3.トラッシュ
黒マントは一瞥をくれただけで再び歩き出すと、何処からか現れた黒い球体がチカチカと複数の色の点滅を繰り返しながらサーベイジェスの亡骸の上をフワフワと飛び回っていた。
<スイーパー>と呼ばれるこの機体は、イレイザーが関連した現場の事後処理を行うもので、確保した指名手配犯の身柄を拘束し護送を行うだけでなく、巻き添えとなり破壊された街や怪我人や死亡した人たちなどの刑事、民事、政治的な問題の解決を行う役も担っている。
点滅しながら飛び回っていた黒い機体が、いきなり眩く発光して辺り一面を光で包み込み、一瞬で元に戻ったがそこにあった筈のサーベイジェスの亡骸が跡形もなく無くなっていた。
黒マントを追いかけ、正面に回り込んだスイーパーは、彼の歩みを邪魔しないように距離を保ちながら宙に浮かび、点滅を繰り返していた。
『コウイキシメイテハイハン、ナンバーZZ035540、がっじぇら・さーべいじぇすノカクホヲカクニンイタシマシタ、シキベツバンゴウト、シキベツシャメイヲドウゾ』
甲高い耳障りな電子合成音声が黒マントにそう告げるが、彼は不意に足を止めると、スイーパーを無視するように薄いピンク色をした遥か上空を見上げた。
「遅い!」
『やあセミルごめん、待たせたネ!』
黒マントの問いかけに答えるように頭の中に直接響いてきた少女の声は、鈴を鳴らしたような美しい響きで、少しも悪びれた様子は感じられなかった。
「いったい何をやってたんだよスターライト」
あれほど激しい戦闘の最中でも、表情ひとつ変えることのなかった黒マントだったが、今は少しむっつりとした年相応に見える少年の顔つきになっていた。
『まあこっちも色々あってネ。ところで貴方宛のメッセージを受信したわヨ。送り主はトラッシュのマラン・サークだって。どうするノ?』
「へぇ~、そいつは随分な大物が来たんだね!」
誰もいない上空を見上げたままだったが、普通に会話が成り立っているようだった。
セミルと呼ばれた黒マントの少年が、スターライトと彼が呼んで話をしいるのは、衛星軌道上に停滞している彼の乗艦である<宇宙戦闘艦スターライト>の人工知能のことで、直接脳波にテレパシー通信を送り込んできているのであった。
『グリーンの識別信号を出しながらエアカーで十二時方向から接近中ヨ、接触まであと五十六秒だヨ』
同じ人工知能といえどセミルの頭の中に響くスターライトの声は、スイーパーが発していたような電子合成音とは違い、そうと言われなければ人間が喋っているのを疑うことが無いくらいにあまりに自然すぎて、機械であることを感じさせない。
「わざわざこんな辺鄙な所まで来てくれたんだから、盛大に歓迎しないと………」
少年のような表情のままセミルは黒マントを跳ね上げると、黒い巨大な銃を取り出し宙に放り上げる。
「バーストモードを展開」
『了解、バーストモードのパーツを展開するワ』
黒い巨大な銃の周辺に現れた黒い穴のような空間から、銃の台座や、望遠スコープ、追加のエネルギーパック、衝撃吸収肩当てなどの色々なパーツが具現化して現れると、黒い巨大な銃に順次装着されていき、巨大な禍々しい別物の銃に仕上がった。
銃はセミルの正面に降りてくると宙に浮かんだまま止まり、それを当然のように掴むと、スタンディングの構えのまま除いた望遠スコープには、既に対象となるエアカーが凍てついた大地に圧縮空気を噴出させ、こちらに向かって迫て来ているのが見える。
銃のトリガーに指を掛けるとエネルギーMAXチャージの警告メッセージが流れてきたが、それに躊躇いひとつ見せずにトリガーを引く。
銃口から放たれたエネルギー弾は、重装甲機動歩兵との戦闘時とは比べ物にならない巨大な質量のエネルギー弾で、凍てついた大地を削りながら高速接近しつつある青いエアカーに目掛け突き進んで行き、回避する間も与えずエアカーの正面から命中すると、エネルギー弾に飲み込まれたエアカーは爆発することもなく跡形も無く消滅した。
宙に浮かんだまま冷却作業のためか蒸気を噴出している銃をそのままにして、セミルはエアカーの進行方向右側に瞬間的に移動した。
エアカーがエネルギー弾に飲み込まれる寸前、緊急脱出装置が稼働するよりも早くドアを蹴破り飛び出した男が、凍てついた大地を受け身を取りながら転がり回り、起き上がろうとした背後から後頭部に光の剣を突き付けた。
「待て!敵対する意志はない」
嗄れてはいるが良く通る男の声が響き、両手を広げて挙げ敵意の無いことも身をもって示そうとする。
「それを決めるのは………お前じゃない」
セミルはそう一蹴すると、油断なく目の前の男を観察した。
