【第11話 無敵の鍋】
「極炎竜さーん! いらっしゃいますかぁ」
魔王城地下26階。薄土1枚下マグマというこの場所。極炎竜ドラガンの居住区であるここを訪れたのは、おなじみ勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティ。いつもは敵意むき出しの彼らだが、今回はなぜか愛想が良い。
「どなたですかぁ?」
岩陰からひょいと首を出した寝ぼけ眼のドラガンは勇者達の姿を見て
「人間だぁ。私を殺しに来たんだ。魔王さま助けて!」
全長100メートルを超える巨体をみっともなく揺らして奥の岩陰に逃げていく。この極炎竜唯一の生き残りと言われるドラガン。彼は仲間達をことごとく人間に殺され、この魔王城に隠れて住んでいる。
「殺しません、傷つけません。今日は頼みがあってきました」
勇者達がそろって揉み手でにじり寄る。
「何ですか。お金なら持ってないですよ」
「魔王城の地下までわざわざ金策に来るはずないでしょ」
呆れる魔法使いを勇者が制し
「そんな難しいことじゃないですよ。ほら、このあいだ私の剣・聖剣エクスカリバーカをあなた持ってっちゃったでしょう」
以前、勇者はたまたまドラガンが自分の炎で鍛えた剣を手に入れたことがあるが、今は魔王ボンキュボンの愛刀となっている。
「あれのこと? だったら魔王さまから返してもらって」
「それを断られたからこに来たんですよ。極炎竜が放つ1兆度の炎で鍛えられた剣は、その刀身に太陽の力を宿し、いかなるものも切り裂くという。その剣をもう1度打ってくださいよ」
「嫌です。NGワード、ブブーッ!」
両の前足で×印を作ってドラガンは拒絶する。
「私はもう剣や盾、鎧の類いは一切鍛えないと決めたんです。ここでも作るのは鍋やフライパン、刃物は料理用の包丁限定です! 鍬や鋤なら作っても良いですけれど、剣はダメです! だいたいその剣で何をする気ですか?!」
「決まっている」勇者は胸を張り「この魔王城の魔物共を皆殺しにして国王タクロース17世からたんまり褒美をもらう!」
「絶対やだーっ!」ドラガンが喚く「そんなことに使うから、私はもう二度と武具の類いは鍛えないと決めたんだ。私の鍛えた武器で仲間が殺されていくなんてもういやだ!」
「何を勝手なことを。自分が鍛えた武器が戦いに活躍するのを喜ばないとは、お前には人間の常識が無いのか?!」
「人間じゃ無いですから!」
慌てて逃げ出すドラガンを勇者達が追いかける。
「ひゃあ、追ってきたぁ!」
地下26階を支える岩の柱に隠れるように逃げるドラガン。追う勇者パーティ。
ドラガンは柱に沿って必死で逃げる。そのままぐるっと柱を一周、勇者パーティに追いついた。
「お、お、おい!」
追いかけているはずがいつまにか追いかけられていることに気がついた勇者パーティ。ドラガンは勇者達を恐れて後ろをずっと見ているので彼らが目の前にいることに気がつかない。彼らの叫びもドラガンの足音にかき消されて聞こえていない。
そこへエレベーターが開き、魔王ボンキュボンが出てきた。
「ドラガン、ここに勇者たちが来ていないか」
「魔王さま、助けて!」
ドラガンの叫びと勇者達の悲鳴が重なった。
エレベーターに向かって走りながらドラガンの体が縮まり、人間形態に変わっていく。本来の大きさではエレベーターに乗ったり魔王城の中を自由に動けないため、人間の大きさ、姿に変化するのだ。そのまま彼はエレベーターに駆け込み、地上へと逃げていく。
「おい、ドラガン」
ボンキュボンは呆れたように上昇するエレベーターを見上げ
「あいつもいい加減人間達に慣れてもらわないと。ブレッドのような友達をもっと作ってもらわないとな」
