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君と2人で夢見た未来  作者: 大森パスタ
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6.スターライト

 南国特有の甘い香りを含んだ生暖かい空気が、辺り一面に漂っているのをセミルは感じていた。


 スチールギターの甘く囁くような物悲しい音色が、波の音に合わせ何処からか聞こえて来て、セミルは黒いトランクスタイプの海水パンツにビーチサンダル履きに自分の姿が変わっていることを知ると、どこから照らされているのか解らない強烈な陽射しに晒されていた。


 青い空にエメラルド色をした海原。遙か彼方にみえる水平線の上に浮かぶ白い入道雲。誰もいない白い砂浜に打ち寄せる波は信じられないくらいに透明で、砂浜の先には海に張り出すように迫出した岩山のようなものも見える、遠い記憶の彼方にある何処かで見たことのあるような景色だった。


「あっセミル、お帰りなさ~い。早かったのネ」


 背後から聞こえてきた声に振り返ると、ビーチパラソルで作られた木陰にサマーベットを広げ寝そべっている少女が、思いっきりハートマークが飛び出して来そうな甘えるような声色で彼を迎えた。

 

「これは一体、何のつもりかな………?」


 苦笑いを浮かべるセミルに少女は少しも悪びれる様子もなく、顔の半分は隠れていた黒いサングラスを外すと現れた、クリっとした黒い瞳の童顔の可愛らしい笑顔はむしろ上機嫌で、どうだと言わんばかりのドヤ顔をセミルに向けた。


「折角のお休みだから、昔惑星テラにあった、ハワイリゾートのワイキキビーチを再現してみたのヨ」


 腰まで伸びたストレートの長い黒髪、小柄だがスラリと伸びた手足は人形のように細く白いが、黒いビキニの水着が申し訳程度に隠している、はちきれんばかりの豊満な胸に見事なくびれの成熟した大人のボディーラインを持つ、作られたように魅力的な少女であった。


「もう休みは十分、満喫出来たみたいだね」


 含むところのあるようなセミルの物言いにも彼女は気にならないのか、どこからか取り出した色鮮やかな果物がカップからはみ出している、彼女の顔よりも大きなトロピカルジュースを手に取ると、ストローに口を付ける。


「そんなとこにいつまでも突っ立ってないで、こっちにいらっしゃいヨ」


 その言葉がきっかけに、彼女が寝そべっているサマーベッドと同じものが忽然と隣に並んで現れると、手招きするようにポンポンとそれを叩いてみせるが、セミルは動こうとはしなかった。


「少し早いけど、直ぐに出航するよ」


「えぇーっちょっと待ってヨ!ソンナノ話ガチガウジャナイ」


 急に片言のような喋り方になり、大きな瞳を曇らせながら頬をほんのり桜色に蒸気させ膨らませると、ピンク色の艶めかしい唇を尖らせた不満顔となり、サマーベットから上半身を起こした。


「あと2時間16分38秒コンマ256も残っているのヨ!」


「いや、そこを何とか………」


「嫌よ!久々のおやすみなのにあんまりヨ!」


 思ってもみなかった彼女の剣幕に、セミルは言葉を失いタジタジとなっていると、彼女は突然ハアーッと大きくため息をひとつ吐き、諦めたような表情で首をひとつ、ふたつ大きく横に振った。


「あああもう………で、今度はどこに行くのヨ?」


 サマーベッドから勢いよく立ち上がると、人間臭くパンパンと砂をはたく仕草をしてみせるが、身体には一つも砂粒などは付着していない。


「惑星トライセルマなんだけど………」


「せっかく綺麗にしたばっかりなのに、また嫌なところを選んだわネ!」


「そんなつもりは無かったんだよ、スターライト………」


 セミルがそう名前を呼ぶと、それまで南国の景色だった辺り一面が巨大なモニターが並ぶ宇宙戦闘艦のブリッジへと一瞬で変貌した。


 少女の服装もそれに合わせるように、連邦宇宙軍の艦橋乗務スタッフの着る軍服姿に変わっていて、しかもご丁寧に黒縁のメガネまで掛けている。


 彼女が腰を下ろす仕草をすると、身体を支えるように椅子と、身体を囲むようにコンソールデスクが出現し、キーボードを叩くような仕草で計器類を操作しながら出航準備を始めたようだった。


 スターライトと呼ばれた少女は、セミルの乗艦である〈宇宙戦闘艦スターライト〉のメインコンピューターである人工知能が生み出した7D立体フォログラフだ。


 3D立体映像に、触覚、嗅覚、味覚、体温までも本物の人間と寸分違わない再現するため、そうと知らされなければ、抱きつかれても人間と全く区別ができない程の精巧なものであったが、あくまでも立体映像なのでロボットやアンドロイドのような実態を持った存在では無い。


