【第21話 雨漏り注意報】
前回がちょっと重かったので、今回は軽い日常トラブル回……のはずだったんだけど。
雨漏りネタというのは以前から考えていたもので、事件にならない分、勇者パーティをどう絡めるかが難しい。いや、だったら勇者達を出さなければ良いだけなんですけれど。彼らはここまで皆勤賞(石化されただけでセリフなしも含む)なので、つい出さないとという気分になります。
巨大な敵に飲まれる(そして戦う)というのは一寸法師時代からあるお約束の展開ですが、壊さずにどうやって脱出するかとなると、やはり上か下かしかありませんね。もっと小さくなれば「ミクロの決死圏」のような脱出法もあるのですが。こんな形で使ったのはもったいなかったかな。
「何の工事かしら?」
魔王城北東の一角に生い茂る森。そこでキャンプを張りながらご存じ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者のパーティは、交代で双眼鏡を覗いていた。
「作業場全体をブルーシートで覆っていて中が見えない。作業しているのはいつもの野菜人や果実人、ゴーレムや巨人が多いな。運んでいるのは煉瓦か? 大きさが普通の20倍はあるぞ!」
「それだけじゃないわ。煉瓦に何か紋様が書かれている。ここからじゃどんな効果の紋様かわからないけれど、多分防御力強化」
双眼鏡を覗きながら、勇者と賢者が言うのを魔法使いが書き留めている。
「やつら、魔王城を要塞化しているのか」
「あるいはここから周囲の国や町を攻撃するための遠距離兵器を設置しているのかも」
双眼鏡から目を離した勇者は唇をかみ
「ボンキュボンめ。城の開放などと親人派を装っていたが、ついに本性を現したな」
魔王城はボンキュボンの意向により、人間達にも開放されている。とは言っても敷地すべてが出入り自由なわけではない。魔王城の本性は人間の立ち入りを禁止している場所にこそあるとみた勇者たちは、密かにそれらの場所を調べていたのだ。
「ここからじゃよくわからん。もっと近くにいかないと……休憩かなんかで出て行かないかな」
思案する勇者の顔に雨粒が当たった。
魔王城。ぽつぽつと雨の降る中、壁を囲むように足場が組まれ、ねじりはちまき姿のゴーレム達が大岩ほどの大きさの煉瓦を持ち上げ、中央の穴に芯を通すように積んでいく。煉瓦と煉瓦の隙間を、やはりねじりはちまきをした法被姿の野菜人が果実人達が漆喰で塗りつぶしていく。
図面を前にした魔王ボンキュボンとキンさんがその仕事の様子を見ている。と、その前に空から魔王城気象予報士のティンキーが降りてきた。頭部と胸部は人間の女性っぽいが、両腕は羽であり、下半身は鳥。一般にはハーピィと呼ばれる種族だ。
「魔王さま。本日午前10時の気象情報です。南東から接近中の大きな雨雲はこれまでより少し速度を速めて魔王城に接近中。雲の中に豪雨暴獣ライウーを確認、鼻歌交じりで規模を大きくしています。このままじゃ1時間としないうちに豪雨に変わり、明日いっぱいまで続きますよ」
「それは困ったな」
ボンキュボンは工事中の城を見、足場の上で作業を指示している石のゴーレムに
「親方。嵐の接近が予想より早い。雨対策が終わったら作業を中断してくれ」
言われた親方ことストーンゴーレムのカンドッグは頭をかきながら
「了解。くっそぉ、よりによってこんな時に」
魔王城は先の城主ハラスメントと勇者軍団の戦いでかなりの損害を受けた。戦いの跡も人間達が「戦利品」と称して城の金目のものを略奪、ボンキュボンが新たな城主として来たとき、廃墟も同然の有様だった。既にキンさんとドラガンが住んでいたが修復できず、ただ雨風を防ぐ場所を作るのがやっとという状態だった。
ハラスメントは修復を始めたが、予算の関係で応急処置程度の修復のみで先延ばしにしていた箇所がいくつもある。やっと予算や資材調達のめどが立ち、修復再開を始めた矢先だった。
「この暴獣野郎! お天道様の眷属だからって偉そうにしているんじゃねえぞ!」
カンドックが石の拳を点に突き出しわめいた途端、轟音と共に雷が彼に落ちた。
暴風雨の中、水が唸りを上げる堀を前にした魔王城正門に「本日・悪天候のため臨時休城」の看板がつけられている。
魔王城執務室。キンさんが現状報告をしている。
「現在、外堀の水位は限度80%。嵐の速度が遅くなれば胸当湖の水位が上がり、嵐が過ぎた後も危険期間が続くでしょう」
