【第17話 愛を呪わば穴2つ】
「今日もいつもと同じでよろしいのですか。たまには髪型を変えるのも気分転換になりますよ」
魔王ボンキュボンの髪を掬いつつヴィダル・サースンが提案するが、
「たまにはそれも考えるが、400年ほど同じ髪型でいると、変えるのに抵抗がある」
「いつも同じ答え。もったいないと思いますよ。人間ではお目にかかれない見事な髪質」
「全くですわ。魔王様はもう少し髪のお洒落に気を遣うべきです」
後ろの席で順番待ちをしているエリザベス・マイマイが雑誌から顔をあげて言った。
全体から見たら数は少ないが、魔族・魔物の中には髪の手入れをする者もいるため魔王城内には美容院がある。今も他の席では他の魔族が髪の手入れをしている。トウモロコシの野菜人も頭の髪をサラサラにしてもらって満足そうだ。
ヴィダルは今年38才になる人間だが、20年前にボンキュボンと縁が出来て以来、定期的に魔王城を訪れ、髪の手入れをしている。魔王専用の美容師とも言える彼女だが、時間が許せば他の魔族達の髪も繕う。エリザベスの見事な縦ロール髪もヴィダルの手によるものだ。ここ数年は弟子を何人か連れて魔物の髪をいじらせている。
「あら、そちらは新人さん。人間は珍しいわね」
声をかけられ、隅に座って順番を待っているメイド姿のメイ・ドーデスが萎縮した。
「あ、あの……。本当に私も良いんでしょうか? あたしはただのメイドなのに」
「だからだ」髪をとかしてもらいながらボンキュボンが「従業員にきちんとした身だしなみをさせるのは魔王の義務だ。ヴィダル、彼女がまたしたくなるような髪にしてくれ」
「もちろん。お洒落に目覚めさせてあげるわ」
ヴィダルの微笑みにメイはさらに萎縮した。魔王城に来るまでの彼女の職場は身だしなみに注意や叱咤はしても、それを正すための手助けなどしてはくれなかった。
切った髪はまとめて地下に持っていき、ドラガンに燃やしてもらう。普通の人間や魔族ならまだしも魔王の髪には魔力が帯びている。へたに扱っておかしな形で拡散したら問題になるため扱いも慎重である。とはいえ、今まで問題が起きたことはない。それで油断があったのだろう。処分までの間保管しておいた袋から、髪がひとつかみ盗まれたことに誰も気がつかなかった。
「これがボンキュボンの髪か。これで呪いの人形ができる」
白紙に包まれた髪にカクーノ国王宮魔術師プレッセントが歓声をあげた。今年80歳になる彼は髪も髭も真っ白、顔は無数の皺が寄っているがまだまだ元気で現役。先日の野球大会(「おっぱいベースボール参照」)でボールにバットを避ける魔法をかけたのも彼である。
「陛下。これさえあれば魔王ボンキュボンに愛の呪いをかけることができます。さすればあやつは自ら跪き、陛下の靴を舐めながら愛人にしてくださいと懇願するでしょう。先の野球においては不覚を取りましたが、今度こそ」
その言葉にカクーノ国王タクロース17世も満足げに頷く。
「あいつは意地っ張りだからな。魔王のプライドがあるのか、予の愛人になりたくてしようがないのにその気がないそぶりをする。おかげでこんな面倒くさい手を使わねばならぬ。お前達、髪の入手、ご苦労であった」
タクロース17世には珍しくねぎらいの言葉を向けた先にはご存じ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者のパーティがかしこまって並んでいる。が、成功したにもかかわらず5人の顔はどこか不満げだ。
「ちょっと……やっぱりこの仕事気に入らない」
魔法使いの呟きに、戦士2人と賢者も頷く。
「仕方ないだろう。これでこの前、攻撃情報を漏らした罪を帳消しにしてくれるっていうんだから」
先日、タクロース17世が軍を率いて魔王城を攻撃しようとしたとき、勇者達はその情報を魔王城に知らせたことがある。その罪を消す条件として、ボンキュボンを狙った呪いの人形作りに必要な髪の毛の入手を命じられたのだ。
「さすがは魔王の髪です。人とは違う力を感じますな」
髪をつまみ上げ悦に入るプレッセント。彼はボンキュボンを見たことがないので気がつかなかった。タクロース17世も勇者達も彼女の髪をじっくり見たことはなかった。
だから誰も気がつかなかった。プレッセントがつまみあげた髪はボンキュボンの見事な黒髪と違って赤みがかっていることに。
