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未亡人魔王ボンキュボンの城  作者: 仲山凜太郎
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【第18話 ドラガン改造計画】

「ドラガン様のその姿は、ご自身で決めたものなんですか?」

 魔王城大食堂。城内関係者用スペースで、メイドのメイは前の席で中華丼を食べているドラガンに聞いた。

「そうだけど。何で?」

「いえ……変えることができるならば、もう少し健康的なお姿の方がよろしいかと」

 その意見に周囲で食事していた野菜人、果実人達もそろって頷いた。

「そんなに私の姿は不健康かな?」

 どこに持っていたのか手鏡を取り出し自分の姿を見る。青白い肌。痩せぎすの体。薄い髪に垂れ気味の目。こけた頬。伸びた手は骨と皮が目立ち、力を入れれば折れそうだ。

「不健康と言うより衰弱しているように見える」

 これは横で焼きうどんを食べていた魔王ボンキュボンの感想だ。もっとも、ドラガンが弱々しい見た目に反しとてつもない力を持っているのはここにいる全員が知っている。何しろ彼の正体はドラゴンでも最強と言われる極炎竜。全長100メートルを超える巨体はあらゆる武器や魔法を弾くと言われる鱗で覆われ、雷を操る角、オリハルコンをも切り裂く爪、口からは1兆度に匹敵するという高熱線を吐き出す。戦闘力ならば文句なしで魔王城№2なのだ。

 もっともその極炎竜たちも人間達の作戦で1匹、また1匹と殺され金になるからと牙を抜かれ、角は折られ、皮や鱗を剥ぎ取られ、肉は食べられ、骨は加工されていった。おかげでドラガンがすっかり「人間の方がよっぽど強いよ怖いよ」と人間恐怖症になってしまった。

 彼が人間の姿になるのを覚えたのも、人間達に狙われないための擬態なのだ。

「これでいいんですよ。弱そうな姿なら、人間達も相手にしないだろうし、もめ事があってもこの姿で謝れば、ほとんど見逃してくれる」

「しかし、それだと私がろくにものを食べられない安い賃金でこき使っているように見える。城のイメージダウンだ」

「そうです。ですからもう少し見栄えの良い姿に変えましょう。ちょうど良い参考書もありますし」

 メイが取り出したのは人間達のファッション誌。定期的にやってくる美容師のヴィダルが、店の古い雑誌を持ってくるのだ。どれも半年以上前のものだが、魔王城にとって人間界の流行を知る数少ない情報源である。

「モデルさん達の顔姿を参考にして、新しいドラガン様の人間体を決めましょう」

 こうして、ドラガン本人の意見を無視して彼の人間体再考が決まった。


 カクーノ国首都トキョト。その中央にある乗合馬車センターにメイド姿の女の子と麗しき銀髪の美青年が降り立った。青年の方は身長180㎝強。体形も立ち姿もグラビアから抜け出たように決まっている。周囲の女性のほとんどが足を止め羨望のまなざしを向け、男達はあまりの決まりっぷりに嫉妬すら起こらない。

「メイちゃん。みんな見ているけれど、私たちの正体がバレたんじゃ……逃げよう」

「みんなが見ているのは私たちを怪しんでいるんじゃありません。今のドラガン様が格好良いからです」

 そう。この2人。メイちゃんとドラガンの新たな人間体である。何で2人がトキョトに来たかというと、ボンキュボンは「人間の街に魔王城の出張所を作りたい」と考えているからだ。だが問題もある。魔王城に来る人たちはここが魔物達の居住区だとわかっているから、野菜人や果実人などの魔物が働いていても大丈夫だが、人間の街の出張所はそうはいかない。すくなくとも地元で受け入れられるまでは従業員は人間か、人間とあまり変わらない外見、人間に変化できる魔物が望ましい。そうなると人員は限られる。

「……できればドラガンに出張所の所長を任せたいんだが……」

 もちろんこの案にドラガン本人は全力で拒否した。しかしボンキュボンは諦めず「とにかくお前の人間恐怖症を治せぬまでも軽くしたい」と新たな人間体でメイと一緒に人間の街に出かけさせたのだ。

「メイちゃん。早く用事済ませて帰ろうよ」

「でも、魔王さまからはできるだけゆっくりするようにと」

 用事というのは出張所に適した場所探し。ボンキュボンは「無理に決める必要は無い。この辺りがよさそうレベルでかまわない」と言うが、そのためには街をあちこち歩き回らなければならない。