胸当湖とは北の山にある魔王城の水源でもある湖だ。上空から見た形がブラジャーそっくりというのでティンキーが名付けたものだ。
ボンキュボンの部屋からは、作業中止となった修復箇所が見える。がっしり固定されたはずのブルーシートの端がはためているのが見えた。
そこへ「魔王さま、助けてください」と柿の果実人とメイドのメイちゃんがびしょ濡れで駆け込んできた。
「雨漏りがひどくて、対応しきれません!」
その言葉通り、魔王城西側では天井の小さな亀裂からぽたぽたぽたと雨水が垂れている。それも数十ヶ所。
野菜人果実人、そしてメイちゃんが雨漏りを受け止めるべくバケツやたらいを持ってきては床に置いていく。ちょっと間抜けな雨だれ演奏会始まり、キュウリの野菜人が指揮者気取りでハタキを指揮棒のように振っている。
「妙ですな」キンさんが首をかしげ「確かにここも修復待ちでありますが、これまで雨漏りなどなかったはずですが。それがこんな急に」
「とりあえず状況を調べよう。雲助隊!」
ボンキュボンの声に応えるように、壁や天井の隙間から、全長3センチほどの蜘蛛型の魔物がわらわらと数十匹出てくる。蜘蛛と言っても体は綿状で「雲」のようだ。そこから細長い足が8本生えている。戦闘力はないに等しいが、体の小ささなどを駆使して魔王城の調査・点検を主な任務としている。
ボンキュボンが腕を組み「ミニミニミニミニ」と唱えると、その姿がみるみる小さくなっていく、最終的に身長5ミリほどになった彼女は、雲助の一匹の体に跳び乗ると
「調べてくる。キンさん、後は任せた」
彼女の乗った個体を先頭に、雲助達がぞろぞろと壁を伝わり、漏れに逆らうように雨漏りのする隙間に入るのをメイが目を丸くして
「魔王さま……小さくなれるんですか?」
「巨大化も出来ますよ。これまで2度しか見たことありませんが」
メイの言葉に応えるキンさんたちにねじりはちまき法被姿の野菜人果実人達が慌てて駆けてくる。
「たいへんたいへん、魔王様は⁈」
「雨漏りの原因調査中ですが、どうしました?」
「修復中の現場で、流れ込んだ雨水があふれて洪水です! なぜか排水口に流れていきません」
その言葉通り、修復現場は流れ込んだ雨水がプールのようにたまり、あふれ出た水が城内に流れ込んでいた。野菜人や果実人達が土嚢で通路に壁を作り、水を外に追い出そうとしている。皆がバケツリレーで水を汲んでは外に出しているが雨の勢いが強くて追いつかない。
雨具姿のびしょ濡れ野菜人が駆け込み
「外堀の水位95%を突破。このままでは水があふれて城内に流れ込んできます」
「だったらこの水、どこに移せば良いの⁈」
「エリザベス様に頼んで、ポンプみたいに排水してもらおう!」
「もうやってるけれど追いつかない」
「ドラガン様のブレスで、たまった水を蒸発させよう!」
「上空で雲になって、雨に戻ってまた降るぞ」
混乱する城内。自然の力の前には彼らも無力なのか? 外の嵐はますます激しくなってくる。
魔王城内部には、雨水や生活排水を城外に流す排水路があちこちにある。大きさは一辺20センチほどから人間が這って進めるぐらいまで様々で、雲助達がゴミや落ち葉がつまらないように定期的に掃除している。
「排水が逆流している。このせいで城内に水があふれているのか」
ボンキュボンを背に乗せた雲助が排水路の天井を駆けていく。眼下の流れは本来とは逆方向に流れている。
「排水口が泥か何かで詰まったのか? この前の点検では異常はなかったのか」
「ありませんですよ。嵐が来るって聞きましたからね。念入りにチェックしました。泥はもちろん、枯れ葉一枚詰まっていませんでした」
雲助の言葉にボンキュボンもうなずく。それについては彼女も事前に指示を出している。
「とにかく流れない原因を突き止めないと」
だが逆流水量はどんどん増していき、雲助が通る隙間もどんどんなくなっていく。
「ここから先は私だけで行く。お前達は戻れ」
雲助から飛び降り、水に飛び込むとそのまま流れを遡っていく。魔王の力は水の流れをものともしない。さすがに水中呼吸はできないが、彼女は3日程度なら息を止めていられる。
進むにつれ、水と一緒に瓦礫が流れてくる。大きさがバラバラで、見た感じ、つい今し方崩れたように壊れた面が新しい。
(どこかが崩れて、その瓦礫が排水管を詰まらせたのか?)
