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君と2人で夢見た未来  作者: 大森パスタ
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1.イレイザー


「待ってくれ!」


 主星である<恒星ユールタイラ>が照らす、弱い陽射しか届かない<惑星ゼノーラ>の大地の上に、二人の男達が対峙していた。


 見るからに上等そうなスリーピースのスーツを着こなす初老のダンディな男が、ズボンの膝が汚れるのも気にせず凍てついた大地に膝を着き、大きく手を広げ訴えかけるような目つきで見上げ、その場を取り繕うような白々しい笑顔を浮かべている。


「俺に掛かっている懸賞金の五倍、いや十倍を出そう!」


 男の名は<ガッジエラ・サーベイジェス>と言い、惑星ゼノーラの惑星議会に強い発言力を有する人物である彼は、人材派遣を主業務とするサーベイジェス商会の会長でもある。

 しかしそんな表向きの顔とは別に、奴隷や麻薬、武器の密売などを手広く扱う<サーベイ・マフィア>の首領としての顔も持ち合わせていることは裏の世界では広く知られていた。


「どうだ、それでこの場は見逃してくれないか………!?」


 サーベイジェスは、歯の根も合わずにガタガタと震えていたが、決して寒いからではない。


 惑星ゼノーラは、惑星全土が凍りついた惑星だった。


 惑星の名の由来は、宇宙船の燃料に使われる<ゼノーラジュウム>によるものだが、ゼノーラジュウムは摂氏マイナス15度より気温が上がると気化を始めるため、この惑星に大量のゼノーラジュウムが埋蔵されていることが発見されたときに、惑星の改造方針が資源採掘を主目的としたものへと変更された。


 そのため、惑星表面の平均気温は摂氏マイナス30度、酸素含有量は地球標準の25パーセントと、お世辞にでも人間居住に適しているとはいえず、人々は地表にドーム都市を建造しそこに暮らしている。

 しかしそのことに不平不満を言う者がいないのは、この惑星にやって来る者達の目的が皆一様にひと山当てるか、居住目的の惑星ではまともに暮らすことのできない、所謂、脛に傷のある者達ばかりだからだ。


 しかしサーベイジェスの身体の周りには〈完全防御空気膜〉により、惑星ゼノーラのような過酷な環境下でも快適に過ごすことができるせるようにと、空気と温度など人間が生きていくための最適な状態の環境が提供されていたが、彼の額には玉のような汗が溢れていた。


「祈る神があるなら、三つ数えるまで待ってやる………」


 まだ若い、少年のような声であった。


 サーベイジェスが見上げた先には、光をまるで反射しない艶消しのマントで全身を覆い隠した、全身真っ黒な塊の不気味で得体の知れない存在が立っていた。


 先端が尖ったフードを目深に被っているので顔は覗えなかったが、マントの隙間から生えるように伸びている銃身は、およそ人間が使用するにしてはあまりにも巨大なサイズで、それがピクリとも動かずにサーベイジェスの額に突き付けられていた。


「ひとーつ………」


 無機質でぶっきら棒な物言いで始まったカウントダウンの声色は、目の前で震えている男には何の関心も無く、慈悲を与えることなど思いもしないようで、人間味を全く感じられない冷たいものであった。


「悪かった!話を聞いてくれ………そう、俺の財産の半分でどうだ。デジタルマネーだけじゃなくリアルマネーに宝石、不動産に女、好きなものを何でも選んで持っていってくれて良い!」


 サーベイジェスは饒舌に、自分の持つ資産とその価値とを次々と捲し立て言葉を並べ続けるが、黒い影が一瞬動くと、その言葉を遮るように黒い銃身がサーベイジェスの前歯をへし折りながら、強引に口の中に突っ込まれていた


「ふたーつ………」


 あ然とした表情で目を剝いているサーベイジェスに、頭をふるような仕草をすると黒いマントのフードが外れ、ボサボサの長い黒髪にまだあどけなさの残る、どんなにいってもせいぜい15、6歳くらいにしか見えない少年の顔が現れた。

 少年の黒い瞳は宇宙の深淵の闇の奥深くの虚無のように冷たい色をして、目の前で怯え懇願する男など全く見えていないのかのようだった。


 尻餅をついたサーベイジェスは、仰向けのままバタバタと手足を動かして器用に後ずさり距離を取ると、地面に額を押し付けんばかりに顔を伏せ両手を頭の上で組んだ。


「全部だ!俺の持っているもの一切合全て切差し上げますからどうかお願いします………殺さないで下さい………」


 懇願する言葉は消えゆくように小さく弱々しくなり、それまで多少は見せていた余裕の色が一切無くなっていた。


 この時代、宇宙海賊や恒星間マフィアなど惑星警察では手の負えない広域凶悪犯が増え続けた結果、その犯罪者への対策として連邦政府は〈星間指名手配犯捕獲に関する特別条約〉の制定に踏み切った。


