【第12話 魔族怪盗コソ・ドーロ】
深夜の魔王城。営業時間を終え、上がっている吊り橋の前に佇む人影6つ。そのうちの5つは毎度おなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティ。そして残る1人は厚いフード付きマントに身を包み年齢はもちろん男か女かもわからない。包む、いかにも正体不明感を出している。
「魔王城。なるほど、そこそこ守りは堅そうだ」
フードの人物は背後の勇者達に紙の束を差し出し
「魔王城内部の情報、感謝する。ここから先は私1人でやる。帰っていいぞ」
助走もなしにジャンプすると、城の外堀を一気に跳び越え、外壁すら越えようとする。その跳躍力に勇者達が驚く中
べしっ。外壁上部に張られていた結界に大の字に衝突、フードの人物はそのままずるずると地面まで落ちていく。
「やるな……だが計算通りだ」
正門横にある小さな通用門。その鍵穴に針金を差し込み鍵を開けると。隙間から細い板のようなものを差し込み、そのまま上に上げて内側の掛けがねを外す。
心配げな勇者パーティを残して中に入り、通用門を閉めるとその人物はフードを外す。その下から現れた顔は人間のものではない。紫の肌、つり上がった目。尖った耳の後ろには珊瑚のようなピンク色の突起が無数に突いている。頭髪が無いように見えるが、よく見ると頭頂部に毛が三本生えている。不敵に笑う口元から真っ白な牙がのぞいた。
「魔王ボンキュボン。私に狙われたのが不運だったな。お前の大切なアレ、この魔族怪盗コソ・ドーロがいただく!」
マントを脱ぎ捨てると、カーキ色の胴着にやたらポケットの多い紺のベスト。腰に巻かれているのは胴着を絞める紐のように見えて、実は尻尾である。
魔族怪盗コソ・ドーロ。彼には人間も魔族も関係ない。ただ、盗みがあるだけだ。
夜、魔王城の門は閉ざされると言っても、あくまで外部からの来客を停止する程度。魔物達の中には夜行性も多いため、城内のあちこちに灯りのついている部屋があり、食堂も開いている。特に来客が利用する一般スペースの清掃は夜にしなければならない。
「火の用心。ファイヤー・ボールは火事のもと。月への遠吠え、控えましょう」
野菜人、果実人達が拍子木を鳴らしながら夜回りをしている。
ドーロはほくそ笑むとジャンプして天井にへばりつく。見回りたちは彼に気がつかず通り過ぎる。
(魔王城が聞いて呆れる。こんなでは人間達がその気になったら簡単に滅ぼされるぞ)
そのまま天井を這うようにして進むと
「どちら様かしら」
目の前に金髪縦ロール。昭和の少女漫画のお嬢様のような女性がいた。ただしお嬢様なのは上半身だけで、下半身はカタツムリ。魔王城清掃班長のエリザベス・マイマイだ。ドーロのように天井にへばりついているが、カタツムリ型魔物の彼女にとってこんなことは造作も無い。当たり前のように天井の雑巾がけをしている。
舌打ちと共にドーロが指を向けると、鋭い爪が手裏剣のように発射される。
驚いたエリザベスが上半身を貝の中に引っ込める。飛んできた爪はすべて貝殻に部分に弾かれ床に落ちた。
手回し式サイレンを手に再び殻から出てきた彼女がサイレンを鳴らす。それに共鳴するように魔王城内に警報が鳴り響いた。
「不審者発見、不審者発見!」
叫ぶエリザベスは、天井にべったりとドーロの足跡がついているのに気がつき
「せっかくきれいに拭いた天井を。許しませんわ!」
怒りで金髪縦ロールの髪が逆立った。
「俺としたことが。調子に乗りすぎたか。だがこれも計算通りだ」
逃げながらドーロは息を吸い込み、炎を吐き出す。それは窓のカーテンにぶつかり火柱を上げる。
「火事だ、火事だ。消防隊ーっ!」
見回りの野菜人達が慌てて拍子木を銅鑼に持ち替え打ち鳴らす。
