異世界転生
第二話です!
次回更新は8月15日 午前0時を予定しております。
(……ん? ここは? くさっ! 何の臭いだ? それに、身体が鉛の様に重い……)
目を開くとボロボロの小屋の中で寝転がっていた。
(埃っぽいな……床板もあちこち抜け落ちてるし……ってか、この臭いは俺か?)
すえた匂いで、思わず鼻を押さえてしまう。
(ここは一体? そもそもの話、ボロ過ぎるだろ? 人が住めるレベルを遥かに超えてるくね?)
以前は窓が取り付けてあったのだろうか?
今は窓枠すらもない所から光が差し込み、微かに風が入ってくる。
(俺、どうなったんだっけ? たしか……女神が転生とかなんとかかんとか……)
俺は転生する直前の事を思いだす。
(そうだっ! 沙彩っ!)
走り出そうとするも立ち上がる事すらままならず、脚をもつれさせて顔から床へと倒れこむ。
(うおっ、いってー! なんだ? 上手く力が入らないぞ? 鼻潰れたんじゃねーか?)
痛む鼻をさすりながら、ゆっくりと壁に手を添えて脚に体重を乗せる。
(ああ……足が……プルプル……する……)
産まれたての子鹿の様に脚を震わせ、やっとの思いで立つ。
(目線がやけに低いな? 俺はいま何歳くらいなんだろう? それにすんげー身体が痒い。髪の毛も固まってるし……)
さらに、身に着けているものを確認する。
(服とズボンが汚れでバリバリになっていて穴も空いてるし。足元は靴や靴下も履いておらず裸足。オイオイ、女神レアルさんよぉ……笑えねーぞ……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさい、逃してしまいました。私もそろそろ力が尽きそうです。ですが安心して下さい、貴方は新しい世界へと転生する事ができます。テヌスから受けた呪いに対抗する力もあります。沙彩さんを救う為にも必ずテヌスの元へ辿りついて下さい。期待しています」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
転生直前にかけられた言葉を思い出す。
(これ、安心できねーよ⁉︎ テヌスの元へ辿りつく前に、俺死んでしまうよ⁉︎ 期待されても、期待に応えられる環境じゃねーよ!)
突然、くぅーっと情けない音が鳴る。
腹部の皮が背中へ引っ張られ、張り付いているかのように感じた。
(腹減ったぁ……喉も渇いた……何か無いのか?)
小屋の中を見回すが何も無い、家具すら無い。
(駄目だ……こんな所に居たんじゃ、健康体でもすぐさま不健康になっちまうわ。取り敢えず外に出よう……)
そこにはかつてドアがあったのだろう、蝶番だけが残された入り口を潜って外に出る。
暗くて汚い、裏路地のような場所にでた。
(まずは自分の現在の状況を確認するか……おっ!? さっそく、村人はっけーん!)
俺は見つけた人影に、声をかけようとする。
「……あ…………お……あ、お……あ?……」
(あれ? 上手く言葉が話せないぞ? もしかして俺ってこの世界の言葉が理解できない? ヤバいぞ!? そんなの詰んでる!)
俺が話しかけようとした人物も、よく見たら今の俺と似たような身なりをしており、横目でこちらを見て去っていった。
その先へと視線をやると壁を背にして座り込んだ、三人のホームレスがこちらを指差して何かを言っている。
遠く離れていて何を言っているのか分からないが、まぁ良い話ではない事はわかる。
(ホームレスとはいえ相手は大人だ、今の俺では何かされても対処できないだろうからな……)
俺はすぐにその場を離れた。
(困ったな……取り敢えず水だけでも飲みたい……)
近くに何か無いのかキョロキョロしながら、明るい方へと歩く。
(しっかしアレだよなぁ……、異世界って言われてもピンとこないなぁ……。獣人・エルフ・ドワーフ・魔族……やっぱ存在するのかなぁ? だとしたら少し楽しみだな!)
(異世界転生といえばチート能力だよな? 俺にチート能力あんのかなぁ? いや、この身体でチートは無いだろうなぁ……)
辺りを見回していると、遠くに木が生えているのを見つける。
(まっ、考えてもしゃーねー。切り替えていこうか――あっ! あっちに行ってみよう)
俺は重い身体を引きずるように歩く。
しばらくすると閑散としてはいるが、少し大きな通りに出た。
(おぉ! 明るい通りに出たな! 相変わらず汚いし臭いけど、路地裏よりかはマシだな! うーん、近くに何かないか?)
辺りを見回すと大きな門があり、その門の向こう側に橋を見つけた。
(おっ! あれは橋じゃないか!? 橋があるって事は、アレがあるんじゃないか!?)
よく目を凝らして見ると、その下に水が流れているのが目に入る。
(っしゃあ! ビンゴッ! 水! 水だ! 早く水をくれ!)
自分では全速力で走っているつもりだが、走れていない。
「はぁ…………あぁ…………はぁ…………」
見えているのに、なかなか近付くことができなくて嫌になってくる。
(この身体、最悪だろ……転生させるにしても、もっとマシな肉体があっただろうに……なぜこの身体でこの街なんだよ……)
やっとの思いで門をくぐり抜け、小さな橋へと到達すると俺は愕然とする。
(おっふ…………ドブ川かよ……)
流石にドブ川の水を飲みたいとは思えず、途方に暮れて水面を覗き込んでみる。
そこにはユラユラと陽の光を反射しながらも、幼い少年の姿が映っていた。
(黒髪黒目、長髪でガリガリ、唇はドス黒く変色しており、健康とは言えねーな…………うっ⁉ いってー!)