「とにかく、どう回るのか考えましょう」

 トキョトの街を描いた地図を指さし向かうと、ドラガンが「ひいっ」と小さな悲鳴を上げて立ち止まった。

 地図の横には「魔王討伐のための勇者募集」と並んで「魔王城に生息する極炎竜を倒そう!」のポスターが貼ってあった。

 しかも「極炎竜はこんなに金になる」と極炎竜の図と共に「鱗1枚いくら」「牙1本いくら」と換金レートが表示、さらには「血の効用」と称して「極炎竜の血を飲めば強運を得られる。宝くじ10回連続1等も夢じゃない」「肉を食べれば不老不死」などと書かれている。

 それを目の当たりにするやドラガンは

「……殺される。やっぱり殺される。人間怖い。逃げなきゃ、逃げなきゃ」

 と震えだした。さすがに周囲も何事かとばかりに彼に心配そうな目を向ける。メイもそれに気がつき

「失礼します!」

 とドラガンをむんずと持ち上げ駆けだした。その様子をたまたまその場にいた毎度おなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者オカマのパーティが唖然として見ていた。


「大丈夫ですよ。今の姿ならば誰もドラガン様の正体はわかりません」

 人参ジュースを前にドラガンとメイはカフェで一休みしていた。

「でも、みんな私たちを見ているような」

 おどおどしながら見回す。何しろ超絶美形の青年とメイドという組み合わせは嫌でも目立つ。みんなが2人を見ては「何者だろう」と小声で噂している。

「気のせいです。それより、これから回るコースを決めましょう」

 メイがテーブルにトキョトの地図を広げる。ドラガンと違いメイは何だか(これってデートみたい)と楽しそうだ。

「現在地は……」地図をなぞるメイの手が止まる「どこでしょう?」

 彼女もトキョトは初めてである。誰かに聞こうかと辺りを見回すと

「あの、よろしいですか」1人の女性がドラガンに近づき「ファッション雑誌の編集をしているものですが、モデルに興味はありませんか?」

 と連絡先を記したカードを差し出す。それを皮切りに次々と女性達が駆け寄り

「もしお時間がありましたら、是非我が家へ」

「是非ともお近づきに」

「どちらの国の貴族で? 爵位をお持ちなのでしょう」

 次々とドラガンに詰め寄ってくる。その勢いにドラガンが恐怖で固まる。そこへ

「何をしているのです。この方、困っているではありませんか?」

 身なりの良い、良家のお嬢様といった感じの女性が声をかけ、共らしい数名の屈強な男子がドラガンにまとわりつく女性達を追い払う。

「あ、ありがとうございます」

 さすがに彼女が自分を助けてくれたというのはわかるドラガンが礼を言う。彼女はテーブルの上に広げられた地図をちらと見

「トキョトには不慣れのようですわね。よろしければ私の親族が経営する店が近くにあります。そこでお話しをうかがえませんか? 何かお役に立てることがあるかもしれません」

 さすがにこの流れでは断りづらい。断るタイミングを得られないまま、ドラガンとメイは彼女たちに連れられて近くにあるという「親族の経営する店」とやらに身を移した。


(この店……すごく高そう?!)

 天井から床まできらびやかな装飾が施された店内。値段の書かれていないメニュー。ドラガンの隣でしなを作って寄りかかろうとする半裸の女性達が、ドラガンの「これ頂いて良いかしら」と勝手にメニューの品を注文している。

 メイの中で危険を知らせるサイレンが鳴り響く。魔王城の前に働かされていた職場をメイは思い出した。

「ドラガン様、早く出ましょう。ここは危険です」

 彼の手を取り立ち上がろうとすると

「あら、もうお帰りですの。でしたらお会計を」と先の女性がかざした請求書の金額を見てメイが目を丸くした。滞在費としてボンキュボンから預かってきたお金の5倍はある。

「あたしたち、まだ何も注文していません」

「お連れの方が注文しましたよ」

 と彼女の声に合わせて、先ほどから勝手に注文しまくった半裸の女性達がグラスを掲げる。

「メイドの連れて街見物なんてするような世間知らずのお坊ちゃまへの勉強代と思うことね。だいたい何、その服装。去年はやったものじゃない。流行遅れもいいとこよ」彼女が手を上げるのに合わせて、奥の扉から「ご用ですか、ビューティ様」と屈強なスーツ姿の男達が次々と現れる。と、そのうちの1人が

「メイ?」

 と声を上げ立ち止まる。聞き覚えのある声にメイは男を見て「あっ」と声を上げた。メイが海でドラガンに拾われたとき、彼女を連れ戻しに来た前の職場ヤナヤツ商会のメンバーだ。

