【第16話 コロニャン第2波 魔王城最期の日?!】
乗合馬車「魔王城前」停留所から徒歩5分のところにある魔王城正門。人間達に対して門を開き数少ない常連もいるとは言うものの、やはり魔物が闊歩する魔王城は賑わっているとは言いがたい。おどろおどろしい外見と相まって初心者お断りの雰囲気を醸し出している。
今の魔王城はそれだけでは無い。外堀を渡るため吊り橋は高く上げられ、入り口横の立て札には
『しばらくの間、閉城します。開城時期は未定です。急用の方は用紙に住所氏名、用件を書いて連絡箱に入れてください。 魔王城管理組合』
とあって、横には用紙と鉛筆、連絡箱が備えつけられていた。
「だるいニャン」「気分悪いニャン」「食欲無いニャン」
「このまま死んじゃうのかニャン。でも生きるのも面倒だからそれでも良いかニャン」
魔王城病院の病室は高熱を出して寝込んでいる野菜人、果実人達で満杯だった。病室だけでは間に合わず、居住区の自室で寝込んでいるものも多い。いや、そちらの方が大半だった。患者も彼らだけでなく少数の巨人や動物型魔族、スライムやゴーレム、ゾンビまでも寝込んでいる。患者たちは皆、頭に猫耳が生えて語尾に「ニャン」がついていた。
かつて魔王城で猛威を振るったコロニャンウィルス。その新種オミミニクロン種の流行である。猫耳と語尾ニャンはこの種の感染者たちに見られる特徴だ。
「死亡率は前より低いのですが感染力が高い。発病中は強い倦怠感に襲われ、普段していることのやる気がなくなってしまうのが特徴です」
患者達が並ぶ前、魔王ボンキュボンに医局長ブランク・ジャンクが報告する。感染を防ぐため、彼と医局班の魔物達はまるで細菌部隊のような防護服に身を包んでいる。ただしボンキュボンとメイドのメイだけはいつもの格好だ。ボンキュボンは全身を覆う魔力防壁・通称「魔王バリヤー」によって守られているし、メイは取り込んだドラガンの血の力がオミミニクロン種よりも強いのか影響を受けない。
メイのことを知ったドラガンは「私の血を患者に与えればみんな治るのでは」と提案したが、ボンキュボンは「お前が出血死する。致死率は高くないし、そこまでする必要はない」と却下した。
「お前達も悪いタイミングで来たものだな」
隅のベッドでそろって寝込んでいるのは毎度おなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者のパーティ。そろって猫耳を生やして高熱を出している。例によって魔王城に突撃してきた途端、猫耳を生やしてぶっ倒れたのだ。
「治療代を取る気はないから安心して4、5日寝ていろ。桃缶食べるか?」
メイに桃を食べさせてもらう一行の中、勇者だけはかろうじて力のある目を向け
「戦いに……来たんじゃないニャン。お前達に忠告に来たんだニャン」
「忠告?」
「国王タクロース17世がニャン、5,000の兵を揃えて向かっているだニャン。陛下はここを攻め落とし、お前を愛人にする気だニャン」
「冗談は病気を治してから言え」
言いながらボンキュボンは真面目に満員の病室を見回す。ハッキリ言って今の魔王城の戦力は普段の1/20以下。5,000の兵は脅威である。
魔王城まで歩いてあと1時間弱の道を総数約5,000のカクーノ軍が進軍している。その最後尾、悪趣味レベルの豪華絢爛な馬車に乗り込んでいるのは国王タクロース17世だ。
「いよいよボンキュボンが全裸でひれ伏す日が来るぞ」
「そのためにこれだけの兵を繰り出す必要があるのでしょうか?」執事のノレド・ノレフが息をつく「急な故、兵の訓練も十分ではありません。これまで通り少数精鋭の勇者部隊で宜しかったのでは」
「いや、やはり世が自ら出なければ。それに予は夢を見た。ボンキュボンが予の力の前に敗北し
『ぼんきゅぼんが、あいじんになりたそうにはだかになってこちらをみています。あいじんにしますか?』
状態となるのを。偉大なものは皆未来の夢を見る。だからあれは未来の姿だ」
「そうでしょうか?」
ノレフが心配そうに前を行く兵達を見る。突然の収集だったため、皆準備が不十分だ。武装も剣から菜箸までバラバラ、兜のかわりにウマのかぶりもの。サンダル履きの兵や学校指定のジャージ姿、ダンボールロボットとしか見えない鎧、なぜか蛙の着ぐるみ姿の兵もいる。