 先程言葉が片言になったのは、彼女が興奮したときにおこすバグのようなものであったが、人工知能であるにも関わらず、人間と全く同じような感情があるみたいな反応をしてみせる人工知能であった。


「それで、トライセルマには何をしにいくのヨ!」


 艦の全てを統括している彼女にしてみれば、出航の準備をするにしてもわざわざキーボードなどを叩く仕草など全く必要無いのだが、せっかく貰った休みを切り上げさせられた当てつけまでしてみせる。


「ガッジェラ・サーベイジェスが………そこにいるらしい」


 セミルも海水パンツの姿から、連邦宇宙軍の艦長の制服姿にさせられていていたが、スターライトにしつこく問い詰められ、納得がいかないといった顔をして、歯切れの悪い物言いで渋々とそう答えた。


「ふーん………惑星ゼノーラで苦労して確保したのは、偽物だったってことで良いのかナ?」


 間髪入れずに突っ込んできたスターライトは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら嫌味っぽくセミルを揶揄うと、そこへ予告無しにノールックのままセミルは何かを投げつけた。


 普通の人間ならば、直撃して大怪我をしかねない勢いのものであったが、スターライトは難なくそれをキャッチする。

 ラジェル・レサートから奪った連絡チョコレートの入ったケースであったそれから、蓋を開け残っていた2つのチョコレートを摘まむと、順番に口に入れていった。


 情報の開示対象となっていない者が口にするば、一瞬で人命が失われる程の猛毒が体中に巡るものであったが、7D立体映像である彼女は平然としていて何ともない。


「フムフム、どうやらそれも違うみたいだネ………なるほど、トライセルマであれば、色々と考えられるわけダ」


 チョコを食べ終えペロッと舌を出すと、右手の平に乗っていたケースがピンク色の蝶に変わり、ふわりとブリッジの宙に浮かび羽ばたいて行く。


「理由の解明を含めての、再確保だそうだ………」


 ふてくされぶっきらぼうに話すセミルに、さすがに揶揄いすぎたと思ったのか、スターライトも暫く黙り込んでしまうと会話が途切れ、そうなればセミルとしてはまた手持無沙汰と不安になってしまう。


「艦長、出航準備全て整いましタ!」


 スターライトは立ち上がると、連邦宇宙軍の正式敬礼をビシッと決めて見せた。


「……あっ、じゃあ出航してください」


 つられたセミルも、同じように答礼をする。


「了解しました、固定ロックを解除しまス!」


 彼女の号令により、軌道衛星の宇宙戦闘艦ドックに繋ぎ留めて固定されていたロックが解除されると、宇宙戦闘艦スターライトが無重力状態でふわりと浮き、艦底に2本のレーザービームが伸びてくる。


「ガイドビームと隔壁オープンを確認、滑走路へ侵入しまス!」

 

 全長が100メートルにも満たない黒い艦体がガイドビームに導かれるまま、先程まで壁であったところに開いた滑走路へと侵入して進んで行く。


 そのままガイドビームに従い滑走路を進み、幾つかの隔壁を抜けると宇宙空間に出たが、ガイドビームが消えるまでは緊急事態でもない限りメインエンジンに点火できない決まりとなっていた。


 やがて、中心の円筒形をした宇宙港部分にドーナッツ状の居住区の輪が取り囲んでいる、第1軌道衛星の全体の容姿が見えてくると、ガイドビーム消えた。


「ガイドビーム消失、メインエンジン点火しましタ!」


「スターライト発進!」


「了解、スターライト発進しまス!」


 宇宙戦闘艦スターライトの艦長はセミルである。


 最終的には彼が艦の全ての責任と決定権を持つことは、2人が出逢ったときに交わした約束であり、彼女の願いでもあった。

 その関係はそれ以来変わっていないため、彼女がいくら文句を言いながら抵抗しようがセミルの命令には最終的には従うのだが、それを強要しないのが2人暗黙のルールとなっている。


 スターライトは宇宙戦闘艦に分類される艦であるが、スリムで美しいシルエットの艦体はとても宇宙戦闘艦には見えない。


 メインエンジンから青い光が艦の後方へと流れて行くと、第1軌道衛星の背後に現れた蒼く輝く美しい惑星アーシェスに別れを告げるように徐々に加速をしていき、スターライトは星々の海原へと旅立って行ったのだった。


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