空間ということはありうる。一同は慎重に階段を降りていく。
地下2階、3階と順調に進んだが、地下4階への踊り場辺りから一同が身震いした。寒いのではなく明らかな人間とは異質の空気が混じっている。
「さすが魔王城の地下っぽくなってきたわね」
「前にエレベーターで降りてきたときはこんな感じは無かったな。階によってかなり違うんだろう」
足取りが慎重になり「B5階」と床に描かれたタイルを踏む。そこは広間となっており、壁にはいくつもの大きな扉があるが、今はいずれも閉ざされている。扉には「B501」「B502」「B502」……と順番に番号が振られている。大きさは高さ3メートル近くかなり重そうだ。
その中の1つ。ちょうど階段から広間を突っ切った反対側の「B504」のプレートがかかった扉の前に
【作業中・絶対に開けないでください -魔王城総務部-】
と書かれた立て札があった。
「ここか。しかしこれだけ大きな扉だと、開けたら一発でバレそうだな」
「開けると同時に中に飛び込んで暴れるか?!」
「メイド達の話通りなら、中にいるのはあの金ピカスケルトンだろう」
勇者が頭を掻いて迷う。今まで何度か戦ったことはあるが、キンさんは攻撃力はさほどでも無い。防御中心にすればそうそう負けはしないが、技は多いしバラバラにしてもすぐに元通りになる、骨自身に魔法防壁がかかっているのか攻撃魔法もほとんど効果が無いので勝てもしない。倒しにくさでは魔王城トップクラスだ。戦いに時間が取られ、他の魔物達がやってきたら大変だ。
「とりあえず、中で何をしているのかだけでも知りたいな」
勇者が扉に耳を当てる。
「……歌みたいなのが聞こえる」
何だそれとばかりに、他の4人も扉に耳を当てた。
(それでは……。最後……一斉に……ますよ)
微かに、途切れ途切れに聞こえるキンさんの声に、勇者達は良く聞こうとさらに強く扉に耳を押し当て神経を耳に集中する。
(1……2……3……死!)
勇者パーティは全滅した。
(おお、ゆうしゃよ。しんでしまうとはなさけない。かねをだせばいきかえらせてやるぞ。いきしにのさだもかねしだい)
聞いたことのない言葉が頭を反芻し、勇者の意識が微かに甦る。何やら唇に柔らかな感触と優しげな匂いに包まれて静かに目を開く。
目の前にボンキュボンの顔があった。彼女は勇者と唇を重ね。口移しに何か力のようなものを彼に直接流し込んでいるのだ。
「うわっ!」
瞬間、勇者は覚醒して跳び起き……ようとしたが、体が思うように動かなかった。
「よし、成功だ」
ボンキュボンは勇者から唇を話し「次は戦士か」と隣のベッドの脇に移る。
ここは魔王城遺体安置所。勇者達5人はそろってここに並んで横たわっていた。勇者は仲間達を見たが、皆、青白い顔をして死んでいるのは一目でわかる。
戦士の横に立ったボンキュボンは控えていた果実人のナースから魂袋を受け取ると、魂袋の口から直に中の魂を吸い込んだ。魂を口に含んだまま戦士の死体に屈み、唇を重ねる。
口移しで魂を戦士の体に戻すにつれ、青白い戦士の体にみるみる血の気が戻り目を開いた。
「うわっ!」
勇者と全く同じ反応で生き返った彼を見て、「次、戦士2」と次の魂袋を受け取る。
「いったいこれは?」
「皆さん、地下5階の扉の前で死んでいたんです」
体が満足に動かないので顔だけ反対側を向くと、キンさんが立っていた。
「幸いにも死んで間もなく、魂もすぐそばで漂っていました。肉体の損傷もありませんでしたし、蘇生も簡単そうだというのでこうして」
キンさんが話す間に戦士2が蘇生し、魔法使いに移ろうとしていた。
「蘇生って……ちゅーでか?」
戦士が自分の口に手を当て戸惑いを見せた。ボンキュボンとキスをした事実が受け入れられないらしい。
「魂も綺麗な状態で抜け出ていたからな。力業ではあるが、口移しで直接戻すのが一番手っ取り早く、確実な蘇生法だ」
最後に賢者の蘇生を終えたボンキュボンが答えた。
「そんな蘇生方法あるのかよ」
「人間達の物語にも死んだ姫が王子のキスで生き返るのがあるだろう。あれと似たようなものだ」
「魔王さまの魔力でないとできませんよ」
キンさんが笑って答える。
「んな馬鹿な方法で」
起き上がろうとする勇者だが力が入らない。
「無理しないで。蘇生直後でレベルが下がっているんですから」
「うう……俺の経験値返せ~っ」
「何であたしら死んだのよ?」
まだ顔色の悪い戦士2が横になったまま聞くと
「死んだ体勢からして、扉に耳を当てて中の様子を聞いたんでしょう。扉は防音ですが防ぎきれなかったんですね。最後の景気づけにこれを30体ばかりまとめて抜きましたから」
言いながらキンさんが見せたのは、頭にしおれた葉を生やした人型の根っこ。
「マンドラゴラ」
さすがに賢者は正体を知っていた。地面から抜くと生き物の魂を奪う悲鳴を上げる魔草だ。秘薬の原料として有名だが、その習性のために収穫に苦労し流通量は少なく高値で取引されている。魔王城の数少ない輸出品で、今日、メタボが訪れたのも、これの取引のためだ。
「私たちアンデッドには魂を奪う悲鳴なんて関係ないですからね。すでに死んでいますから」
確かに、マンドラゴラの収穫係として彼らほどの適任者はいないだろう。
「育成が悪くて商品にならなかったマンドラゴラがある。それでスープを作ってやろう。生き返ったばかりの体に良いぞ」
笑ってエプロンを着けるボンキュボンに勇者達は屈辱に震えるものの、弱った体ではどうしようもない。
後日王宮でその日の一件を勇者達から報告を受けた国王タクロース17世が
「……ちょっと魔王城へ行って死んでくる、ボンキュボンの舌を絡めたチューで生き返る!」
叫びながら飛び出そうとするのを慌てて勇者達が止めたのは言うまでもない。
(終わり)
キンさん率いるアンデッド班の話……のはずが出番がほとんど無い。ちなみにこのアンデッドたちの何人かは第19話に出てきた元勇者達です。アンデッドとしての人生を選んだんですね。
マンドラゴラの習性を考えたとき「アンデッドが抜けば問題ないんじゃ」というのが発端です。ゴーレムでも良いような気がしますが、本作のゴーレムでは死んじゃいそうです。
ちなみにネタ帳を見返すと「抜くと同時にそれにも負けない大声で叫んで打ち消す」と書かれていました。これもやってみたかったな。