その兵達を巨大な影が覆う。
「ドラゴンだ!」
彼らの頭上をドラガンが飛んでいる。かなり距離を開けてはいるが、極炎竜の巨体は見間違えようが無い。
「ボンキュボンの手駒だ。攻撃しろ!」
矢が、火や稲妻、氷の魔法がドラガンにぶつけられるが、極炎竜の強固な体にはほとんど効果が無い。
「いきなり攻撃してきたーっ。やっぱりあいつら私たちを殺しに来たんだ。早く逃げよう!」
ドラガンが身を翻すと、その際に起こった風圧が兵達をなぎ倒す。飛んできた魔法使いが翼に叩き落とされ地面にめり込んだ。
猛スピードで射程距離から離れたドラガンが喚くのを、頭に乗って角にしがみついているメイが
「勇者さんたちの言ったとおりですね。なんとか話し合いできないかと思ったんですけれど」
親書を手に残念そうに息をついた。人間の彼女なら使者になるだろうとボンキュボンから言われやってきたのだが……。
「人間は自分が勝つと思っている限り、考えを変えませんニャン」マスクにどてら姿、猫耳を生やしたキンさんが「魔王様には不本意でございましょうが、一度、あやつめをコテンパンにのさなければなりませんニャン」
魔王城外壁の見張り部屋。そこからはこちらにやってくるカクーノ軍がよく見える。ボンキュボンたちはそこでこれからの対策を練っていた。幸いにもキンさんを始め何人かは倦怠感が薄く、ある程度は仕事を続けることが出来た。
「場内に入られて乱戦になれば、こちらの被害も大きくなりますニャン。出来れば今のうちに叩きたいですニャン。ドラガンが本気になって戦えば、あれぐらいの兵などものの数ではニャン」
「嫌だーっ!」外壁の陰に隠れているドラガンが喚く「人間はこっちが攻撃しなくても殺しに来る。攻撃したら全人類がやってくる!」
「世界中が敵になっても、あたしはドラガンさまの味方です!」
けなげなメイの姿を横目にボンキュボンは
「兵はただあのバカ王の命令に従っているだけだ。できれば傷つけずにバカ王だけ叩きたいが」
「そう都合良くは行かないでしょうニャン」
「ウンコしている時を狙うか。トイレの個室なら二人っきりで話が出来る」
「絶対向こうは勘違いしてきますニャン」
どう勘違いするかを言わなかったのはキンさんの配慮か。
そこへネグリジェにどてらを羽織ったエリザベス・マイマイが火照った顔にマスクをつけてやってきた。彼女もまた頭に猫耳が生えている。
「魔王様、ピーの姿が見えニャイのですが、ご存じありませんかニャン」
「いや、知らんが。あいつのことだから自室で寝ているだろう」
「それがいないんですニャン。感染者が勝手に出歩くニャンて」
心配げな彼女に、ボンキュボンは
「お前も感染しているんだから勝手に出歩くな」
と魔王城内に向けて押し返していく。
ドラガンの攻撃(と思っている)によってバラバラになったカクーノ軍が軍勢を整えている。
「王に対してなんたる無礼なドラゴンだ。今度来たらすぐに殺してしまえ」
怒りをぶちまけるタクロース17世。兵達も戦意を失ったものはいるものの
「あれは極炎竜か。手強いが、あれを倒せば大金持ちだ」
「魔王城の兵力がダウンしているというのは本当らしい」
兵の中にはやる気を出すものも出始めた。
「よし、準備が整い次第一気に攻め込むぞ!」
タクロース17世の言葉に(一部の)兵達が雄叫びを上げる。そこへ
「何だこの音は?」
どこからともなく笛のような音色が流れてくる。ざわめきなど多くの音があるにも関わらず、その音色はまるで兵達の脳に直接流れ込んでいくかのように清涼感溢れ、ハッキリ聞こえてくる。
兵達がどこだどこだと辺りを見回すと
「あ、あそこだ!」
1人の兵が指さす先、木にもたれるようにして忍者のような黒装束を着た猫型の魔族がしずかに口に1枚の葉を当てていた。そきほどから流れてくるのはこの草笛の音色だった。
「人間では無いな。魔族か、何者だ?!」
タクロース17世に問われて、猫型魔族は静かに草を口から離し
「天が呼ぶニャン、地が呼ぶニャン。人から守れと俺を呼ぶニャンニャン。私は魔王ボンキュボン城警備班長グースカ・ピーニャン!」
兵が「黙れ魔物め!」と矢を放つと、ピーは苦もなくその矢をV字型に広げた2本の指で受け止めた。