ふと気がつき、奥へと進んでいく。その先にあるのはドラガンが駆け抜けた巨大な彼の足跡とその中で踏み潰された勇者パーティの姿。
「おーい。生きているか?」
足跡の中、勇者が力なく手を上げた。
魔王城食堂。ここは一般客も利用できるが、魔王城を訪ねてくる人間はまだまだ少ない。そのため、皮肉なことに魔物討伐と魔王城攻略を目的とした勇者パーティが常連客となっている。彼らも初期のように入城次第暴れることをしなくなったせいか、魔物達も勇者パーティを見てすぐ慌てるようなことをしない。ちょっと遠巻きにして「何かまた悪いこと企んでいるな」と噂するぐらいだ。
「ドラガンに武器を鍛えてもらうのは諦めろ。人間の蒔いた種だ」
食事をしている勇者パーティを前にボンキュボンがのんびり茶をすすっている。
「だったらお前が俺から奪った剣を返せ。あれのローン、まだ残っているんだぞ」
カツカレーを食べる手を止めて勇者が言った。
「それは大変だな。だが断る。あれは今は私のものだ。ドラガンもそれを望んだ。それに、返したらお前はあの剣を何に使うつもりだ」
「決まっている。お前を倒し、この城の魔物達を皆殺しにしてここの宝を全部もらう!」
断言する勇者にボンキュボンはジト目で
「やっぱり返さん。私は仕事に戻るからお前達も今日は帰れ。そうそう、あの剣にはまだ名前がない。お前達もあれに応募してみたらどうだ」
立ち去り際指さす先には壁に貼られたポスター。
【魔王さまの剣、名前募集。採用者には食堂で使えるお食事券100枚!】の文字と共に勇者達には見なれたあの剣のイラスト(けっこう上手い)が描かれてある。
それを見て、戦士と戦士2がこそこそと「ストレートに『ボンキュボンの剣』」「あまりまんまだと他の応募とかぶるぞ」「なら『おっぱいソード』」「絶望の剣」「ブラジャーブレード」「もとが聖剣だから『堕聖剣』」「バスト95(ナインティファイブ)」「胸から離れろ」と名前を考え始めた。
「やーめーろー」
勇者が怒り顔を彼らに向ける。応募したら剣がボンキュボンのものにであることを認めたことになる。
「でもどうするの。ボンキュボンを倒して剣を取り返す? 癪だけどまともにぶつかって勝てる相手じゃないわよ」
魔法使いの言葉に勇者も言葉が出ない。これまでにどれだけ考えなしに戦いを挑んで返り討ちにあったことか。
「何とか極炎竜の炎で鍛えた剣を手に入れたい。極炎竜の炎がカレー鍋やフライパンを作るのに使われるなんて武具に対する侮辱だ」
そこで賢者がはたと気がついた。
「確か極炎竜の鍛えた武具が強力なのは、鍛えるのに使った極炎竜のブレスの力が、剣や鎧の材質に宿るからよねぇ」
記録にはその力により剣はかざすだけで炎を生み出し、盾や鎧は攻撃に対するバリアみたいのが自動的に発生するとある。どの程度事実かはともかく、特別な能力が備わるのは確からしい。
「だったら武具でなくても、鍋やフライパンにもそんな力が宿っているんじゃない。それを手に入れて、改めて剣や盾に加工すれば」
その言葉に、思わず勇者と魔法使い、賢者が顔を突き合わす。戦士2人は今も剣の名前を考えている。
「いくらか効果は落ちるかもしれないが、それでも生半可な魔法の武具よりずっと強力な物ができそうだな」
「ボンキュボンから剣を奪うのは難しいけれど、ここの厨房から鍋やフライパンを手に入れるのなら」
静かに視線を食堂の厨房に移す。
その夜、中身のカレーがなくなったばかりの寸胴鍋を抱えて魔王城から逃げ出す勇者パーティの姿があった。
「間違いないわ。これにはただの鍋にはない力が感じられる」
盗み出した寸胴鍋を魔力で鑑定、賢者が断言した。
「あとはこれを剣に加工し直せばいいわけだ」
「この大きさなら大型の剣が出来そうだ」
「問題は鍋を剣に打ち直してくれる刀鍛冶がいるかね。事情を話さないと『ふざけるな』って殴られそう」