そんな事を考えていると突然、背中で鈍い音がなり鋭い痛みを感じた。
振り返ると、たくさんの子供達が俺に向かって石を投げてくる。
「スラムへ帰れっ! 臭いんだよっ! 汚いから、こっち側に入ってくんな!」
子供達は口々に俺を罵り、どこからそんなに拾ってくるのか分からない程の石を投げつけてくる。
「……い…………い……あ……い」
(いてっ! いてーっつーの! クッソ! 弱ってさえいなければキャッチして投げ返してやるのに……)
俺は子供達へ背中を向け、丸まって頭を押さえて身を守る。
(あー、ヤバい、永遠に続くパターンじゃねーの? 早く飽きてどっかに行ってくれねーかな? いてっ! ごめんなさい、頭はヤメテっ!)
そんな時、遠くから馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえた。
その音が段々と近づいてきて、俺のすぐ側で鳴り止む。
(おぉ! 初めて見たっ!)
キラキラした装飾の施されている、これが馬車のようだ。
「おい……あの馬車…………ヤバいぞ……お前ら投げるのやめろ……やめろって!」
リーダー格の子供がほかの子供達に止めるように言う。
一部の子供達は石を投げるのを止めたようだが、まだ何人かは投げ続けてきた。
(しつこいなぁ……もう、背中の感覚ねーぞ……)
ドアの開くけたたましい音と共に、誰かが飛び出してきた。
俺を庇うように両腕を広げて、子供達の前に立ちはだかったのはドレスに身を包んだ女の子だった。
「こらっ! あなた達、何しているのっ⁉ 止めなさいっ!」
彼女がそう叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように子供達が立ち去っていく。
「あなた、大丈夫?」
彼女は微笑みながら優しく尋ねてくる。
(君には俺が大丈夫そうに見えるのかな……? ――って、大丈夫な訳ねーだろ⁉ ……お? そういえば……解るぞ!)
子供達の罵りや彼女の言葉を理解できたことに、俺は安堵する。
単純に俺の身体は、声を出せない程に衰弱しているんだろう。
「あ……いあ……お……う」
(ありがとうって言いたいのにーっ!)
痛みと空腹で意識が朦朧として、上手く発声することが出来ない。
「言葉を話せないのかしら……?」
彼女は顎に指を当て、困ったような顔をする。
(いや、話せるんですけどお腹が空いて力が出ないんです……)
俺は首を横に振るが、彼女は考え込んでおり俺の方を見ていない。
(見てっ! 俺を見てっ!)
すると、馬車の中から誰かがもう1人出てくる。
「危ないじゃないかエリス! ここはスラム街の目と鼻の先なんだぞ! 君に何かあったらどうするつもりだい?」
(おぉ! 渋いおっちゃん登場!)
中から出てきたのは長い髪を後ろに向かって撫で付けた、貴族のような中年男性だった。
「申し訳ありません、お父様! しかし、私には見過ごす事ができませんでした」
エリスは瞳に涙を浮かべて言った。
「いや、私の方こそ声を荒げてすまない。エリスは優しいからな、致し方あるまい。それで彼は大丈夫そうなのかい?」
「わかりません、言葉が話せないようで……」
(イヤ、ハナセルンデスケド……オナカガネ……)
「お父様、どうしたら良いでしょうか?」
「ふむ……見たところスラム街の子供のようだ、見るからに衰弱していて長くは持たないように見える」
(やっぱり他の人からもそう見えるよね……やだな……死ぬの……)
「彼には悪いけどスラム街の子供を1人助けると、他の者達まで恵みを乞うようになってしまうからね。残念だが捨ておきなさい」
男性はエリスに言い聞かせる。
「嫌ですっ! 今、行動すれば助かる命があるのに見捨てる事なんて出来ません! ここで見捨てるなんて、ラザリック家の名が廃ります!」
一歩も譲る気は無い、そう言わんばかりの剣幕だ。
「うーむ、困ったね……。エリスは一度言い出したら止まらないからね」
男性はしばらく考え込み、何かを思いついた様にエリスへそっと耳打ちをする。
(何を話しているんだろう? 助けてくれるんなら早くして欲しい……、もう意識が飛びそうなんだが……)
すると話が終わったのか、エリスは声を出さずに頷く。
すると男性は突然、顔を顰める。
「おいっ! 君っ! 私の娘に何をする!」
(えっ!? 誰? エリスさん何かされたの? どこ? 誰もいないけど――って俺の事か⁉︎ 俺何もしてねーよ!? ってか何かできるような状態に見えるんですか? 何言ってんだ、この人は⁉︎)
「なぁに? どうかしたの?」
「あら奥さん、私も今来たところなのよ……」
「どうやらスラムの子供が、エリス様に危害を加えたらしいんじゃよ……」
「やぁねー、これだからスラムの人間は……」
「本当そうねぇー、うちの子にも近づかない様に言っておかなきゃ……」
近隣の住民たちや通りかかった人達が、何事かと集まってくる。
(うへぇ……すんげー集まってきたじゃん……しかも、かなり強めにディスってくるし……)
普段から大きな声を出す事はあまり無いのだろう、エリスの父親の声がどこかうわずっている様にも聞こえた。
「おい、誰か! この者を捉えて連れて行け!」
(いやいや、なんもやってねーから俺!)
一人の年若い騎士がこちらへ向かってくる。
(うそーっ⁉︎ 捉えられるの? え⁉︎ マジ⁉︎ 処刑される感じ? でも、力が入らないから逃げられないよぉー! ってかさ、アンタずっと見てたよね? 俺なにもやってないの知ってるじゃん!)
甲冑に身を包んだ騎士が両手を後ろ手に縛ってくる。
「フンッ! 忌々しいスラムのゴミが……ただで済むと思うなよ?」
(この騎士さん、超怖い……やだ……捕まっちゃった……)