やがて見えてきたのはいくつもの排水管が集まる合流地点。しゃがめば人が通れるぐらいの大きさだが、今は瓦礫と共にそれらが詰まって水の流れを塞いでいる。塞いでいるそれらというのは……
「……またおまえらか!」
天井近くの流れのわずかな隙間に顔を出すとボンキュボンは呆れるようにつぶやいた。そう、詰まらせているのはご存じ勇者パーティ。彼らの体と瓦礫が完全に排水管を塞ぎ、水を逆流させていたのだ。
意識を失ったメンバー水の中で詰まっている中、かろうじて勇者だけが上の隙間に顔を出しかろうじて呼吸と意識を保っている。
「……水が……流されて……壊して脱出しようとしたが、壊れなくて……」
空気を求めて口をパクパクさせながらなんとか言葉を作る。目の前のボンキュボンがミニサイズなのに驚く余裕もないらしい。
「要するに城内を調べようとしていたら大量の排水に流された。逃げようと武器や魔法で壁を壊そうとしたが壊れず、逆にそれによってできた瓦礫と一緒にここに詰まって身動きとれない困ったなということか」
ボンキュボンの説明に、勇者が哀願するように何度もうなずいた。このままでは彼らは全滅するだろう。呆れたようにボンキュボンは額に指を当て、目をつぶる。
城内の魔法放送玉がボンキュボンの魔力を受けて彼女の声を流し出す。
《キンさん聞こえるか。原因がわかった。緊急かつ荒療治が必要なので、少々城を傷つける。城内に水が流れ込むから対処を頼む。それとドラガンとティンキーに、上空のライウーに雨をやませるか弱らせるよう説得させてほしい。天候に口出しするのはルール違反だがやむを得ん》
それを受けて城内の魔物達が動き出す。それを感じ取ったボンキュボンは
「やるぞお前達。多少のダメージは我慢しろ。堕聖剣ナディバイス!」
水のない隙間に浮かぶと、胸の谷間から愛剣・堕聖剣ナディバイスを取り出す。
「カツ丼お新香味噌汁突き!」
魔力を込めたナディバイスの突きが排水路の壁をぶち破る! 壁が崩れ、瓦礫と共に水と瓦礫、勇者パーティが猛烈に流れ出る。気絶している他の4人はともかく、勇者は流れに必死でもがいている。
「しまった!」
ミニサイズでのナディバイス使用は初めてだったために加減がわからなかったのだ。新たに波打つ排水の流れがボンキュボンを飲み込み、勇者達を追うように流されていく。
城内で従業員達がこぞって水をかき出すなど、後始末をする中、勇者パーティは医務室のベッドで並んで横になっていた。
「さすがに今回は怒りますよ。立ち入り禁止区域に入った上、排水口を壊して城内に損害を与えたんですから。あなたたちの立場では戦果なのでしょうが、修繕費はしっかり払ってもらいますからね」
顔色の悪いままの勇者の前にキンさんが立ってきつい目を向けている。
「おまけに魔王様も行方不明です。いま、メイちゃん達が必死で探していますが」
なにしろミニサイズのまま行方不明なのだから、どこにいるのかわからない。うっかり踏んづけないよう慎重に捜索している。
「あなたと接触していたのでしょう。心当たりはありませんか?」
「そんな余裕あるか……」
さすがに勇者の声にも力がない。そこへ
《キンさん、聞こえるか。すまんな、状況を把握するのに手間取った》
ボンキュボンの声が城内に流れてきた。従業員たちが一斉に歓喜の声を上げる。
「魔王様、いまどちらに?」
《勇者の腹の中だ》
「は?」
《排水路を壊して外に出るとき、水と一緒に勇者に飲み込まれた》
一発で目が覚めたのか、勇者が目を見開いて腹に手を当てる。
《外に出たいのだが、方法は3つある。どれにするか勇者自身の意見も聞きたくてな》
「3つですか?」
《1つは上って口から出る。ただ食道の弁が邪魔だし、流れに逆らう形だから勇者はかなり気持ち悪いぞ。
もう1つは逆に降りて尻の穴から出る。距離はあるが流れに沿ったものだから割と楽だ。ただうんこと一緒だし、出るときに尻の穴に傷がつくと勇者はしばらく切れ痔の生活だ。
最後の1つはこのまま元の大きなに戻る。勇者の体がバラバラになるが、あとで破片を集めて蘇生すれば良い。ただ、勇者は一度死んで蘇生したからわかるだろうが、体力がなくなる上、レベルが大きく下がる。これからの活動に支障を来すだろう。
ということで勇者よ。どれがいい?》
(おわり)