魔王城から離れ、一息ついた勇者パーティが朝のごはんを炊きながらあれこれ思いを寄せる。彼らは炊けたごはんを鍋に放り込み、内側に残ったカレーと混ぜ合わせる。こうして作った即席ドライカレーで腹を満たし、鍋を綺麗に洗うと知り合いの刀鍛冶の元に鍋を持ち込んだ。
ところが……
「なんなんだこの鍋は?!」
鍛冶場の男達が疲れ果て大の字にひっくり返る。手にしたハンマーは柄が曲がり、鎚には亀裂が入っている。しかし、彼らの前に置かれた鍋は傷どころかへこみもしない。
しかたなく彼らは鍋のまま炉に入れた。が、いくら熱を強くしても一向に溶けるどころか焼けもしない。いかなる攻撃にも堂々と耐えきるその姿は神々しさすら感じられる。
「こうなったら俺が潰してやる」
戦士が愛用の大剣を叩きつけても鍋はびくともしない。続いて魔法使いが火炎魔法で溶かそうとしたがやはり効果が無い。
「うーん。さすがは1兆度と言われる極炎竜の炎で鍛えられただけはある」
「無敵の鍋ねぇ」
「感心してどうするのよ。武器に加工できなきゃ意味ないでしょ」
魔王使いが苛立ち勇者に食ってかかる。
「それともなに、あんた鍋のまま武器として使うつもり?!」
「いや、さすがにそれは」
鍋を振り回して戦う自分の姿を勇者は想像し「それはない」とため息をつく。
「駄目だ。悔しいが俺達では歯が立たん。別のところに持ち込んでくれ」
ついには刀鍛冶達がそろって白旗を揚げた。
それから勇者パーティは鍋をいくつかの名の知れた鍛冶屋を回り、王宮の鍛冶屋にもお願いしたが、どこも加工はもちろんへこみ1つつけることは出来なかった。
「何なんだよ。これじゃ何のために魔王城から盗んできたのかわからねえぞ!」
「とんだ無駄骨だったわね」
がっくりする勇者パーティ。自分たちが使おうにも、業務用サイズなので大きすぎる。
夜。首都トキョトの屋台街で晩飯を食べながら
「どうすんのコレ。粗大ゴミにして出すにも回収料金がかかるわよ」
肩を小さくして屋台のカレーを食べる勇者を魔法使いが睨み付ける。
「どこか適当なところにでも捨てるか」
鍋を囲み、勇者パーティがため息をつく。
そこへ
「お客さん、その鍋、捨てるんですか?」
カレー屋台の主人である中年男が声をかけてきた。
「捨てるんだったら私に売ってくれませんか。うちで使っている鍋、年代物で限界なんですよ。そろそろ買い換えないとって思っているんですが、その鍋、なんかちょうど良い大きさなんでついお声を」
見ると、確かに店のカレー鍋は凹んだり傷ついたり、把手が緩んでいたりする。
「いえ、もちろんタダでとは言いません。代金は払います」
返事も聞かずに主人は鍋を手にし、底や側面を叩いて音を見る。
「こいつは良い鍋だ」
嬉しそうな様子に、結局勇者達は屋台カレーの主人に、この鍋を売ることにした。
その後、鍋に宿っていた極炎竜の力のせいかはわからないが、
「最近、あの屋台のカレーが美味くなった」
「あそこのカレーを食うと力が湧いてくる。自分がドラゴンになったみたいだ」
と屋台カレーは評判になり客も増え、主人は常連である若く優しい美人の女性客と結婚することになった。
なお、その後の調査でこのことを知ったボンキュボンは
「うちから盗まれた物だから返してもらおうかとも思ったが……主人は善意の第三者というやつだし、カレーの鍋として使われているなら別に良いか。食堂用にはドラガンに作ってもらった新しい鍋があるし」
と不問にした。
(おわり)
結構好きな話。勇者達が食べ終えたカレー鍋に白ごはんを入れて作るドライカレーもどき(薄味)は子供の頃、たまにやりました。今はレトルト中心なのでやりませんが。同じ事を考える人は多いようで、某漫画でヒロインがやっていました。




