【第19話 ハラスメントの残り香】
「今回の我々の目的は封鎖空間の探索と、存在するならば生存者と死者の救出です。無理せず安全第一で行きましょう」
ゴールデンスケルトンのキンさんの説明に、ずらりと並ぶ野菜人、果実人達がそろって「はーい」と返事する。
「生存者っているのかしら? 封鎖されて200年ぐらいなんでしょう」
上半身は昭和少女漫画のお嬢様、下半身はカタツムリという魔王城清掃班長エリザベス・マイマイの疑問に魔王ボンキュボンが
「封鎖と同時に時間の流れが極端に遅くなっていればあるいは……とはいえ、期待はしない方がいいな」
魔王城地下3階の一角。一同の前には、壁が崩されできた巨大な穴があり、澱んだ空気と怨念じみた力がこぼれるように流れ出ている。その怨念をエリザベス達清掃班が耐魔ほうきで集め、魔力も閉じ込める特製ゴミ袋に詰めている。これらは後でまとめて浄化処理される。
第7話で発見された魔王城地下の封鎖空間。かつて魔王ハラスメントと勇者軍団の戦いの最中、ハラスメントが戦う魔物と勇者達をまとめて封じ込めたと言われている。
エリザベスの言うとおり、生存者のいる可能性はかなり低いだろうが、死んでアンデッド化したものならばいるかもしれない。それを見つけたらかつての勇者軍、魔王軍関係なく保護しようというのが、今回の活動趣旨である。
調査隊のリーダーはかつて魔王ハラスメントの部下だったキンさんが務めることになった。彼は当時の記憶のほとんどを失っているが、探索で何か思い出すかもしれないという期待もある。他にブランク・ジャンク率いる医療班。そして万が一にも敵がいた場合に備えて
「……仕事するより寝ていたい……」
警備隊長グースカ・ピーが入り口横で布団にくるまっていた。
「さっさと行きなさい! ロールヘアー・トルネード!」
エリザベスが金髪縦ロールの髪を高速回転。強烈な渦を作ってピーを布団ごと穴の中に吹き飛ばす。
「終業時間までには戻れよ」
手を振るボンキュボンたちに見送られ、キンさん達調査隊は封鎖空間へと入っていった。
「あまり殺伐としてないな。勇者も魔物も見当たらないし」
さすまたを構えて周囲を見回すジャガイモの野菜人の言葉に、他の野菜人、果実人達が同意した。下がったところでは記録係としてビンゾコ眼鏡をかけた狼男・ガリベンが数人の果実人と一緒にマッピングをしている。
一行の頭上で柔らかな光を放つ魔法光に照らされた封鎖空間の内部は細かな装飾が施され、明るければ美術館と言ってもおかしくない。装飾がシンプルな今の魔王城とは大分違う。
「閉鎖空間自体が今の魔王城とは別の独立した存在になっている。こいつは、へたに封鎖を解いたら空間が重なって大惨事になりかねない。対処法が見つかるまで封鎖したままにした方が良いな」
ジャンクが掲げた左の手のひらには、魔力を見るという第7の瞳が開かれている。
「あっ、死体⁉」
部屋の隅。鎧を着た死体がソファに横たわっていた。兜から見える顔はすでに白骨化しており、勇者軍の1人だったらしい。
「もしもし……死んでいますか? 死んでたら返事してください」
アンデッド化していないか確かめようと、キンさんが声をかけるが……へんじがない。ただのしかばねのようだ。
先に進むにつれて白骨化した死体をいくつも見るようになった。魔王軍の兵と見られる明らかに人間でないものもある。骨が砕け、身につけている鎧は割れ、そばに落ちている剣は折れている。
「あとで外に出して弔いましょう。今は場所と人数だけの記録にとどめて」
指示するキンさんは寂しげだ。もしかしたら自分もこの中に一つになっていたのかもしれないのだ。
「思ってたよりずっと広いですね」
マッピングしながらガリベンがつぶやく。すでに空間の広さは魔王城の建物部分の敷地面積に匹敵し、マッピングの紙も10枚を超えている。
そろそろ引き返すタイミングを考えた方が良いという頃、ジャンクが皆に「待て」と足を止めさせた。
「奇妙な念が集まっている。あまり良いものではなさそうだ」
彼らの前には大きな扉が閉ざされ、あまりうまくない手書きの「めがみの間」と書かれたプレートがつけられている。
「女神? キンさん、何か心当たりは?」
「ありません。このプレート自体、封鎖されてからつけられたように見えます」
「生き残りかアンデッドか。何かいるとしたらこの扉の向こうだな。人をそろえてからまた来るか?」
「せめて何があるのかぐらいは確認したいですな。ピーさん。どうぞ」
