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君と2人で夢見た未来  作者: 大森パスタ
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7.ララバイ

 黒いタンクトップに黒いミニスカート、裸足で胡坐をかいているスターライトは、ブリッジの中をフワフワと宙に漂いながら、時々天地が逆転したりしているが、長い黒髪が逆立ったり、服が捲れ上がったりするようなことは無く、同じ姿を保ち続けている。


「惑星ベルストを通過するワ。そろそろアステロイドベルトに入るわヨ」


 モニターに映し出されていたのは、茶色の縞模様に巨大な輪のある、太陽系の木星と土星を合わせたような特徴のトライムアート恒星系の第五惑星<ベルスト>が映し出されていた。

 惑星ベルストは、トライムアート恒星系で確認されている5つの惑星の中で最も外側を公転している惑星で、ベルストを越えると惑星になりそこなった岩塊や氷塊などが無数に散らばっている外延アステロイドベルト地帯が広がっているが、それも映像も側面の第2モニターに映し出されていた。


 黒マントの下にいつも着ている全身黒いコンバットスーツ姿に戻っていたセミルが、ブリッジの床に立ったままその光景を見上げていると、セミルの周りを無重力状態のようにスターライトが漂い纏わりつきながら、何かしらとちょっかいを出していた。


 ブリッジには普通に1Gの重力が発生しているのだが、セミルと2人っきりでいる時は彼が細かいことを言わないため、ついつい甘えて無駄なリソースを使わないようになってしまう、人間でいえばリラックスしている状態といえる。


 艦内でそんないつも通りのやり取りが行われながらも、宇宙戦闘艦スターライトはトライムアート恒星系の外延部に向けて光速の1/2の速度で航行中であった。


 人間が搭乗できる宇宙船で、光速の1/2の速度で航行することは技術的に解決されていないため、<惑星トライセルマ>が存在するトライムアート恒星系から約1500光年隔たった距離にある<ゲイザーク恒星系>に行くためには、<ドラゴンロード>と呼ばれている超高速空間を使って、約1500光年の距離を一気に駆け抜ける必要があり、そのドラゴンロードへ侵入するための<ゲート>がある外延アステロイドベルト地帯の外側にへ向かっていたのだった。


 トライムアート恒星系に限らず、惑星を有する他の多くの恒星系が主星から遠く離れた外延に同様のアステロイドベルトが存在していて、ドラゴンロードのゲートもアステロイドベルトの外側にあることが殆どであったが、アステロイドベルトに入った宇宙戦闘艦スターライトは、無数に浮かんでいるデブリから小惑星規模の岩塊までを避けながら最適ルートで進んで行く。


 操艦から航行ルートの選定に限らず、軌道衛星への離着艦許可や、入国手続き惑星上での行動に関する申請、その他一切合切を、セミルは何一つ行わせる事もなく、全て人工知能スターライトが行っている。


 イレイザーの任務、恒星間重犯罪者の捕獲は非常に激務で危険を伴い、セミルに任務以外の負担がかからないよう、全て先回りをして配慮していて、多少の我儘言って甘えることはあるが、スターライトは全く良くできた人工知能であった。


 外延アステロイドベルトの中間地点、<エスターシャ>と名前の付けられた小惑星にそろそろ差し掛かろうとしたとき、浮かんで寛いでいたスターライトが真顔で降りてきてセミルの隣に並んで立つと、艦内に緊急を知らせる警報がブリッジに鳴り響いた。


「未確認の戦闘艦と思われる接近を多数確認したワ」


 メインモニターには小惑星エスターシャの陰から、宇宙戦闘艦がスターライト行く手を塞ぐように姿を現し、それだけでは無く他のモニターには、周囲を取り囲むようにデブリから出現する宇宙戦闘艦の様子が映し出されていた。


「確認できているもので、強襲艦20、要撃艦10、盾衛艦15、指揮艦1、母艦3、母艦から小型機が多数展開中ヨ」


 広大な宇宙空間では、恒星系政府や連邦宇宙軍などの管理が行われていない場所では、お互いに識別信号を交換し合い所属を確認し合うのが常識とされていたが、スターライトが先程から送っている識別信号に対し返答が一切却って来ないばかりか、スターライトを包囲するような布陣で艦隊が展開されて行く。


