【第13話 海で拾ったメイちゃん】
海。人間達が楽しむ海水浴場から歩いて1時間ほどの小さな入り江は、周囲が崖になっているため沖からでしか見るのが困難となっている。その入り江の奥、切り立った岩肌の空間がゆがみ、中から数十人の野菜人、果実人がパラソルやビニールシートなどを手に続々と現れる。
彼らと一緒に現れた魔王ボンキュボンも今日はいつもの貝殻ビキニではなく赤いワンピース型の水着姿だ。
「ついたついた。相変わらす人気がないな。まぁ、そのおかげで我々が思いっきり遊べるわけだが」
サングラスにアロハシャツに短パン姿で思いっきり伸びをするブランク・ジャンクの陰から、「人間いないよね」と声を震わせながら麦わら帽子をかぶった30才ぐらいの青白い、不健康そうな男が顔をのぞかせる。人間に擬態したドラガンだ。
「そうだな。ドラガンも今日は思いっきり動いて良いぞ。昨日の嵐が嘘のように良い天気だ」
見上げると確かに雲ひとつ無い青空が広がっている。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
海に向かって歩くに従い姿が歪み、どんどん膨れあがってく。首が伸び、翼と尻尾が生え、全身を赤黒い鱗が覆っていく。ほんの数秒で男は全長100メートルを超える極炎竜の姿へと変わる。
極炎竜ドラガン。普段いる魔王城地下26階は彼が動き回るに十分な広さがあるが、やはり青空を思いっきり飛び回りたいときがある。今日は久しぶりにその思いが実現出来そうだ。大きく翼を広げると、ドラガンは大空へと飛んでいく。
今日は魔王達の休日。休みの面々で海に遊びに来たのである。
野菜人や果実人達が浜辺でボール遊びをし、砂のお城を作っている。スイカ割りをしている野菜人に間違えて叩かれたスイカの野菜人が怒っている。中にはシュノーケルを付けて潜り、貝を拾ってくる者もいる。
ボンキュボンものんびり体を砂に埋め
「お前達、妙なものを作るな!」
自分を埋めた砂の山、ちょうど彼女の股間にあたる場所に塔の如くうずたかく立てられた砂の塔に文句を言うと、それを作った果実人達が
「でも、この本には人を埋めたときはこうするのが基本だって」
と見せた本のタイトルは「浜辺の遊び方(おちょくり編)」本の隅には魔王城図書館のシールが貼られている。
ボンキュボンたちが遊ぶ入り江から離れたところにある人間達の海水浴場。そこでは近くの街から遊びに来た人達が人情の辛さを忘れ、楽しんでいる。とはいうもののもちろん例外がある。
「いらっしゃいいらっしゃい。焼きそばカレーかき氷、ラーメンに焼きとうもろこし」
鉄板を前にシャツに短パン、鉢巻姿で焼きそばを作りながら勇者が叫ぶ。隣では戦士がとうもろこしを焼き、賢者が家族連れを前にかき氷を作っている。彼らの後ろ。簡単にテーブルと椅子を並べただけの店内では戦士2と魔法使いが水着エプロン姿で給仕をしている。
海の浜茶屋。ここで勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティはアルバイトをしていた。
「お前達、こんなところで何をしている?」
聞き覚えのある声に顔をあげると、水着姿のボンキュボンが立っている。もちろん今の彼女は角や翼を引っ込めているので、見た目は人間の女性と変わらない。
「ボンキュボン?! 見てわかるだろう。お前を倒すための資金稼ぎだ! お前こそ何しに来た?! この土地を侵略しに来たのか」
「怖い顔をするな。ただの休暇だ。せっかくだし稼がせてやろう。キャベツだけの焼きそばと具のないカレーを20人前ずつ。お持ち帰りで」
『毎度ありーっ!』
戦士と賢者が笑顔でハモり、戦士2と魔法使いが『ご一緒にカップラーメンはいかがですか』と勧めてくるのを
「お前ら喜ぶな。だいたいなんだキャベツだけの焼きそばって。馬鹿にするな。うちの焼きそばに使っているのはもやしだ!」
言いながら勇者は作っている焼きそばにざるのもやしを手づかみで盛る。
「それに具のないカレーなんて、メーカーに失礼だぞ!」
かざすのはレトルトカレーのパッケージだ。そこに描かれたカレーにはジャガイモと人参がある。