 それは星間指名手配犯に指定された犯罪者は、捕獲するに際して生死は問わないという厳しいものであると同時に、捕獲に従事する者達には数多くの特権を与えるというものであった。


 そうして誕生した特別条約の長ったらしい名を冠した部隊は、正式な部隊名称よりも〈黒マントのイレイザー〉と呼ばれ、5歳の子供でも知らない者はいないくらい悪名高い恐怖の対象として知れ渡っていた。


 イレイザー達が捕獲と称する活動の結果、捕獲対象者の生存率が1割を大幅に割り込んでいる事もその理由の1つではあったが、多くの関係のない人々を巻き込みとばっちりの被害を与えても、数々の特権に守られて彼らは何の罪を問われる事はなく、被害者達はただ泣き寝入りを余儀なくされるばかりか、逆に彼らの行動を妨げるなら犯罪者の逃亡幇助とみなされ、犯罪者と同等の扱いを受けることになる。 


 そしてその合法的な殺戮者集団は常にフードを目深に被り、その素顔を見たものはいないとされていたが、素顔を見た者で生存している者がいないだけで、素顔を見た者には確実な死が約束されていた。


「みいーつ………」


 躊躇いなど微塵も感じられない冷酷な声が凍てついた大地に響き渡ったが、彼が持っていた黒い巨大な銃が火を噴くことは無かった。


 2人の間の空間に揺らぎが生じると、無数の光の粒が集まり何かの形を作っていく。


 作ることも使うこともできるがその多くの理論が解明されてない技術、〈エクセル・レガシー〉と呼ばれるもののひとつである、物理的な距離を無視して一瞬で物質を移動させる〈空間転送〉よって起こされる現象であった。

 金属が軋むような耳障りな音を響かせながら光の粒は人型を形成していき、瞬く間に全高3メートル、重量は1トン以上はあろうかという、連邦宇宙軍でも正式採用されている〈重装甲機動歩兵〉という名の人型の兵器となって実体化した。


 それに気づいてたのか、イレイザーの少年は瞬間的に後方に飛んで距離を取っていたが、彼を中心に半径20メートルの円を描くように出現した重装甲機動歩兵の部隊は、逃げ道を塞ぐかのように彼の周りを高速で回り始めると、手にしていた銃火器が各機一斉に火を噴いた。


 全方位から中心に向けられて発射された高出力レーザーだったが、反対側を移動する重装甲機動歩兵までには届かず、中心でぶつかり合っては爆散し、重装甲機動歩兵で作られた壁の内部にエネルギーが蓄積され、熱と光とが一瞬で飽和状態を超えるとホワイトアウトを起こして視界を奪い、電磁波の嵐によってレーダーやソナーの類も効かない状態となったが、重装甲機動歩兵部隊は攻撃の手を緩める事なく、息つく間も与えぬ銃撃を繰り返し浴びせ続けた。


 止むことの無い銃撃は凍てついた大地を溶かし砂塵を舞い上げるが、見えない壁に阻まれているかのように熱や爆風、電磁波は、取り囲んだ重装甲機動歩兵の部隊よりも外へ出ていかず、永劫に続くように思われた攻撃は、実際には3分にも満たないものであったが、始まったのと同様に一斉に止んだ。


 舞い上がった砂塵と、ホワイトアウトしていた視界がクリアになると、平らだった大地がクレーターのように抉れていて、そこに生きて動くものは何ひとつ無かった。


 抉れた大地の縁に、陣形を崩さず油断なく銃を構えていた重装甲機動歩兵部隊だったが、その一画が割れると、尊大な態度の男が葉巻に煙を燻らせながら現れた。


「ぎゃはははははははーっ、何がイレイザーだ。見ろ!欠片ひとつ残らず消し飛んだわ!!」


 サーベイジェスは抉れた大地を指さしながら高笑いをするのであった。


「さすがは我がサーベイ親衛隊!所詮は人間が機動歩兵には敵うまいて。この俺様に楯突いた報いを思い知ったか!!」


 恐怖心から開放された鬱憤を晴らすかのように、尚も勝ち誇るように高笑いを続けるサーベイジェスだったが、笑いながら踏ん反り返って見上げた薄いピンク色の空の遥か上空に、一点の黒いシミのようなものを見つけた。


「へっ!?」


 光の柱のようなものが、サーベイジェスのすぐ横にいた重装甲機動歩兵を貫くと、一瞬で爆発炎上し、その煽りを喰らったサーベイジェスは、悲鳴を上げながら凍てついた大地を転がった。


 慌ただしく動き始めた重装甲機動歩兵の部隊は上空のシミに銃の照準を向けるが、それより早くシミは黒い塊となって視界いっぱいに広がり、重装甲機動歩兵に直撃した。


 頭部のような部分は破壊され、胸部まで陥没させられた重装甲機動歩兵は弾き飛ばされ爆発し、黒い塊は弾かれた勢いと爆風とで、囲みの反対側にいた重装甲機動歩兵を同様に屠ると、凍てついた大地の上に転がり、人の形となって立ち上がった。

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