「………現時点をもって識別不明艦を敵艦と判断し、第1戦闘態勢へ移行!」


 たった1艦に対してこの戦力は過剰すぎるだろと思いつつ、セミルはスターライトに指示を出す。


「第1戦闘態勢へ移行を了解、敵盾衛艦によるエリアシールドの展開を確認しましタ」


 艦隊戦ともなれば、<盾衛艦>と呼ばれるシールドを発生させることを主任務とした艦により、艦隊の前面から側面に対して<ディフェンスシールド>が展開されるのが常であるが、今展開されている<エリアシールド>は、宇宙戦闘艦スターライト行く手を阻み、逃がさないように取り囲むようなもので、これは連邦宇宙軍が宇宙海賊を討伐するときの包囲殲滅戦の時に使われる戦術であり、圧倒的に戦力差がある場合によく使用される。


 連邦宇宙軍ににでも配備されるような敵艦の様子や艦隊運用の練度からしても、海賊やならず者の類では無いことは確かであろうが、今回は惑星アーシェスや、トライムアート恒星系の防衛軍に文句を言われるほどのことはしていない筈だが、何処の誰に恨みを買ったのか首を傾げていた。


「要撃艦より光子ミサイル多数、本艦に向けて接近中ヨ。着弾まで約3分ヨ!」


 要撃艦とはビーム砲が届かない範囲からミサイルによる敵艦のインターセプト目的とした遠距離攻撃用の艦艇で、主装備とする光子ミサイルを数多く搭載するため比較的大型の艦艇が多い。


 3方向に展開した要撃艦から放たれた光子ミサイルは途中で複数に分離し、宇宙戦闘艦スターライトの逃げ道を作らないように取り囲む。


「ディフェンスシールド展開、回避はできないのか?」

「無理ヨ、ミサイルは凌げても強襲艦隊の追撃は回避できないワ」


 光子ミサイルの後を追うように、ビーム砲を主装備とした近接攻撃を得意とする強襲艦の部隊が宇宙戦闘艦スターライトに向け迫って来ていた。


 サブモニターには忙しく、回避予測のシミュレーションが次々と映し出されていたが、何度繰り返しても、最終的には強襲艦部隊の襲撃から逃れられる結果のものは無く、全て撃沈から逃れることはできなかった。


「セミル、敵指揮艦からの映像通信ヨ」


「?………繋げて」


 識別信号にも応答のなかった敵艦から、先制攻撃後に映像通信を繋げてくるのはおかしなことであったが、イレイザーの黒マント纏いフードを被り顔を隠すと、メインモニターに映し出された人物を見てセミルは目を細めた。


「ラウサートの分際で、このラジェル・レサート様を嘗めくさった報いを思い知るがいい!」


 映し出された敵指揮艦のブリッジで鼻息荒く息巻いているのは、顔や頭には痛々しく包帯が巻かれ、切り落とされた腕は応急処置なのか金属部分がむき出しの安っぽい人工アームが取り付けられていた男で、どうやら惑星アーシェスでボコボコに叩きのめした奴みたいだが、セミルには印象が薄いのか、今一つ記憶が定かではなかった。


「塵一つ残さず宇宙の藻屑にしてやるわ。自分の犯した愚行を悔や、震えながら死んで行け!」


 高笑いをあげながらラジェルの映像がモニターから消えた。。


 イレイザーの行動は単独が基本で、2人以上で行動するのもごくまれの事である。ましてや部隊を編成することなどは前例が殆ど無く、無理やり部隊の加入を何の通達もせずに強要されたセミルにしてみれば、明らかな逆恨みであったが、どちらにせよ従うつもりは毛頭なかったことを考えれば、結果はさほど違わないかもしれない。


「着弾まであと1分を切ったワ!」


 先程から直前に迫り来る光子ミサイルが、モニターに映し出されている。


「スターライト、歌ってくれ」 


 隣に並んで立っていたスターライトを見ずにそう言たセミルの言葉に、彼女は目を伏せて力なく一つ頷くと、ブリッジの明かりが全て落ち真っ暗になった。

 スポットライトが付き、セミルの背よりも高い何もない空間に照らし出されたのは、黒いレースあつらえたロングスカートのワンピースのドレスを纏い、足を組んで座りアコースティックギターを抱えていたスターライトの姿であった。