入道雲を突き破り、大きく翼を広げたドラガンが飛ぶ。久しぶりの大空は気持ちよかった。地下26階も悪くはないが、やはり空気の清涼感は大空にかなわない。海面を見ると魚の群れが見える。
「新鮮な魚!」
まっすぐ海に飛び込むと、大口をあげて魚を丸呑みしていく。やはり魚を狙ってきたのだろう。クジラを見つけるとそちらにも牙を向ける。
「あー。満腹満腹……」
骨だけになったクジラを横に、ドラガンは翼を広げて食後のお昼寝よろしくゆったりと海に浮かぶ。クジラの血に引かれてやってきたサメが彼に襲いかかるが、極炎竜の鱗にはサメの牙など猫の甘噛みにもならない。むしろドクターフィッシュのように体から剥がれ落ちた古い角質を食べてくれるので気持ちいい。
ウトウトしていると
「あれ……」
いくつか浮いている木々に、人間が乗っかっているのが見えた。
「人間!?」
瞬間、意識がハッキリして頭を海面から起こす。
浮いている板に1人うつ伏せになっている。短い赤毛でメイド服を着ている。スカートなので女の子だろう。見た感じは10代前半。愛嬌のあるかわいらしい顔立ちだが、今は生気を失っている。動かないのは死んでいるのか、気を失っているのか。
(どうしよう。昨日の嵐で乗っていた船が沈んじゃったのかな。でも……私を狙う人間達の罠だったら。近づいたらどこかに隠れている人間達が襲いかかってくる。でも、本当に遭難してまだ生きているんだったら、ほっといたら死んじゃう)
人間に恐怖するドラガンだが、人間が嫌いなわけではない。死にかけている人をほっぽっていけるほど薄情でもない。辺りを見回し、人間達がいないことを確かめると彼女を拾い上げる。
「生きてるかな、死んでるかな」
女の子は両手の中でぐったりして動かない。
「死んではいないが、かなり衰弱している。嵐で船が沈む以前に、ろくに食事を取っていないようだ」
砂浜。ジャンクはパラソルの下、砂で作った台の上にビニールシートをのせただけの即席ベッドに横たわっている女の子を診察している。診察のため胸をはだけ彼女はほとんど動かないが、微かに胸は上下している。
野菜人達がメイド服のポケットにあった身分カードを見て
「『メイ・ドーデス』メイちゃんだ。ヤナヤツ商会所属メイド」
「ヤナヤツ商会ってここにあるやつかな」
レモンの果実人が雑誌を広げると「借金苦の女性を買い取り、奴隷メイドに調教して販売する悪徳ヤナヤツ商会」と書かれた記事がある。
診察しているジャンクが眉をひそめ
「手伝ってくれ」
ナースキャップを被った看護師の果実人に手伝ってもらい、メイをうつ伏せにし、メイド服を引き下ろし背中をはだけさせる。
野菜人達が思わず「うわぁ」と後ずさる。メイの背中には痛々しい無数の傷や痣があった。
「最近の傷ではない。日常的に折檻を受けていたようだ」さらに眉をひそめ「いかん。死ぬぞ」
メイが白目を剥き、口を開けて細かく震える。
「薬はまだか?」
ちらりと横を見ると、ナース姿の果実人が必死で薬草を潰している。普段の倍以上のスピードだが
「間に合わないか」
唇をかむジャンクの目の前に巨大な爪が伸びてくる。ドラガンがパラソルをのけて、前足の爪をメイの顔の上に伸ばしている。皆が唖然とする中、ドラガンが爪で自分の指先を傷つけると、そこからこぼれた1滴の血が彼女の口に入った。
微かにメイの喉が動いた途端、彼女の全身が内から何かが膨れあげるように手足が突っ張り点静かに力が抜けていく。
「ドラガン……人に極炎竜の血を与えることの意味を君は知っているはずだ」
「わかっています。でも、彼女は死にかけているでしょう。それを救う力があるのに何もしないのは……」
ドラガンが見つめる中、みるみるメイの顔に血の気が戻り、その目がゆっくりと開かれた。
持ち帰りの勇者特製焼きそばとカレーを猛烈な勢いで口にし、空容器を積んでいくメイの姿に「これなら大丈夫だ」とジャンクが安心する。
「極炎竜の血ってそんなにすごいんですか?」
「人間達は生命力増強だけでなく、不老不死の妙薬と思っている。実際、竜の血を飲んだ人間がスーパーパワーを身につけた逸話は多い」