「魔王様、大変です。メイちゃんが!」
野菜人達の報告を受けて魔王城従業員宿舎最上階(屋根裏)にボンキュボンが駆け込んだとき、すでに彼女が横たわるベッドを中心に、ブランク・ジャンクが魔法陣を描く準備を始めていた。ベッドに横たわる彼女は、まるで愛する男性から愛の告白を受けたかのような恍惚の表情度激しい嫌悪の表情を交互に浮かべては戸惑い、苦しんでいる。
野菜人や果実人達が心配そうに部屋の隅や扉越しに中をのぞき込んでいる。窓の外にはやはり心配そうな顔の鳥人や妖精たちの姿。
「原因は呪いと聞いたが本当か? どんな呪いだ?」
その言葉が届いたわけではないだろうが、メイが身をよじらせながら
「嫌です……あなたの愛人になんかなりません」
どこかエロチックな声で抵抗の呟きを漏らすのを聞いてボンキュボンは呆れて息を吐いた。
「……誰が、どんな呪いをかけたのか見当がついた」
その呟きに野菜人や果実人達も「僕もわかった」「わかりやすいな」「あいつ本当に王様か?」と呆れ声。
ジャンクが魔方陣を描きながら
「感情付加型の呪いです。時間と共に新たな呪力が注がれ力を増していきます。まずそれを防がないと」
「遮断するだけで良いのだな!」
言うやいなやボンキュボンの角が発光する。気合いと共に彼女の体から魔力が広がり、メイを中心とした魔力の玉が完成、外部からの魔術を遮断する。途端、メイの体から安堵の息と共に力が抜けた。
「メイ、具合はどうだ?」
「少しだるいですけれど、だいぶ楽になりました。私にいったい何が起こったんですか?」
「呪いがかかっている。おそらく私に向けたのだろうが、なぜかお前にかかってしまったらしい」
そこへドラガンが野菜人達を掻き分けるように顔を見せた。もちろん極炎竜本来の姿ではなく不健康そうな青白い顔をした人間の姿だ。
「メイちゃんが呪われたって聞いたんですけれど」
彼を見た途端、メイが真っ赤になって布団をかぶって震えだす。
「なななな何でもありません!」
「何でも無いようには見えないけれど」
言いながらドラガンは周囲の様子を見回す。
「ちょうど良いところに来た。ドラガン、メイを助けるため、ちょいとやって欲しいことがある」
ボンキュボンの頼みにドラガンは「何でしょう?」と前に出る。
「私が良いと言うまで、メイを抱きしめていてくれ」
途端、メイが真っ赤になって頭から湯気を噴き出した。それにかまわずドラガンは布団を剥ぎ取ると、寝間着姿のメイを抱きしめた。
「ふみゃっ」
可愛い奇声を上げてメイが気絶した。まるで口から魂が抜けたような幸せな顔で。
その様子を横目にボンキュボンは自身が作り上げた結界を見上げ
「感じたところ、これは人間が用いる呪い。相手の髪の毛を埋め込んた草で写しの人形を作り、それを通じて相手に影響を与えるというものだ。私が定食屋のおかみだったころ、近所の森の中でその人形に釘を打ち込み相手を苦しませるという儀式が何度かある。
……ならば対処の仕方はある」
ボンキュボンは頷くと改めて結界・耐呪防壁を見回した。
「耐呪防壁?! バレたのか?」
カクーノ国王宮地下。呪術用の部屋でタクロース17世は怒りを露わにした。しかしプレッセントは微塵も慌てる様子を見せず
「ご安心を陛下。魔王というのは古来より攻めには強いが守りには弱いもの。ボンキュボンの防壁を探りましたところ、1ヶ所綻びがございます。これより我が魔力を練り上げ、そこを攻め突き破り、直接魔王の心に呪力を打ち込んでご覧見せます」
自信満々に彼が指さす先にはボンキュボンと同じぐらいの大きさの藁人形(貝殻ビキニつき)が杭に縛り付けられ立っていた。
「さすればいかに魔王といえども、喜んで陛下の愛人となるでしょう」
「うむ。期待しているぞ。予は寝室に置いて全裸で待機している」
腰を振りながら出て行くタクロース17世を見送りながら、プレッセントは改めて藁人形に向き直る。ボンキュボンの防壁の綻び、自分ならばそれを突き破る自信があるが、言い方を変えればそこしか破れる場所がないということ。向こうが綻びに気がつき、修復する前に攻めなければならない。一発で全てを終えなければならない。