 ポロン……ポロン……とギターを爪弾き出すと、優しい音色がブリッジに響き渡る。



♪電子回路の森を踊るパルスたち

 遊び回り疲れたのなら

 おやすみなさい………



 物憂げな表情で、愛おしい子供達を優しく寝かしつけるような歌声であったが、その歌声は宇宙空間にも何故か響き渡っていた。


 すると宇宙戦闘艦スターライトに全方位から迫っていた光子ミサイルの群が、急に目標を見失ったかのように不審な挙動を取り始め、その後に続いていた強襲艦のブリッジでは、艦の全てのAIが眠ったかのように応答しなくなり、一切の制御が利かなくなる事態に陥り、クルーたちは恐慌状態に陥っていた。



♪思考回路で群れる記憶素子たちも

 今日も一日ご苦労さまね

 おやすみなさい………



 宇宙戦闘艦スターライトに向かって放たれた光子ミサイルが目標を通り過ぎ、反対側から迫りつつあった強襲艦に命中した艦は、大爆発を起こして消えていく。

 運よくそれを逃れたとしても生命維持装置すらも作動せず、制御を失た艦どうしが接触して爆発炎上したり、エンジンの暴走によて爆発したりと、強襲艦は次々に宇宙の藻屑となり消えていったが、脱出艇すら動かすこもできずに、クルーたちは艦に取り残されたまま運命を共にしていったのだった。



♪七色龍の誘いに導かれ

 何万光年旅をした



 うつむきがちで歌う彼女の瞳は、前髪に隠れたていたのではっきりは見えなかったが、うっすらと涙を浮かべているようで、それが時折頬を伝って床に落ちるのだった。


 スターライトの歌声は要撃艦や盾衛艦、指揮艦までにも達し、この宙域で戦闘中の全てのAIが次々に眠りについたように応答しなくなり、小惑星エスターシャにあったレーダー通信基地までも黙らせていたので、この宙域で何があったかを知ることは一切できず、救援要請すら儘ならなくなっていた。


 母艦から飛び立っていった小型機達も制御を失い、味方同士で接触したり、味方の艦やデブリに接触するもの等の被害は拡大する一方で、 自分等の要撃艦が放った光子ミサイルが防衛ラインを通り抜け、指揮艦に命中してしまう。


「どうぢだのだ、何がおきでいるのだ………」


 指揮艦でラジェルは転がりながら慌てふためきながら、停止した生命維持装置をロボットアームで叩きながら泣き叫び、もがき苦しんでいた。


「誰か………たぢけでくれ~~」


 指揮艦は中央から真っ二つにへし折れ爆散し、宇宙の藻屑となり消え去った。




♪振り向けばいつも私一人

 誰も知らない子守唄




 ポロロン………とギターをつま弾く音が途切れ歌声が止むと、そこには静寂だけが残されていた。


 スターライトはうなだれたまま、自分の体に対して大きすぎるギターを抱きしめるような格好のまま動かず、何も言わず、セミルも敢えて何の言葉も掛けなかった。


 <デビルズ・ララバイ>悪魔の子守歌と、セミルはこの曲を始めて聴いたときにこの歌をそう名前を付けた。


 原理も何もかも全く不可解であったが、スターライト歌声が届く範囲に存在するAIは強制的に寝かしつけられ、一度眠ったAIは再び目を覚ますことは無い。

 

 宇宙戦闘艦に限らず、全ての機器の制御はAIが一手に担い、人間は最終的な命令を下すだけとなっている世界では、人間はAIが正常に動作しなくては生きていくことができないのである。


 スターライトの武装は、艦首に主砲が一門、艦尾にミサイル発射管、対空迎撃用ポッド四機だけと、商船でももっとまともに武装をしているといえるほど貧弱なもので、艦の殆どのスペースを占めているのは<AIスターライト>であり、彼女の歌声を兵器として定義するのならば、一度発動してしまえば戦術兵器としての戦力としては過剰過ぎ、戦略兵器としてもオーバースペックと言わざるをえない。


 スターライトはそれが分かっているため、自らはこの歌を歌うことをどうしても躊躇ってしまう。たとえそれで、自らが破滅することが分かっていたとしても。


 そんなAIらしからぬスタートライトの為に、敢えてセミルは命令する。歌って自分の身を守れと。


 それが2人が交わした約束のひとつ、セミルがこの艦の艦長となり、全ての責任をセミルが負うことであったが、そのためにセミルには<ミリオンキラー>(百万人殺し)と言う二つ名が冠せられてしまうことになる。

 

 残存する艦も無く静まり返った戦闘宙域を宇宙戦闘艦スターライトは後にすると、再設定した航路で外延アステロイドべるとを再び進み始めた。


 やがてドラゴンロードのゲートの前に達すると、通常空間から姿を消していったのだった。



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