道を空けるキンさんとジャンクに対し、ピーは露骨に嫌な顔をして
「え~。面倒くさい。明日じゃだめか?」
「明日になっても同じこと言うんでしょ。だめです」
そのとき、扉が重く強い音と共にゆっくりと開き始めた。
キンさん達に緊張が全力疾走する。ガリベン達を下げさせ、警備隊達が一斉にさすまたを構える。
扉が開き、中から現れたのは
「……やぁ、あなたたちも来ていたのですか?」
キンさんがお気楽な言葉を向けたのは、例によって勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者のパーティ。だが、彼らの目はいつもと違って生気がなく、代わりに敵意だけがむき出しになっていた。
「……女神様、汚させん」
武器を構えにじり寄ってくる5人。さすがにキンさん達も彼らがいつもと違うことに気がついた。
「こいつら。取り憑かれているな」
ジャンクの言葉が合図のように、戦士2人が弾けるように突進してきた。明らかに普段とは違う動き。キンさんは2人の一撃を受け、バラバラになって床に散らばった。
勇者の一撃を3人の果実人がさすまたで受け止めるが、明らかに力負けしている。他にも魔法使いや賢者の放つ攻撃魔法はいつもより見た目も威力も派手で、野菜人や果実人たちがまとめて吹っ飛び床を転がり壁に激突する。
「なにこれ。いつもより強い」
「ピーさん、何とかしてぇ」
言われたピーが動き勇者と戦士2人の剣を払い、さらに尻尾で賢者の足を払って転ばせる。彼が4人を相手している間に野菜人と果実人達が人海戦術で魔法使いを押さえ込む。
ピーを手強しと見た勇者が目標変更、ジャンクに突撃してくるが、彼はまったく動じることなく
「これより邪念核の摘出手術を行う。メス」
手を横に出すと、白衣姿のトマトの野菜人が彼の手に曇り1つ無いメスを渡す。
「キンさん、勇者を押さえてくれ」
床にバラバラになっていたキンさんのパーツがふわりと浮いたかと思うと、一斉に勇者に跳びかかった。
振り回す勇者の剣を縦横無尽に飛び躱し、一瞬の隙を突いて彼の背後でキンさん本来の姿に合体、彼を羽交い締めにし動きを止める。
「執刀!」
ジャンクがメスを振るうと、勇者の体をうっすらと包んでいたオーラのようなものが切られ
「鉗子!」
新たに渡された鉗子をその切れ込みに入れ、中から泥のような気の塊を引っ張り出す。そのまま白衣姿のほうれん草の野菜人が構える袋(消毒済みのマーク付)に投げ入れると、野菜人は素早く口を結ぶ。
「摘出完了」
勇者に纏っていたオーラのようなものが、つなぎを失ったかのように崩れ霧散する。
「次、賢者行くぞ!」
勇者と同じように賢者から邪念の核とも言えるものを摘出、続いて戦士、戦士2、最後に魔法使い。
「何であなたたちがここにいるんです?」
壁にもたれるようにへたり込み、水を飲んでいる勇者パーティにキンさんが聞いた。すでに霊から解き放たれている彼らは、さすがに言いにくそうに顔を見合わせるが、やがて諦めたかのように
「この空間は、かつて魔王軍と勇者軍団が戦っている間、封じられた空間で、まだ誰の手も入っていない。だったら当時の連中が使っていた武器や防具もそのままだろうし、中にはかなりの業物もあるだろう。それを手に入れたかった。お前達の手が入る前に」
そこへピーと野菜人、果実人達が扉の先から戻ってきた。
「キンさん、女神らしいもの見つけました。多分アレだと思うんですけれど」
一同がぞろぞろと奥へと進んでいくに従い、中の様子が変わっていく。うっすら積もっていた埃がなくなり、床や壁、調度品などは綺麗に磨かれている。とても封鎖された戦場とは思えない。
「女神って、あれのことじゃないかな」
先頭に立つ果実人が指さす先には壁に飾られた1枚の肖像画があった。縦1.5メートル、横1メートルほどの大きさに、人間で言えば7、8才ぐらいの女の子が描かれている。動物のぬいぐるみに囲まれ、良家のお嬢様のようにたくさんのフリルがついたピンクのドレス姿。ふんわりとした金髪は綿菓子のような柔らかさを感じさせる。くりくりした目の笑顔は、子猫を見ているようで、見るものの闘争心を削ぐようだ。
しかもその絵の周りは念入りに掃除され、戦いの跡すらない。
「そうだ、この絵だ。この絵を見つけて、金になりそうだと外そうとしたら」
勇者がつぶやくのに、そばの果実人が「泥棒だ」とつぶやいた。
それが合図であるかのように
(我らの女神を奪おうとするのは誰だ?!)