「戦闘の意思ありと見なすニャン」
両手に鋭い爪のついた手甲をはめると、兵達に突っ込んでいく。
魔王城外壁に備えつけられた双眼鏡(お金を入れると数分間使えるというアレ)をのぞいていたボンキュボンは
「驚いた……ピーが1人で兵達と戦っている」
「そんなはずありませんニャン。私にも見せてくださいニャン」
ボンキュボンを押しのけるようにしてエリザベスが双眼鏡をのぞき込む。途端、カシャッという音と共に視界が真っ暗になった。ポケットを探る彼女にメイが「どうぞお使いください」と銅貨を出した。
それを使って双眼鏡をのぞくエリザベスの視界に、兵達を叩きのめしていくピーの姿が見えた。
「本当に戦ってますニャン。……戦いというより、一方的に無双していますニャン」
信じられないとエリザベスが目をこすっては何度も見直す。兵達の攻撃をことごとく躱し、受け流しながらピーは次々と兵達を叩きのめしていく。1人で数千の兵を圧倒している。
「ピー殿は魔界格闘大会で16年連続優勝したほどですからニャン。ただの兵士など何千人いようと相手にならないでしょうニャン」
キンさんの言葉にボンキュボンはそうだろうと頷く。
「それはともかく、ピーが誰にも言われず兵に向かっていくというのは意外だな。自室に敵が押し寄せても気にせず寝ていそうなあいつが」
「可能性はあります」
いつの間にか来ていたジャンクが
「今回のオミミニクロン種の症状は何事にもやる気を失う倦怠感が特徴です。普段からサボって寝ることばかり熱心なピーなら、それらをする気を失って全力で仕事をするようになったのでしょう」
「サボり転じて仕事熱心か」
「それだけではありませんニャン」エリザベスが双眼鏡をのぞきながら「あいつ、戦いながら人間達にコロニャンを感染させてますニャン」
戦いながらするピーのくしゃみ。激しく動く度に飛び散る鼻水。それらを受ける度に相手の兵達に猫耳が生え、「もう負けで良いニャン」と大の字になって倒れていく。今のピーは戦う細菌兵器だ。
小一時間ほどの戦いの末、大地には猫耳を生やした兵達が転がり
「あー、愛人なんで面倒くさいニャン……寝るぞニャン」
タクロース17世も馬車の中で、猫耳を生やして横になっていた。一方、ピーの方は
「……『世の中に寝るほど楽は無かりけり、浮世の馬鹿は起きて働く』……人間もいい言葉を残す……」
木の根元で丸くなって寝てしまった。語尾のニャンはいつの間にか無くなっている。
「風邪は人にうつすと治ると言いますニャン。あいつ、人間達にうつしまくって自分のコロニャンを治してしまったみたいニャン」
呆れたようにエリザベスが言った途端、また双眼鏡の時間が切れて視界が暗転した。
オミミニクロン種は先述の通り、感染力は高いが死亡率は低い。感染者は皆4、5日寝込んだだけで全快した。
「今回はお前達に感謝する。しかし、軍の攻撃を事前に我々に教えたことにより罰を受けたりしないか?」
全快し、町に帰る勇者パーティを正門まで出迎えたボンキュボンたちに対し
「余計な戦いの広がりは俺達も望んでいない……先輩のこともあるしな」
「あの勇者霊か……」
かつてここを支配していた魔王ハラスメントと戦った末、アンデッドとなった勇者のことを皆、思い出した。
「余計な勘ぐりはよせ! 魔王ボンキュボン、お前は必ず俺達が倒す! 戦争では無く勝負でな!」
相変わらず去り際のセリフだけは威勢が良い。
「そうだな。体を洗って待っていよう。期待しているぞ、人間の底力というやつを」
去って行く勇者達の背中を見つめるボンキュボンの目はどこか穏やかだった。
(おわり)
新型コロナ11波。お盆を過ぎればまた増加かと言われるこの時期に不謹慎と言われそうなネタ。しかもピーが使った治療法が……でも書きました。私自身も1度新型コロナにかかっているんですけどね。なんかそれ以来無性に疲れやすい。
猫耳語尾ニャンといったオミミニクロン種の症状は名前をコロニャンとした時点で考えていましたが、使う機会がありませんでした。そして、おそらく「ピーが格好良く無双する戦い」はこれが最初で最後となるでしょう。鼻水垂らしながら無双する姿が格好良いかは異論あるでしょうが。