「ここ、ヤナヤツ商会の系列店?!」

 青ざめる彼女に男は面白そうに含み笑い

「せっかく逃げられたのに、わざわざうちの系列の店に入るとはな。今度は妙な味方はいないようだな」

 立ち上がるドラガンを男達が数人がかりで取り押さえ、そのまま床に押し倒して押さえつける。

「職場から逃げたって言うメイドとその仲間かい。だったら尚更遠慮はいらないねぇ」

 笑みを浮かべるビューティ・ヤナヤツは、出会った時のようなお嬢様っぽい雰囲気はもうない。ただ、罠にかかった獲物をどうしようか考える悪女でしかない。

「さて、どうしようかね」

 舌なめずりする彼女に、メイが震えて後ずさる。その姿に、ドラガンの中で「メイちゃんを助けなきゃ」という思いが膨れあがり、人間達に対する恐怖を突き飛ばした。


 ヤナヤツ商会が経営するぼったくり店が爆発するように粉々に吹っ飛び、中から巨大な極炎竜が姿を現した。周囲に瓦礫が降り注ぐ中、極炎竜が一声鳴くと、それは破壊音波のように周囲に亀裂を生じさせ、羽ばたいた翼はすさまじい突風を生み出し人や馬車を吹き飛ばしていく。まるで怪獣映画の一場面だ。

 その様子を勇者パーティは離れた場所であんぐりと口をあげながら見ていた。が、すぐに激しく首を振り気持ちをしゃんとさせるとドラガンに向かって駆け出した。

「ドラガン様、人の姿になってください。このままでは街が壊れます」

 瓦礫から這い出たメイが叫ぶ。その腕を駆けつけた勇者が取る。

「ここにいたんじゃ巻き添えを食うぞ!」

「あなたたち。魔王さまの敵の人達!」

「そんなこと言っている場合か!」

 叫ぶ勇者の姿に周囲の一般人達が「おい、魔王討伐体の勇者だ!」「早くドラゴンをやっつけてくれ!」と期待の声を上げる。

 期待の視線と声が彼らに向けられる。それに勇者達が固まった。正直、ドラガンが本気で暴れたら彼らが1,000組いても勝ち目はない。

「全員、後方へ突撃-っ!」

 勇者の叫びを受け、メイを担ぎ上げた戦士を先頭に一目散に逃げ出した。

 勇者達と入れかわるようにやってきたトキョトの兵士達が攻撃を始める。これでもかとばかりにドラガンに降り注ぐ魔法攻撃、矢、投石。

「止めて止めて止めてください」

 ドラガンにとっては痛くもかゆくもないが、自分が攻められているという気持ちが彼を弱らせる。魔法の爆煙が包み、晴れるとそこにドラガンの姿はなくなっていた。兵士達が「どこに消えた」と辺りを見回す。

 瓦礫の中から埃まみれのビューティが這い出てくる。周囲から同じように出てくる男達に

「あ、あの男を見つけなさい。極炎竜だとて関係ないわ。弁償させるわ。一生奴隷としてこき使ってやる!」

 足がガクガク震えても威勢だけは良い。その周囲。瓦礫の中でうめき声を上げる人々の中に不健康そうな男が1人、縮こまって身を震わせていた。美形バージョンではない方のドラガンだ。爆煙で実が隠れたタイミングでこの姿になったのだ。

「ちょっと、そこの不細工男!」ビューティがドラガンを指さし「メイドを連れたすごい美形の男を見なかった?!」

 さすがに先ほどの美形と目の前の不健康男が同一人物だとは思わない。ドラガンも恐怖で声の出ないまま首を激しく横に振る。

「逃がすものか。絶対捕まえてやる。殺してやる。殺してやるーっ!」

 ビューティ怒りの形相に、ドラガンの顔がますます青白くなった。目の前の男がその極炎竜だとは気がつかず、彼女はお供を連れて駆けだしていく。


 この後、ドラガンは「もういやだ。これから人間に擬態するときはずっとこの姿で行く」と不健康バージョンでボンキュボンたちに宣言したのは言うまでもない。


(おわり)

 ドラガンの人間態(不健康バージョン)にはイメージモデルがあります。アニメ「未来警察ウラシマン」に出てきた犯罪組織ネクライムの総統フューラーの若い頃の姿です。ただ、フューラーは自分の夢に邁進していたので目と口調に力がありましたがドラガンにはありません。

 ちなみにドラガンを人間恐怖症にしたのは、そうでもしないと強すぎるからです。

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