(戦いの中に咲く一輪の花)
(殺戮の海における安らぎの微笑み)
部屋のあちこちの扉から強い怨念が靄のようなにじみ出た。さらには鎧に身を固めた無数のアンデッド。装備からして元は勇者軍団らしい。
「ででで出たーっ!」
慌てて武器を構える勇者達を背に、キンさんが何か気まずそうに頭蓋骨を掻きながら霊たちと対峙する。
「あの、皆さんは勇者軍団の方々ですよね」
(そうだ。終わりなき魔王ハラスメントとの戦い。その苦しみを支えるものは、戦いの最中見つけたこの乙女、我らにとって女神の絵)
「あの……描かれているこの女性は誰だかご存じなんですか?」
(知らぬ……古いこの城の姫か、魔王がたまたま手に入れた肖像か?)
「言いにくいんですが、この女性が魔王ハラスメント様です。つまりこれ、魔王ハラスメント様の肖像画です」
キンさんの言葉に霊を含むその場全員が動きを止めた。
(う、そ、だぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!)
霊たちが絶叫した。
(魔王と言ったら怪物じみた外見かおっさんか爺いに決まっている。それが常識だ!)
その叫びに勇者パーティが部屋の隅で肩をすくめた。彼らもまたボンキュボンに対して同じ思いを持っていたからだ。だが、彼らを責めるのは酷である。テレビなどないこの世界。魔王の名前は知っていても、実際に対面するまで顔は知らないかったという勇者は珍しくない。
(そんなことで我らを謀ろうとしても無駄。魔王がそんな可憐な少女であるはずがない!)
「本当だぞ」
言いながら入ってきたのは、エリザベスを連れた魔王ボンキュボン。
「子供の頃、魔王対抗歌合戦で見たことがある。見かけは少女だが、その絵が描かれた頃は800才ぐらいのはずだ」
「魔王様、どうしてここに?」
「こまめに受けた報告から特に問題なさそうだと思ってな」
そして霊たちはキンさんの「魔王様」という言葉に反応した。
(魔王だと?! お前が魔王ハラスメントか。覚悟ーっ!)
霊たちが渦巻き、ひとつになってボンキュボンめがけて突っ込んでくる。が、魔王をかばうようにエリザベスが立ちはだかり
「お掃除は私の仕事ですわ! お掃除ロールヘアー!!」
彼女の両縦巻髪が左右に立ちドリルのように高速回転。左の髪は吸引力、部屋中の埃はもちろん、漂っていた霊たちまで吸収してしまう。
右の縦巻髪はその放出、左が吸い込んだ霊たちを渦を巻いて排出する。その先には、清掃班の野菜人達が「魔王印の特製ゴミ袋(特特大)」の口を開けて待ち構えている。悲鳴を上げながら霊たちがその中に放り込まれると、野菜人達が素早くゴミ袋の口を結んでしまう。
(おのれ魔王、出せ~っ!)
霊たちが暴れるがゴミ袋を破ることは出来ず、結ばれた口もほどけない。
「10日ほどお日様に当てれば霊たちも弱体化するでしょう。その後話をして消滅するかアンデッドとして魔王城で働くか決めさせましょう」
というのがジャンクの判断であり、ボンキュボンもそれを受け入れた。
魔王ハラスメントの肖像画は現在、魔王城の展示室「魔王城の歩み」コーナーに飾られている。
(おわり)
先代城主であり人間に滅ぼされた魔王ハラスメントの話。キンさんは彼女についてある重要な記憶を失っているのですが、書く機会あるかなぁ?
ハラスメントが(外面は)ロリっ娘というのははじめから決めていました。ハラスメント時代の話も書いてみようかと思うときがありますが、ちょっと……重すぎる話になるので。