「不老不死の力なんてないよーっ。そりゃあいろいろな病気に効くし、体力もつくけれど」
ドラガンが頭を抱える。実際人間達は極炎竜の肉体に対して明らかな過大評価がある。そのせいで彼らは人間達から狙われ続けているのだ。
「あ、ありがとうございました……」
お腹が膨れて一息ついたメイがボンキュボンたちに頭を下げる。
「体の具合はどうだ? 小さな違和感でも良い。あったら言ってくれ」
ジャンクの言葉に彼女は多少顔をこわばらせつつ「ありません」と答えると、野菜人・果実人達から静かに後ずさるように距離を取る。
「そう怖がらなくても良い」ボンキュボンが向かい合って座る。彼女は今も角や翼を隠したままだ「お前の家はどこだ?」
その言葉にメイが体を強張らせる。そこへ
「おい、本当に極炎竜だ」
十数人の武装した男達がやってきた。
「わぁ、人間だーっ!」
ドラガンが恐怖に震え、後ずさりする。
「なんだ。メイじゃねえか。探す手間が省けた。俺達から逃げるため乗った船が沈んじまうとは不運だったな」
笑う男達の前にボンキュボンが立ちはだかった。
「なるほど、お前達がヤナヤツ商会、彼女の体を傷つけた原因か……メイ、こいつらのところに帰りたいか?」
半泣き顔で首を激しく横に振るメイ。彼女を守るように野菜人や果実人達が集まり、男達と対峙する。
「なんだ。俺達が魔物にビビるとでも思っているのか?!」
得物を抜いて男達が一斉に襲いかかり乱闘が始まる。魔物としてはあまり強くない野菜人や果実人達だが、それでも数の多さを生かして男達を押していく。パラソルやスイカ割りの棒で叩き、浮き輪を相手の顔に被せ、シャベルでお尻を突っつき、バケツで海水や砂をぶっかける。
男の一人がそれらの攻撃をかいくぐり、メイの腕を取った。
「さあ帰るぞ。まだ未払いの借金と合わせて、たっぷりお仕置きしてもらうんだな」
「いやーっ!」
叫ぶと同時にメイの腕に力がこもった。男の腕をつかみ、勢いよくぶん回して投げ飛ばす! 飛んで行った男は豆粒のように小さくなり、遙か沖に落ちた。
突進してきた男を反射的に突き飛ばすと、男は文字通り数十メートル吹っ飛び岩肌に叩きつけられた。
「わぁ、メイちゃん強い」
コブだらけの果実人がつぶやく。
「これも極炎竜の血の力か」
ボンキュボンが男達の前に立ちはだかると
「お前達、却って商会の偉い奴に伝えろ。私は魔王ボンキュボン。メイを取り戻したくば我が城に来いとな!」
角や翼を出し、魔王の姿へと戻り前に出る。慌てて男達は逃げだした。
唖然とするメイに
「近くに知り合いの勇者達がいる。そいつらに保護してもらえ。それと私たちのことは口にするな。何かと面倒なことになる」
メイは戸惑ったように周りの魔物達を見た。野菜人、果実人、ボンキュボンにジャンク。そしてドラガンを見上げる。
「大丈夫。人間だって怖いけど……そこそこいい人ならそこそこいる。ただ、うんと怖い人もいる」
巨体から紡ぎ出されるドラガンの声は穏やかだった。
「他の人間達が来る前に撤収するぞ。予定より早いが仕方がない」
ボンキュボンに言われて皆が帰り支度を始める。その様子を見ていたメイは、意を決して
「魔王さま、あたしも連れて行ってください。あなたのお城で働かせてください! 掃除洗濯何でもします。敵が来たら戦います。今はまだ火を噴いたり、ビームを出したりはできませんけれどきっと覚えます!」
力強い言葉にさすがにボンキュボンもたじろぐ。
「あなたのお城で働かせてください!」
騒ぎを聞きつけてやってきた勇者達は、
「あなたのお城で働かせてください! あなたのお城で働かせてください! あなたのお城で働かせてください!」
ボンキュボンに詰め寄るメイの姿にただ唖然とするだけだった。
(おわり)
魔王城所属の人間が1人欲しいと思って作りました。以後、魔王城のメイドとして働く女の子、メイ・ドーデスことメイちゃん登場です。メイドと言っても野菜人達と同じ雑用全般(何でも係)ですけれど。
火を噴いたりビームが出せるようになる予定はありませんが、ドラガンの血によって身についたスーパーボディ(ナイスボディではありません)はもうしばらく続きます。




