プロローグ
緊急を知らせるサイレンが、けたたましく鳴り響いていた。
慌てふためきながら駆け回る人々の足音を、少女は冷たい床に膝を抱えて座ったまま、ただぼんやりと聞いているだけだった。
………どこに………いるの?………
ふと、自分に問いかける声が聞こえたような気がして、少女は顔を上げ辺りを見回したが、目に写ったのは見慣れた薄暗い部屋の無機質な壁だけで、何事も無かったように無表情な顔を再び伏せるのだった。
………どこに………いるの?………
再び聞こえてきた声は耳からではなく、頭の中に直接声が響いているのだと理解することができた。
その女性の声は、どこか聞き覚えのあるような懐かしさを帯びていて、自分の事を呼んでいるのだと何故だか確信できた。
………どこに………いるの?………
途切れる事なく聞こえてくる声にも、少女には諦めの気持ちしか湧いてくるものは無かった。
か細い手足と首には鋼鉄の戒が嵌められ、彼女の自由と行動を制限して、狭い部屋の中を動くのも儘ならなかった。
汚れたところしか無い布切に穴を開けただけの、およそ服とは呼べない粗末なものだけしか身につけておらず、パサパサの栗色の髪は、櫛などを入れたの事はあるのだろうかと思わせるほどのボサボサで、痩せこけた顔は生気を感じられず、目だけがやたらと大きいように感じられた。
………答えて………どこにいるの?………
繰り返し問いかける声は、冷静を保とうとはしていたが、その声の焦りは隠しきれていなかった。
けたたましく鳴り響くサイレンは更に激しいもに変わり、この場所に留まっていることは命の保証がないことを示していたが、それがいったいそれがどうしたと少女は思っていた。
このままでいれば、辛く苦しい虐げられた日々をやっと終わらせる事が出来るのだと思っていたのに、今更何だと言うのだろうか………
「………構わないで………このまま………」
怒りとも、投げやりとも取れる感情をぶちまけようとした声は、噎せっ返し激しく咳き込んだ。
不意に優しく暖かな何かに抱きしめるような感じがして、少女少女は戸惑いの表情を浮かべた。
………生きて………お願い………
なぜそんな勝手な事を願われなければならないのかと、不満をぶつけようとした少女を、更に溢れんばかりの愛しみの感情が包み込む。
………愛しい………私の娘…………