消防服を着た野菜人、果実人ら魔王城消防班たちが次々出動。手押しポンプやバケツリレーで消火活動を開始する。ブランク・ジャンクの医療班も白衣とナースキャップをつけた果実人たちとともに到着、火傷をした野菜人達の治療を行う。
一連の騒ぎに魔王ボンキュボンと、ゴールデンスケルトンのキンさんも駆けつける
「キンさん、状況報告」
「侵入者による放火です」
「いつもの勇者たちか?」
「いえ、別口です。天井の雑巾がけをしていたマイマイ様に見つかり、逃げながら火をつけ回っていると」
「おのれ、火付けの罪は重いぞ!」
珍しくボンキュボンは本気で怒っている。
誰もいないボンキュボンの私室。窓が静かに開くと、舞うようにドーロが室内に入ってくる。
「ふふふ……計算通りだ」
窓からは燃える城と消火活動を続ける魔物達の姿が見える。
静かに口元を緩ませると、ドーロは奥にある衣装箪笥に歩み寄る。
棚を引くと、「これだ。正に計算通り」とボンキュボンの貝殻ビキニを取り出した。
「この私に盗めぬものなどない」
「おいおいおい」
背後から呆れた声がした。
「目的が知りたくてちょっと泳がせてみたら、ただの下着ドロですか。いや、衣装ドロか」
ドーロが振り返り身構えると、部屋の陰で眠たそうに呆れたようにたたずむ猫型魔族。黒ずくめの忍者っぽい服に身を包み、両の手には格闘用の爪が映えた肉球手袋をはめている。
「ここの警備員か。殉職したくなければここまま帰って寝ているんだな」
言われたピーの眠そうな目に力が宿る。
「そうしたいんですけれど、立場上、少しは仕事しないと。この前、鍋が盗まれてから嫌みを言われっぱなしなんですよ」
瞬間、ドーロの手からナイフが放たれる。それが当たる瞬間、かき消すようにピーの姿がなくなり、ドーロの背後に現れた。
裏拳で攻撃するドーロを羽毛のように躱しつつピーの爪がドーロの手から貝殻ビキニを奪い取る。
「返してもらいますよ」
言いつつ足払いをかけるものの、寸前でドーロは飛び下がり窓枠に降り立つ。
「なかなかやるな。だがお前の動きなど計算通り」
ベストを脱いだ彼の姿は、胴着姿ということもあり、怪盗と言うより格闘家だ。
「戦いに持ち込んだ時点でお前の負けなのだ。私はかつて魔界格闘大会で準優勝したこともあるのだぞ」
言われてドーロの顔をじっと見るピーは、はたと手を打ち
「そうか。どっかで見た顔だと思ったんだ。あんた、魔界格闘大会の第62回大会で準優勝したドーロでしょう。懐かしいなぁ」
「知っていたか……ん? お前、どこかで……」
口を止め、ピーの顔をじっと見る。ドーロの記憶が再現されていく。あの第62回大会での決勝戦。とんでもない奴が相手だった。準決勝までの相手は幼児の遊びだったのかと思えるほど早く、切れのある動き。自分の攻撃が一切当たらず、重い一撃には自分の防御など何の役にも立たなかった。あまりの実力の違いから彼は完全に戦意を失い。その大会を最後に彼は格闘会から去り怪盗となった。
そのときの決勝戦の相手、どこか眠そうな目をした猫型魔族。記憶と現実が重なった。
「お前、あのときの……確か名前は……グースカ……」
瞬間、一気に間を詰めたピーの顔が目前に現れた。
胸に受けた重い衝撃で意識が消し飛んだ。燃える魔王城の夜空を舞い、別の棟の屋根に激突する。その衝撃と痛みで意識が戻る。
痛みと恐怖でろくに動けないドーロの前に、ピーがふわりと舞い降りる。
「一応仕事なんで。捕まえて依頼人についてしゃべってもらいます」
「そんなこと……け、けけけけ……計算、通りだ」
顔が震えて言葉にならない。そこへ
「見つけましたわーっ!」
人間大の巻き貝が、足裏部分からジェットを噴射し回転しながら飛んでくる!