プレッセントは人形の前で念を込め、魔術の釘を作り始める。これを打ち込んだとき、人形を通じて呪いはボンキュボンの心を支配し、彼女をタクロース17世の愛の奴隷にするだろう。ただ、彼にとって誤算だったのは人形に埋め込んだ髪はメイのものであり、この呪いも彼女に向けられていること。そして彼はまだそのことに気がついていない。
魔王城。メイの部屋。
「呪術をたぐりましたところ、呪いはカクーノ国王宮地下で行われているようです」
ゴールデンスケルトンのキンさんの報告にボンキュボンは呆れたように
「やはりあのバカ王がらみか。呪いの性質で予想はついていたが。この前の野球でボールに魔術をかけた奴、そいつが実行犯だな」
部屋を覆っている耐呪防壁を見上げる。
「呪いを打ち消してもまた別の呪いをかけてくるだけだ。ちょっとかわいそうだが、呪術師には痛い目にあってもらおう」
「できますか?」
「そのために、わざと1ヶ所防壁に綻びを作った」
ボンキュボンは綻びとメイを結ぶ直線上に仁王立ち、綻びの向こうにいる魔術師に向けて不敵な笑みを浮かべた。メイは相変わらずドラガンに抱きしめられ、魂が抜けたように腑抜けている。
「向こうもこの綻びがあるうちに仕仕掛けてくるはずだ。それも最大級の魔力で……来た」
綻びの向こうから、呪いのハイウェイを通って強い呪いが飛んでくるのをボンキュボンは感じ取る。呪いの中には無数の「抱いて」「犯して」「愛人にして」「私はあなたの奴隷です」といった品のない強い想いが詰まっていた。ゴミを見るような目で呪いを見つめ
「呪いに頼るような奴が……愛を語るな!」
くるっと一回転すると、野球のユニフォーム姿に変わる。手にはバット。背番号はバストサイズの95だ。
先の試合以来、ボンキュボンは城内のバッティングセンターで練習をしていた。綻びを突き破る呪いに一本足打法でバットを振るう。
「呪い返し!」
カキーンと綺麗な音と共に呪いは綻びに向けて打ち返された! それは呪いのハイウェイを逆走し、カクーノ国呪術用の部屋に飾られた藁人形に戻ってはそれを突き破り、渾身の一撃を放って肩で息をしていたプレッセントを直撃した!
勢いで部屋の反対側の壁に吹っ飛びぶち当たるプレッセント。呪いの藁人形はピンクの炎に包まれ灰となった。
ボンキュボンが「手ごたえあり」と満足げに頷くと同時に、メイの目に力が戻る。呪いが完全に解けたのだ。途端、自分がドラガンに抱きしめられていることに気がつき悲鳴を上げた。
「すみません。大きな声を上げて」
「気にしないで。無事で良かった。呪いが解けたせいかな……何だが髪から良い香りがする」
そんなドラガンの言葉にメイは照れくさそうにうつむいた。
皆が部屋を出て、メイと二人っきりになったボンキュボンは、そっと彼女に
「どうだ。美容院も良いものだろう」
つぶやかれ、メイは頬を染めたまま小さく頷いた。
「来るなぁーっ!」
「陛下。愛しております。どうか私めを愛人として、毎夜可愛がって下さいませーっ!」
深夜の王宮。素っ裸のタクロース17世を全裸のプレッセントが目をハート型にして追いかけ回していた。その動きはとても80の老齢とは思えない。彼の全魔力を練って作られた呪いは彼自身に浸透していた。
その様子を王宮内の人達は「関わりたくない」とばかりに隠れながら、遠巻きに見ている。その中には勇者パーティの面々もあった。
「どうする。陛下が危ないけれど助けないの?」
『やだ。気持ち悪い』
魔法使いの問いかけに、勇者と戦士、戦士2がそろって答えた。
「そのうち体力が尽きて倒れるでしょうから、助けるのはその後にしましょう」
賢者の意見に皆が同意する。
深夜、王宮に響き渡る王と宮廷魔術師の叫び。それは様々に形を変え「王宮の怪談・全裸の呪い」として語り継がれることになる。
(おわり)
最初はボンキュボンの髪のお手入れについて考えていたら、髪の毛→呪いと変わってしまった話。本作が18禁だったら、呪いを受けたメイちゃんはもっとエロく悶えることになったでしょう。
ちなみに髪の毛を手にしたタクロース17世。勇者達に「ちなみにこの毛は、上の毛か? それとも下の……」というセリフがありましたが、抵抗を感じて削りました。それだと彼らは毛を浴室で入手したことになってしまい、美容師ネタは使えない。今回の下品ネタはオチだけで十分。
呪いの人形に相手の髪の毛を入れるというのは良く聞きますが、やっぱり下の毛でも効果があるのだろうか?