片膝を付いてしゃがんでいるのにも関わらず、小柄とはいえ立っているセミルと同じくらいある、立ち上がれば2メートル以上はあろうかと思われる大男だ。
背丈に見合い横幅もあるが、がっしりとして無駄な肉はついてはおらず、マントの下にグレーのコンバットスーツを着こなし、顔中に大小様々な傷跡があったが、顔の下半分は白い怖い髭で覆われ、頭にはターバンのようなものを巻いていた。
「儂の名は………」
「聞いてる、マラン・サークだろ」
突き放すようにセミルは言う。
「今はトラッシュとか言って偽善者ぶってはいるが、人殺しのくせに女に骨抜きにされた………ただの裏切り者だ!」
あからさまな憎悪を込めた侮蔑の言葉にマラン・サークは何も言わず、ただ灰色の瞳に悲し気な色を浮かべていただけだった。
<トラッシュ>とは正式名称を<トラブル・シューターズ>と云うが、世間一般って気には<トラッシュ>の名で通っている。
彼らは主に治安の良くない辺境の惑星で、揉め事や争いを話し合いで解決するための仲介を生業としていた者達が集まり組織化したものが始まりとされていて、イレイザーとは対局の存在であった。
「で、女の尻を追っかける専門のあんたが、こんなところへ今更何しに来たんだい。サーベイジェスの敵討ちがしたいなら受けて立つけど?」
機動歩兵との闘いの時のような無表情を装っているセミルだったが、微妙に何かが違っていた。
「そうか、昔のよしみで何とかしてやれるならと思って来てみたが、何度諫めても悪さを止めない奴への報いだろうな…………敵討ちまでして義理立てるつもりは無いな」
マラン・サークは両手の平を合わせて拝み終わると、大地の上にどっかっと音を立てながら胡坐をかいて座りながらセミルの方へ向き直ると、屈託のない笑顔を向けた。
「ふーん、噂以上の腰抜けっぷりだね!」
苛立ちを隠さない様子でマラン・サークを挑発を続けるセミルだった。
「もう歳だから、若い者には敵わないって素直に認めるんなら見逃してやるよ」
セミルは光の剣の切っ先を大男の顎に突きつけると、紫がかった白く平たい諸刃の刀身が放つ異様な冷気が、触れてはいないマラン・サークの髭を白く凍らせて行く。
「そうだな、あんたの言う通りじゃ。もう儂も若くて生きのいいのには敵わんな、ガハハハハッ」
何も考えていないような、快活で豪快な声を上げ笑うマラン・サークであったが、実はその心情は複雑なもだった。
レイバーの刀身は、その持ち主が今まで生きてきた人生を語るものだと、今まで数多くのレイバーを見て、その人物達と語らい触れ合って来たことでマラン・サークはそう確信している。
そして今、自分に突き付けられているレイバーの刀身は、彼が今まで見て来た中で最もと言って良いほど、辛く悲しい、孤独な人生を送ってきたと感じさせる色をしていたのだった。
目の前にいるのは、まだ年端も行かない少年にしか彼には見えず、自分にも彼とそれほど歳の離れていない子供がいるマラン・サークにしてみれば、彼のまだ短い人生の中で、何がレイバーの刀身をこんな色にさせてしまうことがあったのだろうかと、それを考えるだけで苦しく張り裂けるようなるような思いであった。
「この腰抜け、玉無しジジイめ!」
そんなマラン・サークの思いなど知らず、いくら挑発しても飄々としている目の前の大男に、内心相当に苛ついていたセミルだった。
両手を広げて上げる男の首元に、レイバーを突き付けている圧倒的に有利のようには見えるこの状況で、少しでも動いたら迷わず斬るつもりでいたにも関わらず、振り返って座るまでセミルは何もできなかったのは、この目の前で何ただ笑っているようにしか見えない男に手を出せば、唯では済まないと本能的なところで危険を察知していた。
「………スターライト、回収してくれ」
渋々といった様子で空に向かって叫んだセミルは、レイバーをマントの中にしまい込みながら、マラン・サークに背を向け歩き出すと、スイーパーが再び彼の前に近づいて来た。
『コウサイショウゴウニヨリ、シキベツバンゴウ:RS10093356、トウロクシャメイ:せみる・らうさーとヲカクニンイタシマシタ。コウザバンゴウハ………』
セミルはスイーパーを蹴り落とすと、黒い機体が凍てついた大地を転がり、マラン・サークのがそれを拾い上げると、それまで笑っていたマラン・サークが驚いたように目を剥いた。
「待て!お前はセミルなのか?」
慌てて立ち上がり、セミルを追おうとしたマラン・サークだったが、セミルの身体は足元から金色の粒となり、上空に登って行くように消えて行った。
「そうか、彼がセミルか………セシリアよ、やっと逢えたよ………」
マラン・サークは呟きながら、金色の光の粒をいつまでも見送っていた。