そのままドーロに体当たり! 屋根にめり込ませてから近くに着地、貝からエリザベスの上半身がぬっと出てくる。
「この不法侵入者、天井をきれいにするまで逃がしません!」
モップと雑巾を構える。ドーロの横に立つピーに気がつき
「あらピー。今夜は珍しく仕事をしているのね……それ何ですの?」
彼女が指さすのはピーがドーロから奪い返したボンキュボンの貝殻ビキニ。
「この破廉恥男!」
彼女のモップがピーの横っ面をひっぱたく。
「仮にも上司の下着をとるなんてどういう了見ですの?! そんなに女性の下着がほしかったら私のを取りなさい!」
「お前、何言ってんだ」
ピーの眠たげな指摘に彼女が赤面し
「い、いえ。私はそういう意味で言ったんじゃ」
その隙にドーロが逃げようとする。それに気がついた2人。ピーがまるで瞬間移動のようなスピードでドーロを捕まえたところに
「ロールヘアー・トルネード!」
エリザベスの縦ロールヘアーが高速回転。どんな埃も吹き飛ばす竜巻が発生し、2人を吹き飛ばした。
「私まで飛ばすなーっ」
吹き飛ばされながらのピーの言葉に、慌ててエリザベスがトルネードを止めた。
彼女の目の前にピーと、すこし遅れて貝殻ビキニが落ちてきた。
「ぐぬぬぬぬ。だがこれも計算通りよ」
トキョトの町をボロボロのドーロは曲がった木の枝を杖代わりにしてよたよた歩いている。
「問題は依頼人にどう報告するかだが……。私の計算にミスはない」
彼は周りの人が思わず引くほどの馬鹿笑いをあげると角を曲がる。その先には
「いらっしゃいいらっしゃい。港から運ばれてきたばかりの魚だよ。取れたての貝もあるよ」
海から運ばれてきた魚介類を売る店が並んでいた。
その中の一軒にドーロは足を止める。店先にはホタテをはじめとする貝が売られていた。
「おお、これが魔王ボンキュボンの貝殻ビキニか」
カクーノ国王宮、国王タクロース17世はドーロから受け取った貝殻ビキニを手に歓喜の声を上げた。
「さすがは魔族怪盗。見事である」
「私はただ依頼を果たしただけ。褒め言葉より報酬の残りをいただきたいですな」
執事のノレド・ノレフが報酬の入った革袋を乗せたトレイを手に入ってくる。ドーロがまるで針が刺さったかのような傷だらけの手で報酬を受け取り、確認する前で破顔のタクロース17世は貝殻ビキニをじっくり見、触り
「魔王のにしては縫製が甘いな。素人が無理矢理作ったみたいだ」
ぎく、一瞬ドーロが硬直するが
「あそこは魔物ばかり。魔王のような人間体に合う服を作る技術は未熟なのですよ」
「そうかそうか。奴も素直に予の愛人となればもっといいものを作ってやるのに」
さらに匂いを嗅ぎ
「なんだか潮の匂いがするな。取れたての貝みたいだ」
ぎくぎく。またドーロが硬直するが、すぐ何事もなさげに
「それは魔王の体臭でしょう。洗濯前、脱ぎたてを手に入れましたから」
報酬の袋を自分の鞄に入れたドーロは
「仕事が終わった以上、ここに用はありません。私はこれで失礼します」
そそくさと部屋を出て行く。なぜか同じ側の手足が一緒に動いていた。
王宮を出たドーロは満足げに鞄の重みを確かめ
「ふふふ……この魔族怪盗コソ・ドーロの計算に狂いはない」
早足は次第に速度を速め、ついには全速力で、逃げるようにして王宮から遠ざかっていった。
(おわり)
お呼びでない闖入者編とでもいいますか。今後増えそうなパターン。
コソ・ドーロとピーたち警備班の追いかけっこをもっと書きたかったですが、文字数の都合でごっそり削りました。今は削除しましたが、最初の頃は本作のキーワードに「5000字弱」というのがありました。運営のルールにはないので完全に私の自己満足ですが。でも、これを始めてから、自分の作品にはなんて不要な描写が多かったんだと痛感しており、決して無駄な枷ではないと思っています。




